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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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19 理想のプロポーズ

 「14 心を溶かすフレンチトースト」の一方そのころ喫茶いしかわでは……なおはなし。

 途中、マスターとその奥様の梢さんで視点が切り替わります。


 いつもより少し長めです。

 奥の畳の部屋で夏休みの宿題をしていた孫たちが、ある程度終わらせたらしく「ジュース飲みたい」とカウンター席にやってきた。カウンター席で急いでモーニングを食べる客はあらかた出勤してしまったため、ここにいても大丈夫だろう。そう判断してそのままオレンジジュースを出してやる。

 嬉しそうにストローを咥え、ジュースを飲むふたりに、頬がゆるむ。


「おじいちゃんとおばあちゃんの赤い糸は、ふつう、だよね」

 進にそうぽつりと言われた。静かに返事する。

「そうだね。和樹くんとゆかりに比べれば、かなり普通だろうね」

「あのふたりの糸は、なんというか、話を聞くだけでも規格外ですよねぇ」

 苦笑しながら相槌をうつ妻。今ここには、僕と妻と孫たち。事情を知る者しかいないから、このまま会話をしてもいいだろう。

「……そういえば、おじいちゃんとおばあちゃんのプロポーズのおはなし、きいたことなかったよね? ききたい!」

 真弓が興味津々という表情で話をねだる。

「あらやだ、恥ずかしいわ」

「えー! いいでしょ、ねえお願い!」

 照れる僕らに、真弓がおねだりする。

「そうだなあ。面白いかはわからないよ?」

「私は、あのプロポーズ嬉しかったですけどね。うふふふふ。あのね……」



 ◇ ◇ ◇



(こずえ)さんは、理想のプロポーズってありますか?」

 お冷やとおしぼりをテーブルに置いていると、常連客の女子高生、寛子ちゃんが聞いてきた。

「いきなりどうしたの?」

「さっき、智子と映画観てきたんです。ほら今話題の!」

 その一言で、いま大ヒットしている恋愛映画のことだとわかった。

「その映画の中でのプロポーズのシーンが素敵だったんです」

「そうそう! 智子なんか泣いてたもんね」

「寛子だって泣いてたじゃない」

「へぇ、そんなにいい映画なのね。私も今度観に行ってみようかしら」

「そうした方がいいですよ! それで、梢さんの理想のプロポーズは?」

 目をキラキラとさせて聞く寛子ちゃんに、智子ちゃんも同じく目をキラキラさせて、わたしは二人に熱い視線を送られる。

 美少女二人からの熱い視線に圧倒されて、思わず一歩後退りをしてしまった。


「あはは。私の理想なんて大したことないよ。普通に過ごしてていきなりプロポーズされることだから」

「えー、レストランとか夜景が見えるホテルとか海辺とかじゃなくて?」

「寛子ちゃんはそれが理想なの? 智子ちゃんも?」

「やっぱりロマンチックなことをしてほしいじゃないですか!」

「私も。プロポーズはそういう所でされたいですね」

「そうなんだ。私はそういう特別なことをされちゃうと、もしかして……ってソワソワしちゃう気がするのよね。それでプロポーズされても、やっぱりって思っちゃうし。だから特別なことなしでいつもと変わらない日常の中で、いきなり結婚してくださいって言われたいな。予兆がないほうが、嬉しさもドキドキも倍増しそうだしね」

「なるほどー」




「……ってことを昨日話してたんです」

 朝の開店前カウンターのテーブルを拭きながら、カウンターの中にいる目の前の石川さんに昨日の事を話した。

「結婚してくださいってそれだけでいいんですか? 何か感動的なことを言われた後に結婚してくださいじゃなくて?」

「ええ。余計なこと言われずに、いきなりストレートに言われたいです!」

「へえ。梢さんはもっとロマンチックにこだわる人だと思っていたので、何だか意外ですね」

「そうですか? うーん、でも欲を言えばプロポーズと共によくあるリングケースをパカッていうのはされたいかも」

 両手を使いリングケースを開けるジェスチャーをしてみせると、なぜか石川さんがクツクツと笑う。


「……なんで笑うんですか?」

「貝が開くジェスチャーかと思って」

「もうっ! リングケースですよ」

「ふふ。わかってますよ。いつか理想のプロポーズをされるといいですね」

「うーん……でも、理想のプロポーズを実際にされる人なんて少ないですよ。だって、これが私の理想だからこうして! なんて言えないじゃないですか」

「確かにそうですね」

「でしょう? だから理想は理想で終わっちゃうんですよ」

「リングケース、パカッも?」

 石川さんはさっき、わたしがやったジェスチャーを真似する。

「……石川さん貝が開きましたよ」

「おや? 梢さんの真似をしただけですけど。梢さんにも貝に見えると言うことは、やっぱりさっきのは貝が開くジェスチャーだったんですね」

「……石川さんっ!」


 ケラケラ笑う石川さんを横目で見ながらわたしもカウンターの中に戻る。

 そこで、石川さんの手元に苺があるのを見つけた。

 デザートに使う、今日仕入れた苺を傷んでいるところがないか一粒一粒チェックしているようだ。

 きらきらと赤くて大粒で、見るからに美味しそうな苺。


「美味しそうですね」

「一粒食べましたがとても甘くて美味しかったですよ」

「えー、石川さんだけ食べるなんてズルい! 私も食べたい!」

「はいはい。つまみ食いしたことは僕らだけの秘密ですよ」

「了解です!」


 石川さんは一粒苺をとると水でさっと洗いペーパータオルで水気を拭き取り、ナイフでヘタの部分を切り取る。

 てっきり一粒そのまま渡されて、自分で洗ってヘタを持ったまま食べるのだと思っていた。だから、わたしのためにわざわざそんなことをしてくれる石川さんの優しさが嬉しくてつい頬が緩む。


「梢さん」

 私の名前を呼ぶと苺を指で摘まむ石川さんが、顔だけじゃなく身体全体で私の方を向く。


「結婚してください」


 摘まんだ苺を差し出しそう言った。

 突然の事で、差し出された苺を見ることしかできない。

 どうしよう心臓のドキドキがすごい。

 どうせいつもの冗談だとわかっているのに。


「……なんちゃって、冗談です。どうです? いつもと変わらない日常でいきなりプロポーズはドキドキしましたか? ちなみに苺は指輪のつもりでした」

 苺を見ることしかできないわたしに、石川さんが楽しそうに言う。

 きっとその顔はいつものスマイルなんだろう。

 だけど、今は顔をあげて石川さんを見ることができない。

 石川さんの顔を見たら好きだって気持ちがきっとバレてしまう。

 だって、だって今のわたしの顔はまるで目の前に差し出された苺のように赤い顔をしているから。




 ◇ ◇ ◇



 あれから三年。

 いろいろあってお互いの気持ちを確認し、梢さんに交際を申し込んだ。泣きながら頷いて彼女になってくれた梢さんはとても綺麗だった。



「こちらご確認ください」

 そう言って僕の目の前に差し出されたそれは、三つのダイヤが寄り添って煌めく婚約指輪だ。白くて細い彼女の指にきっとよく似合うだろう。

 彼女が指輪をはめたところを想像すると、頬が緩みそうになる。

「本日はありがとうございました。お相手の女性、きっと喜ばれますね」

 帰り際、出口まで見送りをするジュエリーショップの販売員にそう言われた。


 喜んでくれるかな。どんな顔をするか楽しみだ。



「石川さん、おかえりなさい」

「ただいま、梢さん」

 ジュエリーショップに指輪を受取りに行った後、遠出しての買い付けを終えて、どうにか22時より前に彼女のもとを訪ねられた。

 玄関に入ると目尻を下げ、とても可愛い笑顔で梢さんがお出迎えしてくれた。

「石川さん、ご飯は食べてきたんですよね?」

 洗面所で手洗いうがいを終えてリビングに入ると、梢さんはキッチンにいた。

「うん。梢さんは友達と食べてきたんだよね?」

「はい! 石川さん、デザート食べませんか?」

「デザート?」

「うふふ」

 気分がよさそうに笑う梢さんが僕の所にきて手を引っ張り、キッチンへと連れていく。

「じゃじゃーん」

 可愛く言われて見せられたのは、苺だった。


「常連のお客様が苺狩りに行って、そこで直売されている苺を私たちにって、買ってきてくださったんです」

「そうなんだ。美味しそうだね」

「美味しいですよ!」

「もしかして、一粒食べたの?」

「えへへ、味見しちゃいました」

「それはずるい。僕も早く食べたいな」

「じゃあ、洗ってからヘタを切るのでちょっと待っててください」

 梢さんはそう言ってから苺を洗いペーパータオルで水気を拭き取り、包丁でヘタの部分を切り取り始めた。

 僕は隣に立ってその姿を見つめながら、以前の事を思い出していた。あの時は今と逆で梢さんが食べたがる苺を、僕が洗いヘタの部分を切り取っていた。

 その後、冗談のプロポーズをした。

 その冗談のプロポーズをしたのが三年前の今日だ。

 三年前は、お互いに想いを自覚してなくて、冗談でしか出来なかったプロポーズ。

 そして三年経った今日、あのとき出来なかった本気のプロポーズを僕がする。あのとき彼女の理想を聞いたからこそ、梢さんの理想を叶えてあげられるんだ。

 こっそりと気合いを入れた。


 梢さんが全ての苺のヘタ部分を切り終わりお皿に載せる。

「出来ましたよ!」

 隣に立つ僕に笑顔を向ける。その笑顔を僕の隣でずっと見せてほしい。

「石川さん?」

 黙っている僕に向き合うように立った梢さんは、小首を傾げ、澄んだ瞳に僕を映す。

 梢さんを瞳に映しながら、スーツの内ポケットに入れた小さな箱に手にとる。

 その際、皿に載せられた苺が目に入り、あの日の真っ赤になった梢さんの顔を思い出す。

 僕に見られないようにしていたけど、はっきり見えていた。この苺のように赤くなった可愛い顔が。

 またあの可愛い顔が見られるだろうか。


「梢さん」

「何ですか?」


“理想は理想で終わっちゃうんですよ”


「結婚してください」


 理想でなんか終わらせないよ。

 言葉と共にリングケースを開き、梢さんに差し出した。

 ということで。

 影の薄すぎるマスターが活躍した思い出話でした。


 喫茶店の店主としての活躍とちゃうんかい!(笑)


 えー、マスターがマスターらしく活躍した話は1週間ほど後に投稿予定です。

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