189 隠れたやさしさ
ゆかりさんのお友達目線のお話です。うっすら百合風味なので、苦手な方はご注意を。
親友の様子がおかしい。
最近やけに、付き合いが悪い。聞けば、アルバイト先の後輩と、出かけたり、飲みに行ったり、遊んだり、野球をしたりしているらしい。ちょっと待て、なんだそいつ、彼氏か? ついに彼氏ができたのか?
――そう聞くと、親友のゆかりは思い切り首を振って否定した。
「ちがうちがう、単なる喫茶いしかわの後輩!」
「え? 後輩? 喫茶いしかわって、ゆかりの実家の喫茶店だよね。ってことは、その人はアルバイト?」
「アルバイトっていうか、お手伝い、かな? 和樹さん――その人、和樹さんって言うんだけど――本業は優秀なサラリーマンさんなんだよ」
「え、サラリーマン? 副業ってこと?」
「いやいや、あくまでも副業じゃなくてお手伝い! お給料は現物支給というか賄いやコーヒーチケットで支払うことになっててね。買い出しのお手伝いで車出してくれて、気になるドリンクのテイクアウトに付き合ってくれたりするの。とっても力持ちで、重たい荷物ひょいって持っちゃうんだよ」
説明しながら、ゆかりはさらに楽しげに笑みを浮かべた。
いや待て、なんだそれ。いやいや、ゆかり、ちょっと待て。あたしは叫びそうになるのをぐっと抑えて、にこやかに続けた。
「もしかして、すきなの? そのバイトくんが」
「えっ、いや! ちがうよ、そんな、和樹さんはすごいイケメンだし、モテるし、私なんかがすきだなんてとんでもない」
わたわた、おどおどして否定するが、あたしの目はごまかせない。……気になってるのね、その、バイトくんが。せっかく久しぶりに一緒に遊ぶというのに、こんな話題振らなきゃよかったと思い、でも、あたしはすぐさまこれで良かったと思い直す。テーブルの下、あたしはギュッと強く拳を握った。――喫茶いしかわに乗り込まなくては。それも、なるはやで。あたしは、ゆかりを守らねばならないのだから。
◇ ◇ ◇
ゆかりは可愛い。
優しくて、穏やかで、いい子だ。派手ではないが、よく気が利くし、なにより、性格の悪いあたしのそばに、ずっといてくれたともだちだ。だからずっと、あたしが守ってきた。悪い虫が付かないように。
ゆかりに気になる男ができれば、先回りして品定めをした。たいていの男は、あたしの誘いにすぐ落ちた。この時点でもう、ゆかりの彼氏としては失格だ。有り難くもないが、あたしはモテた。よく、ファッション雑誌から抜け出てきたような容姿と言われる。だがしかし、性格は不細工だという自覚がある。裏表が激しくて、嫌いなものは一切受け付けない。あたしの見た目だけで近寄る人間を見下して、馬鹿にしている。世の中の男ども、みんな滅びてしまえばいいとすら思っている。
そんな性格の悪いあたしの誘いに落ちるような男が、どうしてゆかりに相応しかろう? いや、相応しくない(反語)。
類は友を呼ぶ、というけれど、ほんとうにその通りだと思う。あたしの周りには、ろくな人間がいない。ろくな男に会ったことがない。――ただゆかりだけが、例外なのだ。
だからあたしがゆかりを守る。決意を胸に、あたしは喫茶いしかわのドアをくぐった。
「いらっしゃいませ」
喫茶店は女子高生の群れでざわざわしていた。ドアをくぐるなり甘い声が飛んでくる。そして向けられた完璧な笑顔もとい、営業スマイル。瞬間、あたしは確信した。――あ、こいつ、同類だ。
にこにこと綺麗な笑顔を浮かべながらも、腹の中では何を考えているか分からないやつだ。自身の顔の良さを正しく認識しながらも、特にそのことに拘っているわけでもない。顔の良さは人間関係における単なるツールだと、割り切っているやつだ。
ふぅん。ゆかりのやつ、ほんっと男の趣味悪いの。
「ええと、お客さま。ご注文は……」
カウンターに陣取って、そいつの顔をガン見していると、そいつ――和樹とやらは困ったような表情を浮かべて言った。どうやらゆかりは休憩中なのか、姿が見えない。
「あの、すみません……僕の顔に何か」
「和風たまごサンドとコーヒーお願いします」
とりま、ゆかりの言っていた和風たまごサンドを頼んだ。彼の考案したレシピらしいが、これが美味いらしい。しばし待つと、「お待たせしました」と、和風たまごサンドが出される。見た目は、いたってふつうの和風たまごサンドだ。
一口かじってみる。
「……おいし」
思わず、声に出た。たしかに、美味い。なんだこれ。見た目ふつうの和風たまごサンドなのに、やけに美味い。
「それはどうも、ありがとうございます」
顔を上げると、口元に微笑をたたえ、和樹があたしを見ていた。胡散臭い笑顔……ではなく、これは本心だな。なるほど、こんな顔もする男か。しばらく和風たまごサンドをパクついていると、やつは、わらわらと入ってきたご新規女子高生の相手に向かった。と、そのとき、カウンターの奥からゆかりが出てきた。
「あっ、ゆかり」
「あれぇ、来てくれたの?」
目を丸くしたゆかりに、あたしはにっこり笑いかけた。ゆるふわウェーブの髪をわざとかきあげながら。
「うん、ゆかりの顔見にきたの」
「わあ、わざわざ、ありがとう」
ゆかりは、満面の笑みを浮かべた。垂れ目がますます垂れて……タヌキみたいだ。あー、もう、くっそ可愛い。可愛い。やっぱりゆかりは可愛い。可愛い、のあとに、ハートマークをいくらつけても足りないくらいよ。
「ちょうど近くに用事があったから、ついでにね」
あたしは、語尾が甘くなるのを必死で堪えた。今日は、和樹とやらの品定めに来たのだから。目的を忘れちゃいけないわ。
「あ、和風たまごサンド頼んでくれたんだね。それねぇ、和樹さんの……」
「考案したレシピで、すごく美味しんでしょ。たしかに美味しい」
「そうそう! 覚えててくれたのね」
ゆかりの言ったことは、全部覚えてるよ! ……と言う代わりに、あたしは和風たまごサンドを口に押し込んだ。食べながら、あたしは和樹の様子をさりげに確認した。女子高生としゃべりつつ、各テーブルの状況もちゃんと頭に入れているようだ。「ゆかりさん、あちらのお客さまにお冷をお願いします」「あ、はーい」
和樹がゆかりに指示をすることもあれば、注文を取る和樹にさりげなく耳を傾けたゆかりが、言われる前に準備に取り掛かっていることもある。どうも、呼吸が、うまい具合に合っていた。そして――
「ゆかりさん、あちらのテーブルは僕が行きますね」
「あ、はい! お願いします」
ゆかりをいやらしげな目で見ている男のテーブルには、和樹はゆかりをさりげなく近づけないようにしていた。
……なかなかやるな、和樹とやら。
「ね、今日はほんとうは、和樹さんのこと見に来たんでしょ」
ドキン。
ゆかりがあたしにこそっと呟いた。心臓が跳ね上がる。飲んでいたコーヒーでむせそうになるのを、あたしはなんとか堪えた。
「べつに、そういうわけじゃないわよ」
「えへへ。でも、いつも、そうやって気にしてくれてるでしょ? あたしに好きな人ができると、いつも」
「え……」
カウンター越し、あたしを見るゆかりの顔は変わらず笑顔だ。でも、あたしは、背筋がすっと凍るような心地がした。え、ゆかりは……気付いている? あたしの、やってきたことに。そして今、なんて言った?
「……すき、なの? やっぱり」
そう聞くと、ゆかりは人差し指を唇にやって「内緒ね」と顔を赤らめた。
「ゆかり、あたし、あたしね……」
言い訳を、何とかしようと思ったあたしにゆかりはにっこり微笑んだ。
「あのねぇ、和樹さんは、似てるのよ」
「え?」
「和樹さんはね、優しい人なの。でもねぇ、それを見せないんだよね。いーっつも、周りに気付かれないように、さりげなーくいろんなこと、気にかけてくれるの。だから、気付いてない人もいるんじゃないかな」
「それ、ゆかりには分かる、ってこと?」
胸がきゅ、と傷んだ。悔しいと思った。でも。
「うん、そう。だってね……」
カウンター越し。頬杖をついて、あたしを見つめ。ゆかりは笑った。花のように。そして、ちょっぴり、頬を染めてこう言った。
――あなたにとても、似てるから。
あたしは、瞬間湯沸かし器みたいに耳まで赤くなったに違いない。
女子会と視察の間は、実は数日あいていて、この空白の数日間(笑)に和樹さんが見事に口説き落としたゆかりさん(いや、術中に嵌まったゆかりさんかも)とのお付き合いを始めている、という裏設定があったりします。
本人がポンコツフラグクラッシャーなうえにこんなボディーガードがついてたんじゃ……そりゃ男性とのお付き合いなんて難しいよねぇ?




