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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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146 Who?

 しばらく更新できなくてすみませんでした。

 時期外れですが、バレンタインネタの追加投下です。

 ここ二年、和樹の職場で新しく始まった風習がある。

 バレンタインは部下から和樹に感謝チョコを贈るというものだ。


 それまではすべて断り受け取らなかった和樹。和樹のおこぼれでも義理でもいいから女性からのチョコレートが欲しい部下一同。折り合いをつける手段がこれだった。

 ただし市販品オンリー、しかも誰が何を贈るか事前申告および和樹の許可制だ。女性の場合は「○○課女子一同」のものしか受け取らない。


 二月に入ると事前申告リストが順調に(?)埋まっていく。

 和樹は数日前の出勤時に、ゆかりに「そろそろなんで、よろしくお願いしますね」と告げた。

「ああ、もうそんな時期でしたか。了解です!」

 にっこりと敬礼のマネをするゆかりにいってきますのキスとハグを贈って職場(せんじょう)に向かった。



 ◇ ◇ ◇



「うわぁ、これまた大量ですねぇ」

 ゆかりが和樹に持たせていた大きなエコバッグがパンパンに膨らんでいた。エコバッグを和樹から受け取ってリビングのテーブルに置く。

「ごはん用意しておきますから、お風呂お先にどうぞ。あ、今日は檜の入浴剤が入ってますから、しっかり温まってきてくださいね」

「檜か。それは嬉しいですね。では、長めに入ってきます」


 風呂からあがると、菜の花入りの回鍋肉(ホイコーロー)と、大根や人参の皮のきんぴら、カクテキ、たこわさ、白菜とたらのクリームスープなどが並んでいた。

「まだまだ寒くて冬野菜が活躍してますけど、春を感じるメニューも入れてみました。さぁ、召し上がれ!」

「ありがとう。この回鍋肉は作りたて、だよね。時間経ってたら菜の花はこんなにイキイキしてないでしょう」

「そうですよ~。うふふ。和樹さんがのんびりお風呂入る宣言してくれたので、せっかくだから作っちゃいました」

 ほっそりと湯気がたつ湯呑みをふたり分テーブルに置くと、和樹の向かいの席にストンと座るゆかり。


「和樹さんが早めのお帰りなら、お魚のカツか紅生姜タルタルソースのチキン南蛮にしようかなと思ってたんですけど、遅くなるって連絡だったので、すっきり食べられるように黒酢のきいた回鍋肉をメインにしました」

 ゆかりは簡単な説明をすると、両手で持った湯呑みをひとすすりして、ほぅ、と息を吐く。

「作りおきのひじきとかもあるんですけど、このあと甘いもの食べますから、甘さの強いおかずは控えました。食べたければ、ひじき以外にも作りおきがいくつかありますよ」

「うん。これでじゅうぶんすぎます。いただきます」

 ゆかりは当たり前と思っているからわざわざ言わなかったが、しっかりしたメインに野菜が多く、小鉢のおかずが多いのも気遣いのひとつだと和樹は知っている。

 和樹はゆかりの愛情を存分に感じ、会話を楽しみながら晩ごはんを楽しんだ。



「じゃあ、開けますよ」

 リビングのローテーブルに置いてあったエコバッグのファスナーをゆっくり開けていくと、色とりどりの箱やロゴが現れ、ほわんとチョコレートの香りが広がる。

「……去年より増えてますよね?」

「そうですね」

「さすが和樹さん! モテモテですね」

「僕はゆかりさんにモテれば、それでじゅうぶんなんですけど」

「もう、またそんなこと言って」

「まあ部下たちも、ゆかりさんや子供たちと食べるってわかってるから、少しは考えてくれたみたいですけど」

「そうなんですね。あ、これメッセージカードついてる。カードつきのは先に和樹さんに読んでもらったほうがいいですね」

 ひょいひょいとカード付きチョコレートを和樹の前に並べていく。


 和樹はあまり乗り気ではない手つきでカードを手に取る。

「説教が長いとか、文句書かれてるだけじゃないかな」

「あらまぁ。そんなにお説教長いんですか?」

 ゆかりはくすくすと笑いながら仕分けていく。カードを読んでいる和樹の表情が穏やかになっていく。

「ふふ、いいこと書いてあったでしょう?」

「ええ。仕事でフォローしたお礼とか、また指導お願いしますとか」

「だろうと思いました。和樹さん、自分への好意には意外と疎いんですもの」


 くすくすと楽しそうに笑うゆかりを可愛いなぁと頬を緩めながら眺めていると、寝室から着信音が聞こえる。

「あ……すいません、ちょっと」

「はい、どうぞごゆっくり」

 この着信音は和樹の仕事相手からのものだと、ゆかりも知っている。

 慌てて出て行った和樹は、気付かずテーブルの端に置いてあったカードの束を落としていった。


「あらあら、和樹さんにしては珍しいですねぇ」

 苦笑しながら屈んでカードを拾い集めるゆかりの手が、あるカードでピタリと止まる。


『先日はお食事に連れて行っていただき、ありがとうございました。嬉しかったです。 Maki』


 これを見たゆかりは大混乱だ。

 ずいぶん可愛らしい文字だし、これって女の子の名前よね? マキ……真紀? 麻紀? それとも真希? 女の子の部下ができたとか聞いてないけど、でも部下とも限らないか。和樹さんも、私より若くて可愛い女の子のほうがいいのかもしれない。

 そんなことをぐるぐると考えてしまう。


「中座してすみません、お待たせしましたゆかりさん。……ゆかりさん? どうしました?」

 ハッとしたようにぎこちなく動き始めたゆかり。

「いえ、なんでもないですよ」

 そんなはずはない。顔色だって、少し青くなっている。

「ゆかりさん、僕、機嫌を損ねたり不安にさせたりするようなこと、何かしましたか?」

「いえ、そんなことは……」

「ありますよね」

 きっぱりと断言され、いたたまれない。まっすぐゆかりのところに来た和樹は柔らかく、でも絶対に逃がさないとでもいうようにゆかりを包み、あやすように背中をとんとんと叩く。

「誤解ですれ違うなんてまっぴらです。それとも、僕に足りないところや不満がありますか?」

「いえ、そんなことは……」

 たっぷり五分近く、視線をうろつかせながら迷っていたゆかりは、声を震わせながら口を開く。


「マキさんって、可愛らしいお名前ですよね。新しい女性の部下の方ですか?」

「えっ!? 違いますよ! 誤解です! 男の部下です。(まき)研司(けんじ)。この前の定期異動でウチの部署に来た体育系の若手がいるって話、したでしょう」

「……あ」

「長田がマキって名前で嫁さんに女の子と勘違いされないように必ず漢字の署名にしてくれって言ってたけど、まさか我が家でそれが起きるとは……はぁ」

「その……すみません」

「いえ、ゆかりさんのせいじゃありません。元はと言えば牧が紛らわしい署名にするのが悪いんです」

 ぎゅうっと抱きしめる力を強めて、ゆかりの肩口に顔を埋めた和樹は、大きく息を吐く。

「はぁ……誤解が解けて良かった……」

「うぅっ……ほんとにごめんなさい」

 和樹は肩口からのそりと顔をあげ、それからコツンと額を合わせる。

「僕けっこう一途なんですよ。ゆかりさんが呆れ果てて僕を捨てたくなることはあっても、僕がゆかりさん以外の女性を愛することは絶対にありません」

「ふふっ、そうですよね。……あっ、そうですよねは後半の話ですよ! 和樹さんを捨てたくなるなんてありえませんから」

 慌てて弁解してから、自分からちゅっと唇を合わせ、すぐに顔を伏せ、何かをごまかすように和樹の胸に耳をつけるゆかり。和樹をぎゅっと抱きしめるゆかりの耳は、赤い。

 和樹はもちろんゆかりの耳の赤さに気付いたし、きっと顔も真っ赤で恥じらう様子がたいそう可愛らしいことも断言できるが、それを指摘したり無理に顔を見たりして機嫌を損ねるのは得策ではないと、ぐっと我慢していた。


「ねぇ、ゆかりさん。今日はゆかりさんのチョコレートだけ食べたいです。いいですか?」

「はい……」

 和樹は手早く職場から持ち帰ったチョコレートを片付けると、ボディクリームでチョコレートの香りをまとったゆかりの唇をじっくりと堪能し始めた。


 これをネタにするにあたって、女性っぽい名前、いろいろ考えたんですけどね。

 会社の人なら下の名前は書かないだろうから、苗字で勘違いを誘発しそうな名前がいいなぁと。

 わりと普通にある苗字の中ではこれが最もありそうだと。もっといい苗字あるかしら。


 ちなみにホワイトデーのお返しは、ゆかりさんが用意しています。

 が、和樹さんの独占欲発動により返すのは市販のお菓子です。

「私もこれにお礼状つけたほうがいいかしら」

「必要ありません。どうしても付けるなら喫茶いしかわのショップカードで十分です」

 なんてやりとりが発生したこともあるみたい。



 実はね、前話の実績を鑑みて、「ゆかりさん以外の女性を愛することはありません」のところで、逆に男性を好きになることはあるのかしら? って斜め方向にすっ飛んでいくゆかりさんにしようかなと一瞬だけ考えました。

 収集つかなくなりそうなのでやめましたけど。

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