178 いっそのこと
「うーん」
「むぅぅん」
石川家のリビングで、こどもたちがクマのぬいぐるみをはさんで向かい合って、とても難しい顔をしている。変顔をしているわけではないから、にらめっこではなさそうだ。
「どうしたの? 揃ってそんな難しい顔して」
「おかあさん」
きょとりとゆかりを見上げるこどもたち。
「どうしても、みつからなかったの」
「何が見つからなかったの?」
「あのね、もうすぐ“ちちのひ”でしょ」
「“ちちのひ”だから、おとうさんがうれしいものをあげたいなとおもったの」
「でもね」
揃ってしゅーんと肩を落とす。
「おとうさんのすきなもの、おかあさんしかみつからないの!」
「……え?」
ゆかりはぱちぱちとまばたきを繰り返す。
「そ、そんなことないと思うけど。ほら、あの、和食とかお父さん好きだよね」
「うん。でも、おとうさんは、おかあさんがつくるごはんがいちばんすきでしょ」
「ぎゅーもちゅーも、おとうさんはおかあさんとするのがいちばんすきだよね?」
「そ……うかなぁ? 真弓ちゃんや進くんとするのもすごく喜んでると思うけどなぁ」
「よろこんでるけど、おかあさんとするのがいちばんうれしそうなんだよ? しらないの、おかあさん」
「え……っとぉ……」
きょとりとゆかりを見る曇りなき眼に、思わず目をそらしてしまう。
「ちちのひは、ばらのはなをあげるんだよってきいたの。でも、おとうさんはそれ、すぐおかあさんにあげちゃうし」
「あー……そうね」
和樹は昨年、それをやらかしていた。
「だからね、もう、おかあさんをプレゼントにするのがせいかいだとおもうんだ」
「おかあさんがはいれるプレゼントのはこか、おかあさんをぐるぐるまきにするリボンをみつけて、おかあさんをプレゼントしようかなって」
「おとうさん、ぜったいよろこぶもん!」
「ねーっ」
ゆかりは頭を抱えた。こどもたちの「ねーっ」の仕草はとてつもなく可愛いけれど、言ってることが可愛くないぞ。どうしよう。
「えーっと、えーっと……あ、そうだ。おばあちゃんにお願いして、お父さんとおじいちゃんのお顔パンを焼いて二人にプレゼントするのはどうかな?」
「うーん……わかった。ことしはそうする。でも、おかあさんとおばあちゃんをプレゼントするリボンもよういしよう!」
「うん! さんせい!」
ゆかりは遠い目になった。
なんでだろう。うまく軌道修正したつもりだったのに、話がどんどんとんでもない方向に転がりつつあるような……。
ひとまず、母にパン作りのお願いとリボンへの警戒を促すことにしよう。
後日。気が付けば喫茶いしかわ常連軍という大勢の協力者を得ていたこどもたちは、ゆかりと梢を飾りたてるリボンを大量にゲットしていた。
それどころか、実は裁縫が得意だという環がそのリボンを活用したロリータファッションのエプロンドレスを仕立ててゆかりに着せ、和樹にお披露目する羽目になるという未来がやってくることを、この時のゆかりは一ミリも想像もしていなかった。
そうだよね、和樹さんの子供だもんね。その発想が変なことだと思わないよね。
ゆかりさんもまさかこの歳になってロリータファッションするとも思わないよね。
ちなみに当日は、ノリノリの環さんがゆかりさんを仕上げます。
髪型ゆるふわ、メイクはとろ甘です。
Kawaii全開な格好に、恥ずかしさでほんのり赤くなり、おめめうるうるなゆかりさんを見た和樹さんの喜びようが目に浮かびますな。




