1-2 聞こえなくても(中編1)
「では家族揃って……」
「いただきます!」
皆で手を合わせて、晩ごはん。好物とあって子供たちの目がキラキラしてる。
「あちっ! でもうまい!」
「やっぱりお父さんのごはん美味しいね」
はふはふと口から蒸気を逃がしながら、嬉しそうに食べる子供たち。では私も……ぱくり。
「う~ん。美味しいっ!」
ひと口食べただけで思わずうっとりして目を閉じる。ほっぺが落ちそうな気がして手をあてて、ほぅ……と息をつく。
「美味しすぎる。私、和樹さんのトマトシチューと結婚します!」
「もう僕と結婚してるでしょ。重婚です」
「そうでした」
「それに、トマトシチューに浮気なんて許しませんよ? まさか僕の愛情はゆかりさんに伝わっていないのかな?」
「そんなことありません。とても伝わっていますよ。でも“美味しいは正義”ですから」
大袈裟に嘆く和樹さんと顔を見合わせると、同じタイミングでぷっと吹き出してしまう。
「次は美味しいを作る僕に惚れてもらえるようにがんばります」
「うふふ。私も次にごはんを作るときは和樹さんに惚れ直してもらえる美味しいごはんを目指します」
テーブルの反対側からこちらを見ていた子供たちは冷めていて、小声で会話する。
「毎回よく飽きないよね」
「ね。私はもう、ごはんが美味しいならそれでいいと思うことにしたよ」
いいじゃない。お互いのもっと美味しいごはん作るぞ宣言は一種の様式美なのだ。
そこからは普通の会話というか、子供たちから今日の出来事などを聞いていく。普段は帰りが遅めの和樹さんは、子供たちから直接話が聞けるのが嬉しいらしく、いつもより機嫌がいいのがわかる。
私も、喫茶店のお客さまのお話を。常連さんのこと、そして佳苗ちゃんのこと。
「今日は飛鳥ちゃんがいて、注文から何から全部対応してくれていましたけど、もし佳苗ちゃんひとりだったら、どうしてたのかなって気になって」
「いしかわでは考えにくいけど、混雑したお店だとなかなか気付いてもらえないとかお水おかわりが伝わらないとか、ありそうだね」
「私、手話覚えたほうがいいかな」
「それもいいけど、覚えるまで何もできないとゆかりさん気になっちゃうでしょ?」
「たしかに、そうですね」
「手を上げて呼んで……えっと、筆談する?」
「えー? 毎回文章書くのって大変じゃない?」
「じゃあ、書かなくていいようにしたらいいのかな」
そこからあれこれと話し合って、子供たちが試作品を作ってくれることになった。
◇ ◇ ◇
翌日の午前中、佳苗ちゃんはひとりで来てくれた。
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
カウンター席を選んだ佳苗ちゃんは、持っていた大きめのバッグを足元に置こうとするので手を添えて止めた。
「荷物は、ここにフックあるから使ってね」
そのままテーブル板の裏側に取り付けてあるフックを指さす。ひょこりと軽くテーブルの下を覗き込んだ佳苗ちゃんはそのままフックを使ってくれた。
佳苗ちゃんが席についたのを確認して、お水とともにメニュー表を差し出した。メニュー表には「佳苗ちゃんが指さし注文しやすいように、うちの子供たちが作ってくれました」と書いた、スマイルマークのカードを添えて。
嬉しそうにメニュー表を手にして、ナポリタンセットを注文してくれた。
「ナポリタンセットですね。かしこまりました。少々お待ちください」
付け合わせのサラダを提供してから下準備の済んだ野菜やパスタなどを取り出して準備しながら時折佳苗ちゃんに目をやると、スマホをいじりつつ鼻歌でも歌いだしそうな機嫌の良さを感じる。チラリと見えた画面は乗り換え案内のもののようだ。
「お待たせしました。ナポリタンです」
両手を合わせていただきますポーズの後、フォークで巻き取ってもほわりと湯気の立つそれに、食らいつくようにパクリ。幸せを噛みしめるような表情が見えると、ほわりと幸せの火を灯された気分になる。
食後のコーヒーを運んだところで、店にあったメモ用紙に“今日はおでかけ? 大きな荷物ね”と書いて見せてみた。
すぐにスマホにパパッと指を走らせ、こちらに向けてきた。さすが女子高生、速い。画面には“今日ライブ! 飛鳥ちゃんも一緒! 楽しみ!”と書かれている。へぇ、聞こえなくてもライブに行くものなのね。
“いいな。また話きかせてね”と書いて見せると、ひとつ大きく頷いてくれた。揺れ動いた髪の隙間からチラリと補聴器が見えた。