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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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164 ぼくとオムレツ

 真弓はウキウキと自宅への道をスキップして帰っていた。

「るるるん♪ 今日も学校楽しかったなぁ。お友達とも仲良くできたし、勉強も全然難しくないし、よかった~!」

 学校の勉強は、話を聞いていればおおよそは理解できるし問題も解ける。授業に出ていれば今のところは何の問題もなさそうだ。

「ふふふん♪ 明日のテストも頑張っちゃうぞ~♪ それでお父さんとお母さんに褒めてもらうんだー♪」


 道の角を曲がったところで見慣れた背中が目に入った。

「あ、進!」

 視線の先にはランドセルを背負った弟がいた。本人も姉の存在に気がついたのか、その場に止まって追い付くのを待っている。真弓はスキップをやめ、小走りで弟の元へと走った。

「お姉ちゃんお帰り」

「お帰りは何か違わない?」

「そっか。学校お疲れさま」

「進も学校お疲れさま! もう慣れた?」

 歩道を横並びに歩きながら、真弓は弟の様子を伺う。活発と評価される自分と違ってやや引っ込み思案なところのある弟だから、少し心配しているのだ。母のゆかりにも「進のことよろしくね?」と頼まれていることもあって『お姉ちゃん』を存分に発揮したい気持ちもあった。


「うん、少しずつ。新しい友達もけっこうできたし大丈夫だよ! そう言うお姉ちゃんはどうなの?」

「ばっちり! 毎日楽しいよ」

 それから二人は並んで喋りながら自宅まで帰った。



 ◇ ◇ ◇



 会話に花を咲かせていたらあっという間に自宅へとついた。

「お母さんただいま~!」

「ただいま」

 玄関に座り込んで二人は靴を脱ぐ。いつもなら料理の手を止めてニコニコと玄関へと迎えに来る母が姿を見せなかった。今日のシフトはランチタイムまでと聞いているが、いきなり延長になったのだろうか。それとも。

「ただいまって聞こえなかったのかなぁ? お母さーん」

 真弓は一直線にキッチンへと向かった。しかしそこはもぬけの殻だった。


「お姉ちゃん! リビング! 来て!」

 進の声がするリビングに急いだ真弓が見たのは、ソファーに仰向けになり、苦しそうな母の姿だった。額には汗が滲み、呼吸はぜーぜーと嫌な音をしている。

「お母さんどうしたの!?」

「あ……まゆみちゃん、すすむくん、お帰りなさい……」

「苦しそうだよ? 大丈夫……?」

「ん……朝……お店で風邪っぽいお子さんを連れたお客さんと話してから何か調子悪くなっちゃって……二人にうつるといけないから寝室行く……ね……げほっ」

「寝室より病院に行かないと! お父さんが言ってたもん、『風邪は甘く見ちゃいけないよ』って。『時と場合によっては肺炎だったりすることもあるんだから』って!」

 真弓は自宅の固定電話に手を伸ばすと、タクシーを呼んだ。そして戸棚にしまってあるゆかりの保険証を取り出し、ゆかりのいつも持ち歩いているカバンを寝室から引っ張って来るとゆかりの目の前に置いた。


「今からならギリギリ診察してもらえるから行こう? お母さん」

「でも今日はお父さん帰ってくる日だから、ごはん作らないと……」

「何作ろうとしてたの?」

「メインはオムレツだけど……」

「じゃあ進がオムレツ作るから!」

「ぼ、僕!?」

「この前一緒に作ったからもうできるでしょう? 他はインスタントの味噌汁とか作ったり、朝ごはんの残り物とか作り置きおかずを適当に盛り付けてくれればいいから」

「できるかなぁ……」

「大丈夫! お父さんとお母さんの子だもん! 私たちはきっと料理上手だから! 夕飯とお留守番よろしくね!」

 そう言っている間に折り返しの電話がかかってきた。もうタクシーはマンションの下につけてあるという。ゆかりはカバンと保険証を受け取ると真弓に支えられながら立ち上がった。


「すすむくん…ごめんね。洗濯物も取り込んでないからそっちもやってくれると助かります。まゆみちゃん借りてくね」

 ゆかりはよろめきながら真弓とともに家を出ていった。残された進は玄関に立ち尽くした。

「アンッ!」

 いつの間にか石川家の愛犬が進の側にやって来ていた。

「ブラン……」


「ねぇ、僕、お姉ちゃんみたいにお料理や家事できるかなぁ?」

 ブランの目線にしゃがみこみ、両腕でぎゅうと抱き締めた。ブランは『できるよ』と伝えようとしているのか、進に頬擦りをした。

「ありがと。僕、頑張る!」

 進は子供部屋にランドセルを放り込むと、紺色のエプロンを身に付け、ノルマをこなすために立ち上がるのであった。



 ◇ ◇ ◇



 病院に着いたゆかりは真弓に付き添ってもらいながら診察を受けた。

「早めに診察して正解ですよお母さん。肺炎です」

「ほらやっぱり! 私の言った通り!」

「元々風邪っぽかったりしませんでしたか?」

「ぅ……はい……元々ちょっと鼻風邪かなぁと思ってたんですけど……今日職場で風邪っぽいお子さんと接触してから急に体調が悪くなっちゃって……」

「今幼稚園や保育園に通うお子さんの一部で市中肺炎にかかる方が増えてるんですよ。石川さんは元々免疫力が下がっていて、子供を介して肺炎にかかったと思われます」

「そうですか……」

 ゆかりはドクターに抗菌薬や解熱剤を処方してもらい、念のため点滴を打ってもらってから自宅に帰ることになった。

「まゆみちゃんのおかげで助かったぁ。ありがとうね」

「ううん! いろいろ教えてくれてたお父さんのおかげだよ!」

「点滴時間かかるから帰るの遅くなっちゃうねぇ……ごめんね」

「大丈夫! 心配しないで! 進に帰るの遅れるって連絡してくるね」

 真弓はゆかりにスマホを借りると、自宅へと電話をかけた。



 ◇ ◇ ◇



「うん、うん、わかった。僕は大丈夫だから。お父さんもうすぐ帰ってくるし……はーい」

 受話器を置いた進はブランに語りかけた。

「お母さん風邪拗らせて肺炎になっちゃってたんだって。お姉ちゃんの言う通りだった」

 進から見た真弓は、時におてんばだが、ここぞというとき頼りになる姉だった。

「……僕もお姉ちゃんみたいに、頼りにされるようになりたいなぁ」

 キッチンへと戻ると、先程作り終わって盛り付けた、少し歪んだオムレツが目に入った。見た目は到底両親や姉の作るオムレツには及ばない。


「もっと、上手に作れるようになりたい」

 残り物を添えて、インスタントの味噌汁もすぐに作れるように準備をし、リビングのテーブルに並べた。思えば自分が家族のために食事を作るのは初めてだった。そしてご飯が炊き上がった頃、インターホンが鳴った。

 パタパタと玄関に向かい、扉を開けると仕事から帰って来た父が立っていた。

「ただいま、進」

「お帰りなさいお父さん」

「あれ? お母さんと真弓は?」

「いろいろあって二人で病院に行ってるよ。とりあえず中に入って? 僕、説明するから」


 荷物を置き、着替えを済ませる父の隣で進は今日のことを順番に説明していった。一通り説明を聞いた和樹は顔をしかめた。

「お母さん、朝から熱っぽかったから喫茶いしかわは休むように言ってあったんだけど、出勤してたんだね。真弓が言い出すまで病院に行こうともしてなかったのか。今度しっかり言い聞かせないとな」

「点滴に時間がかかるから、夕飯は僕とお父さんの二人で先に食べててって言われたよ? お父さんの口に合うかはわからないけど……」


 リビングのテーブルを見た和樹はキョトンと目を見開いた。

「これ、進が作ったの?」

「うん。オムレツ……上手くできなかったけど」

 ショボンと肩をすくめる進をよそに、和樹はスプーンでオムレツをすくい口に運んだ。

「初めて一人で作ったんだよね?」

 こくんと頷く息子を和樹はわしわしと撫でた。


「わっ! どうしたのお父さん」

「見た目はまだまだだけど、初めてでこの味なら充分だよ。さすが僕の息子」

「ほ、本当?」

「うん、お父さんが進の年の頃なんか料理すらしてなかったから僕よりすごいよ」

 嬉しそうに自分のことを見つめる父を見て、ようやく進は誉められたことを実感した。じわじわと嬉しさが広がった進の頬が緩んでいく。

「へへっ」


「お母さんと真弓のオムレツはまだ作ってないんだよな?」

「うん、お姉ちゃんから遅くなるって電話もらったから僕とお父さんの分しかまだ作ってないよ?」

「じゃあ食べ終わったら、綺麗にオムレツを作るコツを教えてあげる。お母さんたちをびっくりさせてやろう?」

 テーブルに向かい合って座り夕食を済ませた後、二人は一緒にオムレツ作りをした。ふわとろ卵にするコツ、卵を破らないコツ、具に仕込む隠し味など。進には新鮮な知識と技術だった。


「女性に振る舞うときはケチャップでハートマークでも書いてあげれば喜ぶから……」

「ハートマーク?」

「ああ。お母さんは、ハートよりもブランの絵を描いてあげるほうが喜んだけどね」

 くすっと笑いながら教えてくれたお母さんのちょっとした秘密。

「真弓には内緒だよ」

 様になるウィンクをパチリと決める和樹にドキリとする。

「う、うん!」


「……真弓には時間があるときに普通の料理を教えたけど、進にはせっかくだし男飯の作り方を教えたいなぁ。興味はある?」

「ある!」

「じゃあ今度時間ができたときに教えてあげる。知ってると将来一人暮らしするときとかに役に立つから」


 普段はあまり家に帰らない父とこうやって一対一で物事を教えてもらうのはとても珍しいことだった。しかも自分にだけ教えてくれるという父の料理スキル。進は嬉しい気持ちでいっぱいだった。

「お父さんありがとう。僕上手く作れるように頑張って覚えるね!」

 その後、先取りでいくつかレシピを教えてもらっていると、ゆかりと真弓が自宅に帰ってきた。

「ただいま~!」

「お帰りなさい、お母さんお姉ちゃん」

「オムレツできた?」

「一回目はちょっと失敗したけど、お姉ちゃんたちの分はお父さんと一緒に作ったからちゃんとできたよ!」

「あっハートマーク! 進くんが書いたの?」

「うん! お母さん、これ食べて元気になってね」

 四人と一匹で囲む食卓は賑やかだった。その中心にあるのが父と一緒に作ったオムレツというのも何だか誇らしかった。


 僕もいろいろなことができるようにもっともっと頑張ろう。

 ニコニコ笑顔で夕飯を食べる母や姉の姿を見て、進は心の中で誓いを立てるのであった。



 ◇ ◇ ◇



 その夜の夫婦の寝室にて。


「ゆかりさん、体調管理にはくれぐれも気をつけてって言ったよね?」

「ご、ごめんなさい……今後は気を付けます」

「素直でよろしい」


 ということで、男と男の約束がひとつ生まれました。

 さあ、進くんはここからハイスペック男子になれるんでしょうか? まだまだ素直な彼にはあんまり伊達男なしぐさが似合うジゴロ系にいってほしくないなぁ(笑)


 ちなみに真弓ちゃんがあっさりタクシー呼べたのは、和樹さんの教育の賜物です。

「救急車はお母さんが遠慮しそうだから、ちょっと具合悪そうなだけならこれ(短縮番号)押してタクシー呼びなさい」

 って、お出かけするときに予行演習でタクシー呼ばせたみたいですよ。


 ゆかりさんが復活するまで、きっと和樹さんは最低限以上の仕事はするけど……な状態になるでしょうね。同僚や部下からの無言の圧力を受けて事情を聞き出した長田さんに

「絶対今日終わらせなきゃいけない仕事は終わってますから! いいから早くご自宅に帰ってください!」

 って追い出されそうな気がする。


P.S.この話で自己満足の666,666文字です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 進くんよりも、真弓ちゃんの方がお父さんのパーフェクト・イケメン遺伝子を受け継いでる気がします。 すんごいイケメン女子になりそう(笑)
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