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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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197 じゃんけん

 真弓ちゃん、二歳くらいかな。

「真弓ちゃんにも、そろそろじゃんけん教えてみようと思ってるの」

 喫茶いしかわにマスターとお母さんと和樹さんが揃っているときに、そんな相談をした。


 カウンターからもこちらの様子がしっかりと見えるテーブル席で、教え始める。

「真弓ちゃん」

「ん?」

 真弓はお気に入りのガーゼハンカチをぎゅっと握りしめながら、こてりと首を傾げる。

「今日は、じゃんけんを覚えようか」

「あい!」

「お手々だして~」

 ゆかりが右手を出してひらひらと振ると、真弓も、ついでに和樹も右手をひらひらと振り始めた。大好きなお父さんとお母さんと同じことができているのが嬉しいのか、真弓がきゃぁっと歓声をあげる。


「チョキは難しいから、今日はグーとパーだけ教えるね。それじゃ、いくよー。これは、“グー”」

 大人ふたりで、ぎゅっと手を握ってみせる。

「ぐ!」

 真弓も、小さな手に力を込めて握る。

「これが、“パー”」

「ぱ!」

 握っていた手を、手のひらを上にして大きくひらくと、真弓も真似をする。

「もう一回いくよ? グー!」

「ぐ」

「パー!」

「ぱ」

 そうやって何度も何度もグーとパーを教える。


「じゃあ真弓ちゃん、これは何か、わかるかなぁ?」

 ぎゅっと手をにぎる。

「……ぐ!」

「そう、グーだよ。じゃあこれは?」

 パッと手を開く。嬉しそうに真弓が宣言する。

「て!」

 うん、間違ってはいないけどそうじゃない。ゆかりは目を閉じて上を向き、大きく息を吐いた。

「……最初からやり直しですねぇ」

「ですね。もう一度ですね」

 そうやって何度も何度も、時折マスターや梢、ゆかりが子供の頃から見守ってくれている喫茶いしかわの常連の皆さまも参加しながら真弓に“グー”と“パー”を教え続けた。


 グーとパーが上手になった頃、チョキを教えたら、曲げる指三本を左手で必死に抑えながら人差し指と中指を伸ばしてチョキを出そうとし、一度左手を使ってチョキを作るとずっとチョキだけ出そうとする真弓の姿が見られるようになったという。

 常連客の中でも年かさの面々はそれがたまらなく可愛いらしく、真弓の笑顔が見られるようなじゃんけんをたくさんしてくれた。そんな日の真弓は、一日中ご機嫌でじゃんけんしていた。


 これね、「て!」の部分だけは実話です。物心つく前の私がやらかしました。

 親戚が集まるときネタにされ続けてます。


 私はじゃんけんを覚えるのが、というかチョキをスムーズに出せるようになるのが早くて、子供の頃はじゃんけん無双してました。

 だって、みんなチョキは難しいから出すの敬遠するんですよ。必然的にグーに勝てるパーを出す子ばかりなので、チョキさえ出せば勝ち続けるという……どこかのアイドルグループのじゃんけん大会のようなことが起きまして。


 結果、幼稚園で実施された父兄参観のじゃんけん大会で優勝しました!(笑)

「この子、チョキしか出さないのになぜか勝っちゃって」

 って散々言われました。大人には理解できなかったようですが、これでも子供なりに考えて勝てる手段だったんだよと思いながら、いろいろ言われるのをおとなしく聞いてました。

 これも今でもネタにされます。


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