203 力になるもの
ランチタイム終了間際にカラン、とドアベルを鳴らして来店した男性がふたり。
「いらっしゃいませ、和樹さん。お好きなお席にどうぞ。あら、今日は長田さんもご一緒なんですね」
いつもの笑顔を三割増しにして迎え入れたゆかりは、やや面白がるような表情をした。
「ゆかりさん、ランチお願いします。メニューはお任せするので、食後にコーヒーを」
「ふふ、はぁい。長田さんは?」
「同じで」
「かしこまりました。ちなみに今、あちらのテーブルに環さんがいらしてますよ」
そそくさとカウンターに座ろうとした男二人は、どや顔のゆかりが示す方向にくるりと振り返る。すると奥のテーブル席に環が、そしてそこに相席する真弓と進がいて、三人でこちらの様子をそわそわと見ていた。
男たちはテーブル席に移り、環にお伺いをたてる。
「ご一緒してもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。むしろそうしてほしくて三人で視線を送ってたんですよ」
「ねーっ」
三人は視線を交わし、にっこりする。椅子に座っていた子供たちはソファ席に移り、環の左隣に真弓、進の順に収まる。環の正面の椅子に長田、こどもたちの正面の椅子に和樹が座ると、ゆかりが「どうぞ」とお冷やとおしぼりをサーブした。
真弓が弾んだ声で問いかける。
「お父さんもながたさんも、いまからお昼ごはんなの?」
「そうだよ。真弓たちはもう食べたよね」
「うん。きょうのランチね、おまけついてるよ。とってもおいしかったの」
「おまけ?」
進がぶんぶんと首を縦に振っている。
「うん! ぼくあれだいすき! おとうさんもきっとだいすきだとおもう」
「そうか、楽しみだな」
長田が環に落ち着いた口調で話しかける。
「君も来ていたんだな」
「ええ。用事を済ませたらお昼過ぎだったから、ここでランチついでにお友達の顔を見に来たのよ」
「そうか」
「うん」
それきり会話が続かなくなってしまったようで、きょろきょろと視線をさまよわせ、揃ってお冷やを手にしている。
「ながたさんとたまきさんは、あんまりおしゃべりしないの?」
「え?」
「こら、進。そんなこと聞かなくていいだろう」
「うーん、ケンカとかしてないか、しんぱいになっちゃったの」
きょとりとして首を傾げながら言う進に苦笑しながら、ケンカを否定する環。
「ケンカはしてないわよ。あんまりおしゃべりすることがないだけなのよ」
「ふーん、そっかぁ。あ、わかった! うちは、おとうさんもおかあさんもおしゃべりだからいっぱいお話しするんだ!」
視界が晴れたようにぱぁっと表情を明るくしてあっけらかんと言い放つ進と、その横にうんうんと大きく頷く真弓がいた。その正面には額を抑えて呻く和樹がいる。
「お母さんはおみせのことたくさんしゃべるし、おとうさんはお母さんにずっと好き好き言ってるよね」
「うんうん。ごはんたべたらあーんってしたがるしね。ながたさんは、たまきさんにまいにちすきっていってる?」
「えぇっ」
ピシリと固まり耳を赤くする長田。環は俯いてしまった。
そこに、ランチプレートを持ってテーブルにやってきたゆかりが割って入る。
「こーら! ふたりとも、長田さんと環さんを困らせないの。和樹さんみたいにしょっちゅう好きとか愛してますとか言う人ってとっても珍しいのよ」
「心外ですね。ゆかりさんが可愛くて愛おしいから、素直に伝えているだけじゃありませんか」
「はいはい。ランチセットお待たせしました。今日は青椒肉絲と豚汁、ごはん、浅漬け。それから土用の丑の日なので、うなぎの一口おにぎりです」
「おお! そうか、きょうは土用か」
「ええ。ホントに一口分しかないけど、気分だけでも」
「季節を感じられるものが食べられるのはありがたいですね」
まだ耳の赤さが抜けない長田が、それでもゆるりと表情を崩す。
「いただきます」
声を揃えた男二人は、そのまま同じ動作でうなぎの一口おにぎりを食べる。もっしゃもっしゃと大きく咀嚼して、鼻から大きく息を吐き出し、一言。
「うまい」
そこまでの動作があまりにもそっくりで、環も子供たちも、思わずくすくすと笑ってしまい、男たちにきょとんとされた。
「はーい、環さんたちは食後のデザートですよ。はい、召し上がれ」
出てきたのは、大きめの皿。その上には食べやすくカットされたスイカ。
「和樹さんたちも召し上がりますか? それならランチを食べ終わる頃にお出ししますけど」
「え、ええ。お願いします。あの……喫茶いしかわでスイカも出すようになったんですか?」
そんな話を聞いた覚えはないのだがと必死に記憶を探る和樹。
「違いまーす。これは環さんから手土産でいただいたスイカでーす」
くすくすと笑いながら、してやったりな表情を和樹に向けるゆかり。
「そうですか。ゆかりさんはドヤ顔してても可愛いですね」
「はぁ? 返事がかみ合ってませんよ」
「いいんですよ。ゆかりさんは今日も可愛くて、今まで以上に大好きな僕の最愛の女性だという事実が一番大事ですから」
「えぇ……?」
会話ができない、と困惑するゆかりをよそに、ご機嫌な和樹はばくばくとランチを胃に収めていく。和樹は、今のやりとりをぽかんと眺めていた長田をちらりと一瞥する。
「長田、あまりのんびりしているとランチを食べきれないぞ」
「あ、は、はい」
慌ててランチを掻き込み始める長田。
ランチが終わり、食後のコーヒーと、今日限定のデザートことスイカの提供を頼み、一息つく。
「奥様、スイカ、ありがとうございます」
和樹は穏やかな表情で環に礼を言う。
「いえ、タイミングよく旦那様にも召し上がっていただけて何よりです」
ゆかりがコーヒーとスイカの乗った皿をトレイに乗せてやってくる。
「お待たせしました。セットのコーヒーと、スイカです」
「ありがとうございます」
「ふふっ。和樹さん、スイカ大好きですもんね」
「そうなんですか? そこそこ長く一緒に仕事してますが初耳です」
「んー、まぁ、な」
和樹からの返事が微妙に煮え切らないのは珍しい。
ごゆっくりどうぞとゆかりがカウンター内に戻っていくのを確認してから、長田は和樹に問いかける。
「もしかして、スイカはあまり好きではないのですか?」
「なぜそう思う?」
「先ほどの態度が含みのある感じだったので」
「ああ。別にそんなことはない。普通に好きだよ。ただ……」
和樹のまなざしが、懐かしいものを辿るそれに変わる。
「スイカは大きすぎて一人で食べきるのは大変だろう? だから一人暮らしのときは滅多に食べなかったんだよ。それが彼女と結婚してから時折食卓に乗るようになってな。だから僕にとってスイカは家族の、一家団欒の象徴みたいな果物なんだよ。今年も家族仲良くスイカを食べられて幸せだ……って実感する果物なんだ」
環が感心するように頷いた。
「たしかに。今はスーパーにカットしたものもありますけれど、失礼ながらご主人はそういうものを買うタイプには見えませんね。小玉であっても丸々一個買って自分で切り分けたい人に見えます」
「はは、その通りです」
「それは一人暮らしにはハードル高すぎますね」
「今は妻にお任せですけどね。だからスイカは、僕にとって家族が幸せだからこそ食べられる果物なんですよ」
説明したことの照れくささを隠すように、和樹は大きな口をあけ、スイカにしゃくりとかぶりついた。
7月27日はスイカの日でした。そして今年の夏の土用は7月28日ということで、合わせ技で和樹さんに幸せを語っていただきました。
これを語ってる和樹さんは、背中でゆかりさんの気配を感じつつ、スイカをしゃくしゃく食べる子供たちの笑顔をじっと見ながら幸せを噛みしめているものと思われます。




