表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/758

20 しあわせおやつ(真弓視点)

 うちの父は愛妻家です。


 いやもうほんとマジで「年頃の子供の前ではやめてくれ」って言いたくなるレベルで母をべったべたに甘やかします。

 出張だなんだと仕事が忙しくて帰って来られない日がある分、家にいる間の溺愛ぶりはすさまじくて、間に入れない甘あぁい空気をこれでもかと醸し出します。


 帰宅時にチャイムを鳴らして、迎えに出た母がドアチェーンを外すなり、ダン、ドン、がばっ! と踏み込んで抱きしめて、その腹筋や胸筋で母を押しつぶしにかかります。

「うぐ、ぐるじっ・・・も、何するのよ和樹さあん!?」

「日本一可愛くて綺麗で、日本一美人で素敵ないい奥さんに十日ぶりに会えたのに? 他の何をしろって?」

 そんな光景がしょっちゅう目の前で繰り広げられる程度にはデレッデレです。よそでやってよ。


 とはいえ私も母のことは大好きです。

 小さい頃から私が問題を起こしても一度だって声を荒らげたりせず「どうして嫌だったの?」「一緒に考えてみよっか」と腰をかがめて言ってくれる母です。


 あと料理が上手。小さなひと手間も惜しまず、何より母自身が食べることが大好きで、忙しい時でも食卓の一品を丁寧に作ってくれます。

 正直に白状すると、小学校に上がって給食を食べるまで母の腕前がどれだけすごいのか知りませんでした。

 負担をかけたいわけじゃないけれど、どうしてうちの地区の小学校はお弁当持参じゃないんだと文句を言いたくなるくらいでした。


 そんな母のお仕事は喫茶店の店員です。結婚前から勤めていたお店で、今ではおじいちゃん……じゃなかった、店長(マスター)に代わり、コーヒー豆の仕入れからメニューに至るまで一手に引き受けることもあるそうです。



 ◇ ◇ ◇



「あれー真弓ちゃん、よく来たねえ、久し振り」

 カランコロン、とドアベルを鳴らしてお店に入ると、常連である蕎麦屋のおじさんがそう言って笑いました。

 ひとりで家にいるのもつまらないし、友達との約束がない放課後にはしょっちゅうお店に来るから、さほど久し振りというほどでもなかったりするのですけれど、このおじさんは私の顔を見るたび言うのです。


「真弓、いらっしゃい」

 私は鍵っ子なのですが、やっぱり母さんも、私が姿を見せるとホッとしてくれます。たぶん父から、子供が巻き込まれやすい事件のあれこれについてさんざ聞かされているからでしょう。

「ただいま、お母さん」

 お店に来た時はいつも母の仕事が終わるまでいて、一緒に帰ることになるので、こう言うのも当たり前でした。ランドセルを備え付けのフックに引っ掛けて、カウンターの高い席にうんしょと上がります。

 もちろん自宅に帰ってもいいのですが、私は通学路をほんのちょっと外れて、ここに寄るのです。家にまっすぐ帰ったほうが洗濯物もしまえるし食器も洗えるのですが、そうしないことを両親から責められたことは一度もありません。


「座って座って、おやつ何食べたい?」

 いつもの笑顔でカウンターから出てきてくれました。

 クラスメートたちに聞くと、「間食はダメ」とか「夕飯まで待ちなさい」とか親御さんから言われることが多いそうです。

 でも母は、私の食生活にはこれでもかっていうほど寛容です。本人が食いしん坊だからというのは暗黙の了解ですが、ありがたいことに変わりはないのです。


「んと、蒸しパンのやつ。マグカップケーキ、残ってる?」

 そう言うと、母はこのうえなく嬉しそうな顔をしてくれます。なんでもこれは父と一緒に開発したレシピなんだそうで。


 家にいるときはどちらかというと不機嫌そう(母といちゃついてる時を除く)で、休みの日にはご飯を作ってくれることも多いけれど、それだってめったにないことを思えば、あのお父さんがこんなふわふわで甘いデザートを考え出したなんて想像できません。

 でもまちがいなく美味しいので、こんなケーキを親におねだりするだけで食べられる私は、幸せだと思うのです。


「それでいいのよ」

 と母は言います。

「誰かと一緒でも、ひとりででも、食べたご飯を美味しいと思えたならけっこう幸せじゃないかしら?」

 洗った食器を拭きながら、母は歌うように言います。


 だから母はこの仕事を続けているのだなと、子供心にもわかります。

 だから彼女は、食卓を不幸せにするようなことは決してしないし、いつ帰ってくるかわからない父さえもその都度めいっぱいのご馳走を用意して待っているのだと。

 いつだって父やお客さんの「美味しい」を待ち構えて、母は包丁を捌きフライパンを振るうのです。いたずらっぽく笑って、こう付け加えながら。

「お父さんが美味しいって言ったものはみんな美味しいって言ってくれるの。お父さんの味覚、信頼してるのよ」


 うちの父は度を越えた愛妻家です。

 ですが、それをうっとうしいと思わない程度には、母も父にべたぼれなのです。


 ……それを毎回毎回見せつけられる子供としては複雑ですけどね!!


 ふたりで考えたのは、レンジで作るマグカップ蒸しパンで、お砂糖控えめですりおろした人参を入れた子供向けのケーキです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ