表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

293/758

207 賞味期限問題

「おかえりなさい、和樹さん! ひゃぁっ」

「ただいま。あ~~生き返る~~」

 帰宅するなり手も洗わずにゆかりさんをぎゅうぎゅうと抱きしめると、ゆかりさんは僕の頭と背中をぽんぽんする。

「ふむふむ。さては今日は一日会議三昧でしたね? お疲れさまでした。手を洗って着替えてきてください。私、これでタバコのにおいを移されるのはイヤですよ」

 スーツからはタバコのにおいがしていることに気付きハッとする。思わずぱっと離れたが、ちょっとバツが悪い。

「今日のメインのおかずはね、プルコギです。和樹さんのはちょっとコチュジャン増やして辛めにしてありますからね。ガツンと暑気払いです!」

 拳を突き上げて宣言するゆかりさんに表情筋がゆるんでいく。そこでようやく手の中の物の存在を思い出し、それをすいっと持ち上げる。

「これも晩ごはんのラインナップに加えていただいてもよろしいですか」

「あら、これは、あの漬物ですね」

「はい。先日仕事の引き継ぎをした部下が、僕がよくこれをお土産に買うって覚えてたらしくて、買ってきてくれたんですよ」

「まあ。その部下さんにお礼しないといけませんねぇ。何がいいかしら」

「今度、喫茶いしかわに連れて行くので、コーヒー一杯サービスか、ランチを大盛りにでもしてやってください」

「ふふっ。了解しました!」

 タレントのポスターよりも眩しい笑顔でビシッと敬礼のポーズをするゆかりさんに癒され、にこりと笑みを一つ向けてから、僕は洗面所に向かった。初めてこの漬物を土産にしたときのことを思い出しながら。



 ◇ ◇ ◇



 ドアが開いたらそこには三毛猫が居た。

「へっ? 和樹さん、いらっしゃい」

 よほど思いがけなかったのだろう、信じられないという顔をしている。

 それはそうだ。招かれていないのに来たのは僕。

 出張でお土産を買ってきたのだけれど、もう喫茶いしかわは閉店しているし、明日は定休日。買ってきたのは賞味期限が短い漬物。賞味期限の短いお土産のチョイスはイマイチだったかもしれないけど、試食したら美味しくて。食べさせてあげたいな……そう真っ先に浮かんだ顔がゆかりさんだった。

 来る前にメールをしたのだが返事がなく、部屋を訪れて電気が点いていなかったら玄関に掛けて帰ろうと思っていたら、部屋が明るかったのでチャイムを押したのだ。


 すると、気の抜けた返事の後に三毛猫がドアを開けた。正確に言うと三毛猫のようなマダラ模様のショートパンツとパーカーを着たゆかりさんだった。

「急にすみません、一応メールをしたのですが……」

 そう言うと慌てて、

「そうなんですね! ごめんなさい! お風呂に入っていて」

 謝るゆかりさんにこちらも慌てる。

「出張に行ったのでお土産を買って来たんです。漬物なんですけど」

 袋をゆかりに渡すとすごく嬉しそうで。

「わざわざありがとうございます!」

 とお礼を言ってくれた。ゆかりの笑顔を見たら帰ってきたことを実感し、ホッとした。

「では、これで」

 と帰ろうとすると、

「待ってください! 和樹さん夕飯食べました?」


 ゆかりさんの家に初めて入る。

 一緒に夕飯を勧められ、夜も遅いし断ろうとしたが、ドアはとっくに閉められていた。つまり帰れなくなった。そのままあれやこれやと世話を焼かれ、今、ゆかりさんと食卓を囲んでいる。

 僕が買ってきた漬物と作り置きの惣菜に、魚屋で激安だったという小アジを南蛮漬けにしたもの。もちろんどれも美味しい。

 ゆかりさんは僕の買ってきた漬物を、想像通りのとろける笑顔で美味しい、美味しいと食べている。やっぱり買ってきて良かった。ゆかりさんが幸せそうに食べる姿を見るとほっこりする。

「やっぱり買ってきて良かったです。漬物を試食した時にゆかりさんの顔が浮かんだんですよ」

 実際に食べる姿を見られてよかったと言うと、なぜかゆかりさんの顔が赤くなった。

「どうしたんですか?」

 急に暑くなったかな? と不思議に思っていると、

「イケメンの天然タラシ怖い……」

 とゆかりさんが呟いた。言っている意味がわからないので、話を変えることにする。

「ところでゆかりさん、その服は三毛猫柄ですよね?」

 と聞くと、

「そうなんです! ちょっとお値段が高かったんですけど買っちゃいました! 可愛いでしょ!」

 フフン! とドヤ顔のゆかりさん。フードには猫耳付き、パーカーの後ろには尻尾も付いてます! と立ち上がって見せてくれる。なるほど、三毛猫に大変身だ。ふむふむ。あー可愛い。


 南蛮漬けをバリバリ、漬物をポリポリ。目の前のゆかりさんはストンと座りなおし、まだ漬物を美味しそうにポリポリ食べている。

 試食した時に浮かんだゆかりさんの顔、ゆかりさんの顔を見たら帰ってきた気がしてホッとしたこと、ゆかりさんの手料理、二人での楽しい食事。バリバリ、ポリポリ、バリバリ、ポリポリ。

「あれ? 和樹さん、暑い? 顔赤いですよ?」

 顔に集まる熱。

 そういえばこの漬物……賞味期限二週間あった……別にそんなに短くない。


 賞味期限が短いからなんて口実。本当はゆかりさんに早く会いたかっただけじゃないか。

 そうか、そうだったのか。僕はそんなにゆかりさんのことが……。

「いえ、アツクナイです」

 片言の日本語で答えれば、そう? と南蛮漬けを食べる三毛猫。

 自覚したらお揃いの物が欲しくなってきた。次のお土産はお揃いにしよう。何がいいかな。

 チラッと目の前にいる漬物を食べる幸せそうな三毛猫を見る。


 お揃いといえば……結婚指輪……とか……?


 和樹さん、一般的なお土産のラインナップに結婚指輪がないことにいつ気付くんでしょう。

 お揃いのお土産っていったら、食器類にたくさんあるのにね。

 茶碗とか箸とか湯飲みとか。こっそりお揃いになるものをたくさん集めそう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ