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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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239 食いしん坊調査報告書 アイスクリーム

 ○月△日 雨のちくもり


「マンスリーオールのストロベリーチーズケーキが無性に食べたくなって、行ったんですけど」

 唐突に話し出すゆかりさんに、また始まった、と僕は内心で思った。

 ゆかりさんは無性に何かを食べたくなることが多すぎると思う。ここ一ヶ月で何度聞いただろう。

 ん、昨日というと……?

「昨日ですか?」

「そう、昨日なんです。月末営業日だったんです……」

「ああ……混みますよね」

 マンスリーオールは、一ヶ月違う味のアイスが食べたいというコンセプトからフレーバーバリエーションの豊富な店だが、月末の一日だけ一部商品が割引になる。割引率もそれなりにいいものだから、その日は当然のように混む。めちゃくちゃ混む。

「正気かってくらい混んでました。おとなしく素直にあきらめようかとも思ったんですけど」

「諦められなかったんですね」

「はい、ストロベリーチーズケーキ欲が勝ちました」

「ストロベリーチーズケーキ欲……」

 なんだそれは、とはもはや言うまい。

 日本語の中には、ゆかりさん語というものが別に存在するのかもしれない。そう思ってしまうくらい、たまにゆかりさんの言葉は僕の理解の範疇を超える。

 最近、徐々にそれに慣れつつあるのが怖いところだ。

「やっぱりマンスリーオールはワッフルコーンですよねぇ」

 のほほんと微笑むゆかりさんは、昨日食べたアイスの味でも思い出しているんだろうか。

 あまりの頬のゆるみっぷりに、思わず僕も笑ってしまった。


 ◇ ◇ ◇


 数年後。


 ●月△日 アイスアロア


「今日はなんと」

「なんと……!?」

「アイスアロアです」

「うわー超高級アイスじゃないですか! 和樹さん太っ腹! ムキムキだけど!」

 ゆかりさんは満面の笑顔で、パチパチと興奮したように手を叩く。

 ムキムキは余計だと思う。その通りなんだけれども。

「ゆかりさん期間限定とか好きだからと思って。二種類買ってきたから半分つしよう」

 チーズケーキ味と珈琲バニラ味を袋から取り出してテーブルに並べる。

 種類が多くて迷ったけれど、ゆかりさんは好き嫌いがほとんどないから問題ないだろう。

 そこはかとなく喫茶いしかわ仕様の味を選んでいたことに会計してから気づき、こっそり苦笑したのは格好悪いので秘密にしておこう。

「和樹さんよくわかってるー!」

「よく見てますから」

 軽口を言い合いながら、今日もゆかりさんのまぶしい笑顔を目に焼きつける。

 どれだけ見ても見飽きないんだから、美人は三日で飽きるなんて嘘だなぁと心から思う。

 単に惚れた弱みなんじゃ、と鉄平くんか飛鳥ちゃんあたりにツッコまれそうな気もしつつ。それならそれで否定する理由はないから、甘んじて受け入れよう。

「和樹さんはどっち先に食べたいですか?」

「ゆかりさんが先に選んでいいよ」

「ええ~、悩むなぁ……」

 結局はどちらの味も食べるのに、ゆかりさんは二つのアイスを真剣に見比べ始めた。

 世界一平和な二択で頭を悩ませる彼女を、僕は飽きもせず眺めていた。


 ◇ ◇ ◇


 さらに数年後。


 ▼月○日 手作りアイス


 そうだ、アイスを作ろう。

 久々の丸一日の休日に、僕は冷蔵庫の中身を確認して唐突に思い立った。

 アイスクリームメーカーがなくても作れるレシピはいくらでもある。生クリームをしっかり泡立てることで、口の中でほどける独特の食感は生み出せるだろう。

 オーソドックスなバニラアイスの上に、黒砂糖を溶かして作った黒みつをあたたかいままかけてきなこをまぶす。

 スプーンを握りながらおとなしく待つゆかりさんと真弓と進の瞳が、どんどん輝きを増していく。

「ほわあぁぁ」とか「ひゃあぁ」とか「くうぅぅ」とか、三者三様のほにゃほにゃした声が漏れてくる。


「はい、どうぞ」

「わーい!」

「やったー!」

「まってましたー!」

 差し出した瞬間、パッと花開くように笑った彼女たちに、ついにこらえていた笑いがこぼれてしまった。

「いただきまーす」

 そんな僕を気にとめることもなく、そっと手を合わせてからそれぞれ自分の目の前のアイスをすくって黒みつが垂れないよう慎重に口に運ぶ。いつも思うけれど、小さな口をしているわりに、彼女の一口は少し大きい。

「んんん~しあわせぇ……」

 その声は、黒みつをかけたアイスのように甘くとろけていた。

「おいしい!」

「おとうさんてんさい!」

 子供たちがはしゃぐ。


 昔からずっと。彼女の何気ない一言すら僕を救ってくれる。そんなこと、もちろんゆかりさんは知らないだろう。

「胃袋掴まれてるの確実に私のほうですよね……」

 僕よりも早く食べ終わったゆかりさんは、おかわりを所望しながら小さくそうつぶやいた。

 家庭において料理は女の領分という考えはいまだに根深い。ゆかりさんも料理上手な分、余計にプライドが刺激されるのかもしれない。

「まあ、僕はゆかりさんに心臓掴まれてるから」

「怖いこと言わないでください!?」

 ぎょっとしたように声を上げたゆかりさんに、僕はすかさずおかわりを手渡した。すぐに彼女はアイスに夢中になって、僕の発言は忘れてしまったらしい。

 本当なんだけどな、という言葉は、アイスと一緒に口の中で消えていった。


 アイスクリーム、美味しいですよね。

 今回も捏造したアイスメーカーさんが登場です。もう皆さん予想ついてそうな気はしますが。

 マンスリーオールは○ーティー○ン、アイスアロアは○ーゲン○ッツをイメージしております。

 どっちもさらっと検索したけどそれらしい単語は何もヒットしなかったので、たぶん大丈夫じゃないかな。


 子供たち、美味しいお菓子を作ってくれるお父さんが大好きです。

 マスターのいたずらで「君たちのお父さんはね、お菓子の魔法使いなんだよ」とか言われて信じてそうですよね(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] お菓子作りは、和樹さん得意そうですね。 きっちりかっちりレシピ通り+一工夫、て感じです。 逆にゆかりさんは、あるものでパパッと作るのが得意そうです。
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