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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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244 食いしん坊調査報告書 メロンパン

 ◇月◎日 メロンパン


「和樹さん、メロンパンいりませんか」

 朝、僕より少し遅く出勤してきたゆかりさんは、開口一番にそう言った。……挨拶より前に。

「唐突すぎませんか」

 もういい加減慣れてはいたけれど、おもしろくなってツッコミを入れる。

 ゆかりさんは思い出したかのように「あ、おはようございます!」と付け足してきて、もはやそれすらも笑みを誘った。


「あのね、出勤途中に移動販売車を見つけちゃって……五つ買うとお得! ってセールストークについ負けちゃったんです。でも、よく考えたらメロンパンのみ五つってちょっと苦行だなぁと」

 パンが入っているだろう紙袋を手に、ゆかりさんはえへへと困ったように笑う。

 メロンパンだけ五つって……少し考えたら一人で消費するものじゃないのはわかるだろう。

 ゆかりさんのふんわりとした空気感は美点の一つで、喫茶いしかわの看板娘と称されるゆえんでもあるけれど、いつか悪徳な訪問販売なんかに引っかかってしまわないか、心配で仕方ない。

 せめて僕が喫茶いしかわにいる間だけでも、目を光らせておかないと。


 ひとまず今は、余りそうなメロンパンの消費のために、親切な同僚として解決策を授けることにしよう。

「ラスクにでもしましょうか?」

 僕の提案に、ゆかりさんはとたんに瞳をキラキラと輝かせて手を打った。

「和樹さん天才……!」

 にこにこにこ。看板娘にふさわしい朗らかな笑顔を浮かべるゆかりさんに、僕もつられて笑みがこぼれた。

 本当によく笑う子だ。よく驚くしよく悲しむし、感情表現に一切のためらいがない。

 きっと、陽の光のもとで愛し愛され育ってきたんだろう。喜びも驚きも悲しみも、当たり前のように受け入れられ、隠す必要など感じたこともないまま。

 そんな彼女の幸福な日常を守るために、僕はここで働き続けている。

 たまたま暇つぶししたくてお手伝いを申し出ただけのここで、改めて自分の存在意義を認識することになるなんて思いもしなかった。

「光栄です」

 僕は珍しく本心からそう告げた。


 あなたの日常の一端に、“喫茶いしかわの和樹”として存在できる今が、とても。


 メロンパンのアレンジレシピ、バターで焼くとかハムやベーコンと組み合わせるとか、何個か思いつくことは思いつくんですけどね。

 五個くらいなら私、たぶん全部プレーンでも平気で食べられちゃうな(苦笑)


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