13-3 ゴーヤのきんぴら(後編)
「それでは皆さま、せーの!」
「いただきます!」
皆で声を合わせて、各々食事を始める。
ごはん、味噌汁、生姜焼き、ポテトサラダ、ゴーヤのきんぴら。
私は自分が作ったゴーヤのきんぴらと生姜焼きの味を先に確かめる。
うん! 美味しい!
塩もみでゴーヤの苦味はうまく抜けてるし。
生姜焼きも、かなり大雑把に作っちゃったから味付け少し不安だったけど、大丈夫そうだし。
ほっとして、食事を進める。
「ゆかりさん、美味しいです」
「そうですね、和樹さん。それに子供たちもゴーヤが食べられるくらい大きくなったんですねぇ。もしかしたら苦味が強くて食べられないかもと思っていたんですけれど。ふふふ、成長を実感します」
隣に座る和樹さんと目を合わせて笑い合う。正面に座ったお兄ちゃんは、じーっと私たちを見ていたかと思うと頬杖をついてニヤリとする。
「……なに? そんなニヤニヤしちゃって」
「いやぁ、和樹くんと初めて会ったときのことを思い出しててね。まさか僕がゆかりの彼氏だと思われて、あれほどの敵意を向けられるとは」
「えー? そうだったかしら」
「そうだったの! ……ゆかりは、昔からこの手のことは鈍かったからなぁ」
あははと苦笑を滲ませながら、和樹さんが断言する。
「出会った当初から、ゆかりさんは“はたおりひめ”でしたから、仕方ありません」
「……はたおりひめ?」
機織り姫、かしら? やだわ、私遊び呆けて年1回しか会えなくなるような女だと思われてたのかしら。
むむむ、と眉間にシワを寄せてしまった私に、小さくため息をこぼしながら和樹さんが告げる。
「何を考えているのかは聞きませんが、違います」
「そ、そうですか?」
「はい」
和樹さんもお兄ちゃんも、視線を交わしてうんうん、と頷いている。ふたりだけでわかり合う様子を見せられるのは、なんか納得がいかない。でもこの様子だと、教えてくれるつもりはなさそうだ。
聞き出すことを諦めて、昔のことを思い出す。
兄と和樹さんが初めて顔を合わせたのはたしか、兄の軽自動車の助手席に乗って、この老人ホームに着いたときだ。後ろからいきなり声をかけられてビックリしたのを覚えている。
「ゆかりさん!」
「うひゃっ! か、和樹さん!? ビックリしたぁ。珍しいところでお会いしますね。お仕事ですか?」
「ええまあ。そちらの男性は? まさか彼氏……?」
「へ? それこそまさか、兄ですよぉ。和樹さんははじめましてでしたっけ? お兄ちゃん、最近実家に寄り付かないから」
くすくすと笑いながら紹介する。兄はなぜかにやにやしているが、よくあることなので放っておく。
兄は上京してメイクアップアーティストをしていて、たまにこちらに帰って来て、老人ホームや病院でメイクセラピーしてるんです。
そう告げたときの和樹さんのきょとん、とした顔と棒読みの「めいくせらぴー」は忘れられない。
ふふふ、と思い出し笑いしていると、和樹さんに声をかけられる。
「何? どうしたの?」
「和樹さんがお兄ちゃんとはじめましてしたの、ここの前だったなぁって。お兄ちゃんを彼氏と誤解して拗ねてる和樹さん、可愛かったですよ。うふふふふ」
「……そういうのは忘れてください。あの頃は、ゆかりさんに振り向いてもらいたくて必死だったんですよ」
むすりと不機嫌そうにぷいと横を向いたがその耳は赤い。訂正。今の和樹さんもとっても可愛いわ。
しばらく食事と歓談を楽しんでから、おいとまする。
15センチ角のタッパーにぎっしり詰め込んだゴーヤのきんぴらをお土産だと子供たちと兄に渡してくれた皆さまに、子供たちと一緒にちゃんとお礼を伝える。
家に着くときにはとっぷりと日が暮れていた。
ささっと子供たちをお風呂に入れて寝かしつけると、収穫その他の疲れからかいつもより眠りに落ちるのが早かった。
女性のほうが寝支度に時間がかかるから、と和樹さんに言いくるめられ、先にお風呂をいただく。スキンケアして髪を乾かして。ひと通り終わる頃にお風呂上がりの和樹さんも寝室に入ってきた。下だけ穿いて、首からタオルをかけて。折を見ては鍛えている上半身を惜しげもなく晒している。
チラリと見ると目が合ってしまい、なんだか恥ずかしくなってそそくさとベッドに入る。顔を合わせたら今よりも赤くなってしまいそうで、向こうを向いて掛け布団をかぶって寝る体勢になる。
すぐにベッドにはいってきて後ろから私を抱き締めてきた和樹さん。筋肉が多いうえにお風呂上がりな彼の体温はとても高い。
その腕の中に私を閉じ込めるように抱き締められ、ピクリと反応して固まると、首筋をぺろりと舐められた。
「今日はさ、久しぶりにゆかりさんとふたりきりで一日中イチャイチャできると思ってたんだよね」
「ひえっ」
そんなこと言われても!
「後で充電させてって言ってあったよね?」
い、言ってたけど……言ってたけど~~っ!
恐る恐る振り返ると、情欲を滲ませる狩人の瞳になった和樹さんと視線が絡まる。思わずピシリと固まる私は、そのまま熱に飲み込まれた。
翌朝、いつも通りに起きられず寝る前よりぐったりした妻と、この上なくご機嫌なのがまるわかりなオーラと色気を撒き散らしながら家族のための朝食をいそいそ準備する夫の姿があったとか、なかったとか。
ということで、お兄ちゃん登場しました。
メイクセラピー(化粧療法)ってあるんですよ本当に。
それにしても、なんだかお兄ちゃんも影うすいですねぇ。石川家の男性は影うすいのがデフォルトなんでしょうか。
(ううう、私の筆力のせいですね)
和樹さんの言う“はたおりひめ”は、いわゆる織姫のことではなく“旗折り姫”。
ええそうです。
イケメンさんで若い頃からモテてたはずの和樹さんですからね。
一級恋愛フラグ建築士を自認していたのに、当時のゆかりさんのあまりにも無邪気なフラグクラッシャーぶりに頭を抱えていたのを思い出していたことでしょう。




