150 ゆかりさんの○○○
五月九日。子供たちは出かけているため、和樹は夫婦水入らずのいちゃいちゃランチタイムを満喫せんと張り切っていた。
「ゆかりさん、今日も僕が腕を振るわせていただきますよ。楽しみにしていてくださいね」
「ぅ……和樹さん……その、私、今日はお昼ごはんは遠慮しようかと」
「は? どうしてですか? 具合でも悪い?」
途端に和樹は眉間にシワを寄せ、ゆかりに詰め寄ってきた。
「い、いえ?」
「なら、食欲がなくなるほど何かに悩んでる?」
「そういうわけでもないです……」
ゆかりは、どうやって言い逃れようかと視線をうろつかせている。
「ゆかりさん、今日はね、告白の日なんですよ」
「そうなんですか? あ、語呂合わせですね」
「はい、そうなんです。ですから、ゆかりさんも僕に理由を告白しましょう」
「うっ……」
辛さを耐えるように視線を下げていくゆかりが、ボソリと呟く。
「……です」
「え?」
「……たんです」
「はい? なんですか?」
「だから、太っちゃったの! 二キロも!」
半ば逆ギレのように返されてきょとんとする和樹は軽く溜め息を吐く。
「すぐにゆかりさんのお昼ごはんを用意しますね」
「もうっ! 私の話、ちゃんと聞いてませんね?」
「聞いてますよ。ゆかりさんはそんな悲壮感をにじませるような太り方してませんから、安心して食べてください」
「そうやってゴールデンウィーク中に和樹さんがほとんど毎日作ってくれた美味しいごはんの数々を食べた結果が体重に現れちゃったのよぉ……このままぷくぷくと……」
しょぼんと自分のお腹を触るゆかりにすうっと近づくと、もにょもにょとゆかりのお腹に触れる和樹。
「全然大丈夫ですよ」
「お腹つままないで!」
ゆかりはわかりやすく、ぷうっと膨れてみせる。
「ううっ、いっそ腹筋割れるくらい鍛えれば……」
「必要ありません。断固阻止します」
「そういえば、昔から私が腹筋鍛えようとすると阻止しようとしますよね……」
キッパリ言う和樹に、ゆかりは遠い目になった。
◇ ◇ ◇
ランチが終わり、アイドルタイムに突入した喫茶いしかわにて。ゆかりはふいに皿を拭く手を止めて和樹を見た。
「ゆかりさん? どうかしましたか?」
「和樹さん、私、すごく大変な悩みを抱えてるんです。できれば協力してもらっても良いですか?」
大変な悩み事。あまりにゆかりに似合わない言葉に驚く。
それから、ハッとなりまさか和樹に対しての告白ではないだろうかと思ってみた。奇しくも今は二人きり。ゆかりの気持ちは大変うれしいが自分は恋だの愛だのと現を抜かすわけには――そう考えて。なら僕は一体いつ現を抜かせばいいんだとセルフ突っ込みを入れる。
正直出会いはない。仕事が忙しすぎて出会っている暇がないのもあるが、その仕事関連はことごとくアレな女しかいない。そんな和樹の癒しは喫茶いしかわの看板娘だった。
「あ、あの、ゆかりさん……」
「実は私、腹筋割りたいんです」
「……は?」
「だから、腹筋。シックスパックって言うんですか? それ、割りたい」
「……」
何故。いや、何故以外の言葉が一切出ない。というか自分のすさまじく恥ずかしい勘違いを今この瞬間、土に埋めてやりたい気分になる。
しかし本人は至極真面目に問うてきた。
「それでですね、お腹を割るために毎日寝る前、筋トレを始めたの。でも何でかまったくお腹が割れる気配を見せなくて……」
スンッとなった和樹は、慌てて笑顔を作る。
「……いや、腹筋。割る必要ないですよね? ゆかりさん看板娘ですよ? 割る必要、ないですよね? そもそもなんで腹筋を割りたいんですか? 割る必要、本当にないですよね?」
大事な事だから三回言った。二回で足りるわけがない。
「え? だってかっこいいじゃないですか」
うわぁ……と、和樹はなんとも言えない顔をする。理由があまりにもくだらない。ダイエットとか言われるほうが、よほど納得ができる。かっこいいから腹筋割りたいってなんなんだ?
ふと、和樹はゆかりが筋骨隆々となった姿を思い浮かべる。
(……ない。凄まじくナシだ。絶対にないしありえない)
別に筋肉をつける女性を否定するわけじゃない。しかし石川ゆかりには非常に似合わないのが現状だ。
「ゆかりさん。考え直してくれませんか? 筋肉達磨の看板娘って成立しませんよ?」
「いえ、誰も筋肉達磨になりたいとは言ってません。腹筋だけ割りたいんです」
「なんでそんなピンポイントなんですか!?」
あ、やばい。これは理解できない流れのヤツだ。
「だってすごくないですか!? シックスパック! 鉛筆はさめるんですよ!?」
「はさめてどうするんです! 意味ないですよね!? 大体腹筋だけ鍛えるとか無理ですから! もれなく色んなところが鍛え上げられますから!」
絶対反対とばかりに豪語すれば、ゆかりはジト目で和樹を見てきた。どうしてそんな、何とも言えない目で見てくるのか。
「あの、何でそんなに反対するんですか?」
「なんで反対されないって思ったのか逆に訊きたいんですが?」
「……なんか、偶に思うんですけど、和樹さんって彼氏面してません?」
「は?」
「いえ、気のせいだったらすみません。でも遥ちゃんにも言われたんですよね。和樹さん彼氏面してるって。言われてみたら確かにそうなんですよ。遅いときは送ってくれるし、重い荷物は率先して持ってくれるし、歩きの時は車道側にするっとポジショニングするし、いえ、和樹さんの基本スタンスがそれだから仕方ないとは思ってるんですよ? でも結局ハタから見たら彼氏面だから炎上するわけで……あの、差し出がましいですけど気を付けた方が良いですよ? 私だから炎上で済んでるだけで、他の人にしたら間違いなく勘違いされてストーカーされますから」
「……」
なぜだろうか。とても心に傷を負わされた気分になった。あれ? 彼氏面してただろうか。確かに、ゆかりに色々とちょっかいを出している。ああ、うん。確かに彼氏面だ。認めよう。和樹は石川ゆかりの彼氏面をしたい。むしろ立候補したい。
「か、彼氏面だろうが何だろうが、僕はゆかりさんが腹筋を鍛える事は断固阻止しますから」
大体よくよく考えてみろ。自分がゆかりを抱く時腹筋が割れていたらどうする。何か萎えるだろ。
「えー……だって、腹筋割ったらかっこいいのに」
「腹筋を鍛えようとしたらあらん限りの方法で止めるので」
「……和樹さんのケチ」
「誰がケチですか! これから定期的にチェックしますからね」
「どうやって!?」
「直接見るのと触られるのどっちが良いですか?」
「どっちも嫌ですよ!?」
「なら鍛えないように」
「……はーい」
◇ ◇ ◇
そこまで思い出して、ゆかりは、それはそれは長い溜め息を吐いた。
「和樹さん、今でも私が腹筋鍛えるの嫌なんですか?」
「当たり前じゃないですか」
「なんでですか?」
「なんでって?」
「そういえば、ちゃんと理由を聞いたことなかったなって思って」
「ああ、そういうことですか。僕は今のゆかりさんの、ふわふわした抱き心地、大好きなんですよ。痩せすぎたりムキムキになったりしたら、今の素敵なゆかりさんの抱き心地が失われてしまうじゃないですか」
当然のこととでも言うように言う和樹に、一瞬ゆかりの思考が止まる。
ゆかりは必死で回らない頭を回転させる。
えっと、それはつまり……お付き合いだのなんだのという話が出るずっと前から私に対してそういう感情を抱いていたという……えーっ!?
「それじゃ、お昼ごはんすぐに持ってきますね」
耳まで赤くしたゆかりをうっとりと眺めた和樹は。キッチンに向かった。
ちょっと(どころでなく)遅刻しましたが、「こ(5)く(9)はくの日」ネタでした。
一応、ちゃちゃっとググってみたら、告白の日は、5月9日、6月1日、6月12日、7月28日、9月17日、11月4日、11月5日……って、多くね?
これにバレンタインとかも追加されると思うと、どんだけ告白したいんだよ日本人! とツッコまざるを得ない。
大型連休には和樹さんがここぞとばかり餌付k……じゃなくて家族サービスしようとするので、こうなりました。
手の込んだものを作ってゆかりさんや子供たちにキラキラした瞳を向けられたり、子供たちと一緒に作ったり。和樹さんはとっても楽しんでて、ゆかりさんもそれを微笑ましく見ていたはずなのに。




