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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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188 好きが止まらない

 気持ちを自覚したころの和樹さんのお花畑っぷりを。

 今日は久々にゆかりさんとご一緒できると浮き足立っていた。


「おはようございます。あれ、和樹さんすごく疲れてる顔してますけど大丈夫ですか?」

「おはようございます。昨日は遅くまで活動していたものですから。すいません、仕事に影響のないようにします」

 昨日から今日の明け方まで会社に篭り、溜まっていた書類に目を通していた。

 長田からは疲れているんですから書類くらい今度にして今日は休んでくださいと言われたが、僕の疲れなどどうでもいい。そう意気込んでエナジードリンク片手に仕事をしていたが結局この(ざま)だ。自分の体力も昔に比べれば大分衰えていることがじわじわと身に染みた。

 明るくなった空を窓から見て今日は喫茶いしかわの日で早番で入る約束をしたことを思い出し、急いでシャワーを浴びに行き、徹夜で疲れている身体に鞭を打ち愛車に乗り喫茶いしかわに向かう。しかし気分はそこまで悪くなかった。むしろ気分はとても良かった。


 喫茶いしかわの日は慌ただしい僕の生活で唯一落ち着ける時間なのだ。正確に言えば喫茶いしかわにいる時間だ。

「そんな疲れているなら言ってくれればよかったのに。今日は水曜だし早番なら私一人でも大丈夫でしたよ。和樹さんは今や喫茶いしかわにいなくてはいけない人なんですから、身体に気を付けてください!」

「ははっ、ありがとうございます。ゆかりさんにそんなふうに言われるなんて嬉しいですね」

「和樹さんったら、ただでさえお忙しいしちょくちょく怪我してるんですから、自分は無理してるって自覚した方がいいですよ?」

「ご迷惑をかけてすいません。いつもゆかりさんにはお世話になっていて頭が上がりません」

「いえ、そのお詫びにいつも和樹さんお手製賄いをいただいているのでそれで帳消しです。ちなみに今日はオムライスが食べたい気分です」

「分かりました。そしたらゆかりさんが大好きなふわふわオムライスを作りますね」

「やったー! そう言われるとがぜん今日も頑張る気になりました! 外の掃除してきますね」

 そういうと嬉しそうにほうきとちりとりを持って外に出ていった。そんな彼女の様子に自然と笑みがこぼれる。

 ゆかりさんは、ほんとうにお茶目で可愛い人だ。

 本当に喫茶いしかわは、彼女は僕の忙しい時間の合間に数少ない癒しの時間を提供してくれる。


「お客さんの波引きましたね。雨も降ってきましたし、当分お客さんも来ないでしょうから休憩に入りましょう」

 朝の天気予報を見逃していたのでついさっき知ったが、今日は午後から雨でこれから風も強くなるらしい。当分は客も来ないだろう。


 朝に言っていたゆかりさんご要望のオムライスに取りかかると、カウンター越しの目の前にゆかりさんが座った。

「疲れましたねー。なんだかんだ言って今までお客さんの波引きませんでしたし、和樹さんが早番に入ってくれていて助かりました」

「いえ、そもそも早番のシフトを入れたのは僕ですから当然ですよ」

「それでも朝はあんなにあんなにかっこつけたこと言ったから、なんだか恥ずかしいじゃないですか。和樹さん疲れているのに、結局たくさん頼っちゃったし」

 卵をかき混ぜながら彼女の顔を見るとこっちを見ながら申し訳なさそうな顔をしていた。


「僕まだ疲れている顔しています? 仕事中ですし、気付かれないように気を付けていたんですけど」

 バターを多めにフライパンに入れ、溶けだしたころに卵を入れ固まらないように勢いよくかき混ぜる。先ほどからゆかりさんが顔を覗かせてフライパンを見ているので笑いを堪えるのに必死だ。

「ふふん、和樹さんは私より美味しい和風たまごサンドやコーヒーとか作っちゃいますけど、これでも和樹さんの先輩なんですよ? 和樹さんが喫茶いしかわに来たときから見ているので、ゆかり先輩には和樹さんのことなんて分かっちゃうんです」

 そう言われた僕は最後にライスの上に卵を乗せるところで、動揺して少し形が崩れてしまった。


 喫茶いしかわの常連になって少し経ち、気付いたことがあった。

 喫茶いしかわにいる時間、ゆかりさんと話している時の安らぎ、それを最初に感じてはっと気づいたのだ。僕はゆかりさんのことが好きなのだと。

 そんなきっかけでコロリと女性を好きになるなんて、馬鹿馬鹿しくて自分でも呆れてしまった。しかし意識してしまうと止められないのが恋というもので、自分の気持ちを自覚して以来ずっとその気持ちは変わらなかった。アラサー男がまさかこんな純粋な気持ちを抱くとは思わなかった。


 そして止められないのなら思い続ければいい、想うだけなら自由なのだからと思うようになった。この気持ちを彼女に伝える気はないし、長期海外出張に赴くことは決まっていて、彼女の前からいつ消えるかも分からないのだから。好きなだけなら問題ないと思った。

 ……結局は言い訳にすぎないが、彼女のそばに居られるのなら仮初めの幸せに浸っていたいのだ。


「すいません、ちょっと形が崩れてしまいました。ゆかりさんが変なこと言うからですよ」

 まったく、彼女は僕の気も知らないでこんなことを言う。

 自分は炎上がどうとかリップサービスがどうとか言って僕のせいにするが、問題は僕だけではない気がする。


 ゆかりさんの目の前にオムライスを置くと嬉しそうに目を輝かせお礼を言って一口食べる。

「さすが和樹さんおいしいです! そんなに形も崩れてないですし、味も変わらず美味しいままですよ。それにしても和樹さんが動揺するなんて珍しいですね。もしかして照れました? ふふっ、動揺する和樹さんを見られるなんてラッキーです」

「あんまりおじさんをいじめないでください。まったく意地悪な先輩だ」

「和樹さんはおじさんじゃないですよ。そんな和樹さんにはゆかり先輩特製コーヒーを淹れるので機嫌直してください。この前より淹れるの上手になったんですよ! それを飲めばお疲れの和樹さんも元気になっちゃいますよ!」

 そうにこやかに笑いかけてくる彼女の口の端にはケチャップがついていた。

 あぁ、そんなことを言いながらそんな姿をして、本当にもう!


 好きをとめてくれ!


 恋愛暴走特急な和樹さん……じゃなくて通常運転だなこれ(苦笑)

 むしろまだライトな気がする。

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