13-2 ゴーヤのきんぴら(中編)
「お父さんお母さん! ゴーヤいっぱい採れた!」
「こっち来て! 見て!」
子供たちに手を引かれて玄関ホールに戻る。
「わあ、本当にたくさんあるわね」
そこには、ダンボールがみっつ。すぐそばで、ホームの職員さんが、熱中症にならないようにちゃんと飲んでくださいねと収穫に参加した皆さんに麦茶を配っている。
「なあ、ゆかりちゃん。これ、ゆかりちゃんに料理してもらうわけにはいかんじゃろうか」
「ええっ、まさかこれ全部ですか? うう~ん」
頬に手を当てて考える。
「ゴーヤのきんぴらなら……いやでも、下拵えが……ううっ……」
「いいじゃないですか」
「和樹さん」
「下拵えは皆で手伝いましょう。僕らが縦半分に切って、種とわたをくりぬくのは子供とおじいちゃんたちに手伝ってもらいましょう。で、僕らが薄切りして、塩もみは子供たちに任せるというのはどうですか」
「わかりました。でもダンボール3箱をきんぴらにするのはやりすぎのような気がするんですけど」
「きんぴらなら常備菜にできるから1週間近くもつし、生姜焼きとか肉豆腐と併せるアレンジレシピなどを伝えておけば大丈夫かと」
「そうですね。このまま置いておくと大変な下拵えを残していくことになっちゃうし」
和樹さんが囁く。
「というより、調理しないと僕らが持ち帰ることになると思いますよ、このゴーヤ」
「え? まさか……」
「だから今日収穫にしたのかと」
ああそういえば、さっきたくさん食べてくれとか言ってたような。やや遠い目になる。
「うん……よし。では全部ゴーヤのきんぴらにしましょう!」
くるりと子供たちを振り返る。
「ふたりは、お手伝いしてくれる?」
「はーい!」
「もちろん!」
「おじいちゃまたちも、下拵えのお手伝いをお願いしていいですか? 一緒に作りましょう!」
にっこりと笑いかけると、快諾してくれた。
いま、食堂のテーブルがすごいことになっている。10人がけのテーブル3つがゴーヤだらけである。
キッチンで洗って縦半分に切られたゴーヤの種とわたを、おじいちゃまたちがスプーンでくりぬいている。子供たちがわたの取り残しがないか最終チェックし、台所に戻す。
戻ってきたゴーヤを私と和樹さんでひたすら薄切りにし、ボウルに入れていく。子供たちがそれを持って4つめのテーブルで塩もみをしていく。
塩もみを始めたところでキレイ度アップしたマダムたちが合流し、塩もみを買って出てくれた。子供たちは塩もみしたゴーヤを水で洗い、ざるにあげて水けをきる係に変更。
そそくさと逃げ出そうとする兄に、ため息をこぼしながら告げる。
「お兄ちゃん。どうせここから逃げるなら、そこのスーパーで赤唐辛子買ってきて」
普段は片手鍋とかスキレットで作るから、ちょっと不安だなぁと思いつつ、中華鍋で扱える分量のゴーヤを計量して、それに合わせて調味料の分量を計算する。
あ、これもしかしておたまが計量スプーンがわりに使えるのではと試してみると、ちょうど良くて。砂糖、しょうゆ、酒を小さめのボウルに同量ずつだぱだぱと入れていき、おじいちゃまたちにスプーンで混ぜてお砂糖を溶かしてほしいとお願いする。
その間にマダムたちが、兄に買って来させた赤唐辛子を小口切りにしてくれた。
ひとつめの中華鍋を中火にかけ油を熱しゴーヤと赤唐辛子を投入。ゴーヤがしんなりして薄く焼き色がつくまで炒めるのを和樹さんにお願いする。
隣に並べるふたつめの中華鍋は自分で炒める。
焼き色がついたら混ぜ合わせた調味料を回し入れて、水分を飛ばしながら、しっかり水気が飛ぶまで炒める。
青物野菜を炒めたとき特有の匂いがフロア中にじわりじわりと広がっているらしく、嬉しそうにくんくんと鼻を動かすおじいちゃまやおばあちゃま、思いきり息を吸い込みすぎてむせちゃったおじいちゃまの姿が見える。
しっかり水分が飛んだらバットにあけて粗熱をとる。バットにあけたゴーヤを早く冷めるよう平らにならしていくのは子供たちがやってくれた。
たまにひょいぱくっとつまみ食いをしているが、見ないフリ。つまみ食いは子供たちだけでなく、やんちゃさんやわんぱくさんやおてんばさんもコソっとしていたので、もしかしたらいたずら気分なのかもしれない。……あ、和樹さんまで食べてる。
すぐ傍で業務用の炊飯器が立てる音を聞きながら中華鍋をタワシで洗っていると、施設の職員さんにお願いされた。できればこのまま生姜焼きも作ってほしい、材料はあるから……と。
以前、ここで作った生姜焼きがもう一度食べたいそうだ。作ったときにレシピは教えてあるはずなので、首を傾げると「ゆかりちゃんが作ったのが一番美味い! ぜひ頼んでほしい」と縋りつくように頼まれたそうだ。あ、あら、それは……うふふ。
そこまでリクエストされるのは嬉しいけれど、大量のゴーヤのきんぴらを作った後で、さすがに慣れないボリュームに手が疲れていて、少し悩む。
「うーん……わ、っかりましたぁ。皆さんに準備手伝ってもらっていいですか?」
快諾いただいたので、施設の皆さんが寸胴で細ねぎと豆腐の味噌汁を作る間に、下準備を。
ポリ袋に入れた薄切りの豚こま切れ肉を、同じグラム数になるよう子供たちが量る。そこに小麦粉を大さじ1ずつ加え、皆に渡しながら見本を見せる。
「空気も一緒に閉じ込めて、口のところをくるくるっと回してこぼれないようにしたら、上下左右にシャカシャカしてください。お肉にまんべんなく小麦粉がついたら成功です」
人数が多いので、それだけ必要な量も多く、シャカシャカを完了したお肉が積み上がっていく。今回は玉ねぎの薄切りは省略してお肉だけにするし、この分量なら焼くのは大きめのフライパン3回くらいに分ければ大丈夫かな。
合わせ調味料は、これまた量が多いので計量スプーンがわりにおたまを使う。酒、みりん、しょうゆを同量ずつどんぶりに入れ、目分量でチューブの生姜を入れる。生の生姜をすりおろすほうが香りも味も濃くて好きだけれど、さすがに今回はチューブだ。
大きなテフロン加工のフライパンがあったのでこちらは油を使わず、豚こまをそのまま入れ、中火で丁寧に炒める。小麦粉のおかげでチリリと焼き色がついたメイラード反応の香ばしい匂いを楽しみつつ、7割ほど肉の色が変わったら調味料を加え、しっかりと絡めながら炒める。万が一でも豚肉に火が通っていない箇所などあってはならない。
出来上がった生姜焼きの盛り付けは和樹さんにお任せしつつ、これを3回ほど繰り返す。
青物野菜の匂いを、しょうゆの香ばしさが塗り替えていった。
和樹さんが生姜焼きを盛り付け、進がその隣に業務用大容量サイズのポテトサラダをアイスクリームディッシャーで添える。真弓はゴーヤのきんぴらを小鉢に盛り付けている。職員さんたちはごはんや味噌汁を盛り付け、すべてをひとり分ずつトレイに乗せててきぱきと配膳を進めていた。
配膳している間に次々と席につく皆さまに、ゆかりちゃんたちも食べていくでしょうと言われ、笑顔で頷く。
「はい、ご相伴に預ります」
こらそこ! なんでお手伝いせずにひとりだけのうのうと座ってるのよお兄ちゃん!?
調理が無理でも配膳くらいは手伝ってほしいなぁ。数、多いし。
お兄ちゃんをじーっと見つめてにーっこりと微笑むと、何かを感じとったのか、慌ててトレイ運びを手伝い始めた。




