154 季節の便り
カロン、と喫茶いしかわのドアベルが鳴る。
「いらっしゃ……あら、真弓ちゃん」
「おかあさん、ただいまー!」
「お帰りなさい。あら、進くんと一緒に帰ってきたのね」
「うん!」
「おかあさんただいまぁ。今日のおやつ、なに?」
「今日のおやつはねぇ……じゃん! これよ!」
「なに? ラップ? まるいなにか」
「今からレンジで三分の魔法をかけまーす。ふたりはその間に手を洗ってきましょう」
はーい! と元気に返事をした子供たちは、奥の洗面所へと競争するように駆けていった。
ゆかりは、牛乳の入ったグラスとラップに包まれた三センチたらずの白くて丸いものをふたつずつ、ポンポンと子供たちの前に置いていく。
「はい、召し上がれ。熱いから気を付けてね」
「うん」
「えーと、これは……?」
熱いからとこわごわ、それでもぱくりと白いものにかじりつく。
「ミートボール! 中にミートボール入ってる!」
「これ、にくまん?」
「せいかーい! ミートボールとパン粉を使った“なんちゃって肉まん”だよ。自分で作ってみる?」
「うん、わたしやりたい」
「ぼくも」
ゆかりは和室に揃う子供たちの前に、パン粉、牛乳、ミートボール、ラップを並べる。
「まず、パン粉と牛乳を混ぜます。牛乳入れすぎてベシャベシャにならないように、少しずつね」
ここで、お客さんに呼ばれて店に戻るゆかり。
「おかあさん、できたよー」
「はいはーい。じゃあ、ラップを敷いて。そこに牛乳を混ぜたパン粉をスプーンでてのひらくらいに広げてね」
「真ん中にミートボールを一個、置きます」
「ミートボールをパン粉ですっぽり包んで、ラップをきゅっと絞ります」
ゆかりが店と和室の入口を往復しながら作り方を教えると、子供たちはウキウキと楽しそうに作っていく。ゆかりは全部できたら教えてね、とその場を離れて店に戻る。
「おかあさん、見て見て! できました!」
「はーい。うん、上手にできたねぇ。これをレンジで三分……数が多いから四分のほうがいいかな。四分チンしたらできあがりです」
やった、とハイタッチする子供たち。
「お店のレンジを借りるから、チンはお母さんのお仕事ね」
「うん、わかった。まってる」
肉まんの仕上がりを待っていると、バックヤードに繋がる扉が開き、梢が姿を見せた。
「あ、おばあちゃん」
「まあ、ふたりとも来てたのね」
「うん。いま、ぼくたちにくまん作ってたんだよ」
「あとチンだけなの。チン終わったらおばあちゃんにもいっこあげるね」
「うふ、ありがとう。楽しみだわ」
ここで、レンジの加熱終了の合図が響く。梢がゆかりからなんちゃって肉まんの乗った皿を受け取り、子供たちのところに持っていく。
梢は、ゆかりからの「せっかくだから、子供たちと休憩してきたら?」というお言葉に甘えるつもりだ。
「おばあちゃん、あーん。あっついから、きをつけてね」
にこにことラップを半分剥がして梢に食べさせようとする真弓と、目を弓型に細めてぱくりと食べる梢。
「ぼく、おかあさんにあーんしてくる!」
と、肉まんをひとつ持って、ゆかりの元に突撃する進。
賑やかで穏やかな、おやつタイム。
その最後に、子供たちは梢から、翌日の学校帰りに家に来てお手伝いをしてほしいと頼まれる。
子供たちは二つ返事で了承した。
◇ ◇ ◇
祖母と約束したお手伝いが終わった日の夜。子供たちはそわそわしながら和樹の帰宅を待っていた。
「ただいま……」
「あ、やっとかえってきた。おとうさん、おそーい!」
「はやく帰ってきてねっておねがいしたのに~。わたしたち、ごはんもおふろもおわっちゃったよ」
「うん、ごめん。これでもがんばったんだけど、なかなか帰れなかった」
苦笑まじりに言いつつ、洗面所に向かう和樹。
「ごはんのよういするから、すぐきてね!」
高らかに宣言してキッチンに向かう真弓。その様子に、今日は何かあっただろうかと首をひねる和樹。
「あ、おかえりなさい。今日もいちにち、お疲れさまでした」
ほかほかの白飯と、味噌汁と、アジの塩焼きと、こごみの天ぷら……と彩豊かな晩ごはん。進とともにそれを並べているゆかりの笑顔が和樹を迎えてくれた。
「ただいま。今日も種類豊富で、贅沢で幸せな晩ごはんだなぁ」
こわばりがほどけていくような笑顔を見せる和樹。
「これだけじゃないんですよ」
「え?」
真弓が白い器を持ってくる。
「お父さん、はいこれ! ごはんと一緒に食べてね」
中に入っているのは、実山椒がたっぷり入ったちりめん山椒だった。
「今日ね、進といっしょに、おばあちゃんのおてつだいして、さんしょうじょうゆ作ってきたの。それでね、おかあさんが、おとうさんのだいこうぶつ作ってあげてって」
「和樹さん、これがあるとすごくご機嫌にごはん食べますもんね? 真弓ちゃんお手製ですよ。たくさん食べてあげてください」
くすくすと笑いながら言うゆかり。
「むぅ……おてつだいは、ぼくもしたもん」
「ふふ、そうね。たくさんお手伝いしたんだよね。おばあちゃん、とっても喜んでたよ」
ゆるゆると進の頭を撫でるゆかり。
その後、和樹がごはんを食べる様子をじいぃぃっと見ていた子供たちは、美味しい美味しいと大絶賛でばくばくと食べ進めていく和樹の様子をにんまりと見て、ご機嫌で就寝の挨拶をしていった。
翌朝、出勤時のいってきます&いってらっしゃいのチュウとともに「今日の晩ごはんは山椒味噌で豚肉を焼く予定なので、ちゃんとごはん食べられる時間に帰ってきてくださいね」と耳元でゆかりに囁かれ、必死で仕事を片付けたことは言うまでもないだろう。
旬の時期は短いですが、実山椒の美味しい季節になりましたね。
子供たちは放課後に、枝から山椒の実を外すお手伝いをしました。その後の、ゆがく下処理は梢さんが。自分たちの成果は、山椒醤油や山椒味噌にして持ち帰ってきました。
前年の和樹さんが嬉しそうにちりめん山椒を食べているところを見ていた子供たちは「お父さんの大好物作ってきた!」とドヤ顔でゆかりさんに報告します。
ゆかりさんは、そろそろ自分がみてる時なら真弓ちゃんにひとりでコンロ使わせても大丈夫かな……とちりめん山椒を作らせてみます。
ちりめんじゃこを炒めて山椒醤油を絡めるだけなので、難しくないですしね。
真弓ちゃんははりきってるので、ゆかりさんのちりめん山椒より実山椒が多めに入ってます。
それから何度も真弓ちゃんお手製ちりめん山椒がふるまわれ、その年は例年よりずっと早く山椒醤油のストックが切れたようです。
ちなみに和樹さんから梢さんには、大好物のお礼として効果の高い(素敵なお値段の)ハンドクリームとデパ地下の美味しい惣菜やお菓子がプレゼントされました。
和樹さん、そういうところでのご機嫌伺いは欠かしません。これでもデキる男(笑)なので。




