13-1 ゴーヤのきんぴら(前編)
「えっ、和樹さん、明日お休みなんですか?」
「ええ。代休を取ることになって。ゆかりさんも明日はお店の定休日でしたよね。久しぶりにデートしませんか? ふたりきりで」
「ぅ……」
ちょっと気まずくて、そろりと目をそらすと、和樹さんの笑みが深くなる。
「ゆかりさん?」
「明日は、その、先約が……」
「どなたと?」
「お兄ちゃんと」
「リョウさん? ああ、例のボランティアですか」
「はい」
「では、僕も行きます。ゆかりさんは僕の車で移動しましょうね」
「最近休めてなかったでしょう? しっかり身体を休めたほうが」
「ドライブデート、楽しみですね」
「……はい」
それから、帰省だ旅行だとお友達と遊べなくなった子供たちにせがまれて家族で行くという話になり、溜息を隠せないまま兄に人数の変更を連絡した。
翌朝。薄曇りで直射日光がやわらぎほっとしていると、兄が愛用の軽自動車を運転しながらやってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「やあ、お揃いで」
「ご無沙汰してますリョウさん。ご活躍は耳にしてますよ。雑誌でも名前はよくお見かけしますし」
「どうも。和樹くんも男っぷりが上がったんじゃない? 和樹くんが参加してくれるとお姉さんたちが喜ぶよ」
兄も和樹さんも、お互いに含み笑いをしながら挨拶している。そんな不穏な表情でやりとりしないでください。和樹さんと私の左手にちらりと視線をすべらせた兄は苦笑交じりに告げる。
「相変わらずみたいだね。特に和樹くんのほうが」
左手を見たということは、私と和樹さんの赤い糸を確認したんだろうけれど……いったいどんな赤い糸が見えているんだろう。自分で確認できない糸を想像して、持ち上げた左手を眺める。
「リョウさん久しぶり!」
進が兄に抱き着いた。
「おお、しばらく見ない間にずいぶん大きくなったな」
「リョウさん、おはようございます」
「ああ、おはよう。真弓ちゃんもどんどん可愛くなってるね」
近くにある子供たちの頭を撫でる。
「ここで長々話してても暑いだけだし、さっそく移動しようか」
「そうですね」
◇ ◇ ◇
着いた先は老人ホーム。
到着時間を連絡してあったので、大歓迎された。
子供たちはおじいちゃまたちに、兄と和樹さんはおばあちゃまたちに。
おばあちゃまたちは「ほほほほ、ゆかりちゃん、借りていくわね~」とさっそくふたりを連れていく。こちらを見る和樹さんににこりと笑い「後から合流します」と告げ、私はヘルパーさんと、今回もお世話になります、こちらこそと挨拶を交わす。
今日は緑のカーテンとして育てているゴーヤの収穫日だそうだ。本当は3日後の予定だったが子供たちが来るというので変更したらしい。うう、ご連絡が間際になってすみません。
子供たちと目線を合わせて言い含める。
「ふたりとも、皆さんの言うことをよく聞いてお手伝いしてね」
「はーい!」
「いっぱいお手伝いして、たくさんとるからね」
張り切る子供たちを隣において、おじいちゃまたちに頭を下げる。
「何も知らぬ子供たちがご迷惑をおかけするでしょうが、よろしくお願いします」
「はい。お子さんたちにたくさんお手伝いしてもらうので、後で皆で一緒に食べましょうね」
意気揚々と外に出る子供たちと、それを楽しげに見守りついていく老人ホームの皆さんを見送り、私は兄らに合流すべく踵を返した。
「いや~、ハナちゃんとっても美人さんになったわ!」
「もう、そんなこと言われたらなんだか自分じゃないみたいで、恥ずかしいじゃないの」
「あはは。ハナちゃんホントにとってもキレイだよ」
「ええ。先程より表情も明るいですし、素敵な笑顔です。……アキさんも、これで完成です。いかがですか?」
「はぁ~、やっぱりイケメンさんにメイクしてもらうとお化粧のノリがいいわ~。ありがとう」
「満足してもらえて良かったです」
「うふふ。和樹くんは見る美容液ね~」
「そうよそうよ」
うふふおほほと微笑むマダムたちに囲まれたふたりは笑顔を張り付けながらせわしなく手を動かしており、ひとり、またひとりとメイクを施されたマダムの表情が明るくなっていく。
兄が女性陣にあれこれと褒め言葉をかけながらアドバイスしていく。
「今日みたいに明るい色のリップやチークをのせるだけで、キレイで可愛い皆の魅力が倍増するから、たまにやってみてよ」
「自分では難しいのよねぇ」
揃ってため息をつくマダム。
「それに、イイ男にキレイにしてもらうと、もっと自分に自信がつくのよ」
「おや、イイ男って褒めてもらっちゃった」
おどけて答える兄をにこにこと眺めるマダムたち。
「ふふふ。だからまたメイクしに来てね」
「もちろんです」
にこりと笑って頷く和樹さんに、マダムたちが色めきたつ。
「もちろん僕らも可愛いお姉さんたちに会いに来るけど、自分でも自分を労ってあげてね。こうやって手を擦り合わせてあたためて……」
「こうかい?」
「そうそう。それで、手にた~っぷりと化粧水を乗せて『お疲れさま私! 今日も一日可愛かった!』って肌に馴染ませてあげるの。それだけでもお肌がツヤツヤぷるぷるしてくるから」
笑いながら話す兄にほうほうと相づちを打ちながら聞くマダムたち。微笑ましいものを見たと思いながら眺めていると、私が来たことに気付いた和樹さんがこちらに来て、いきなりぎゅっと抱き締めてきた。
「うわっ! 人前で何してるんですか!?」
「ん~、ゆかりさんを充電」
「ちょっと、もうっ」
慌てて引き剥がそうとするがびくともしない。相変わらず仲良しねぇとコロコロ笑われて、カクリと肩を落とす。
「お兄ちゃん、私は何をお手伝いすればいいかしら」
「んー、まだメイクが終わってないお姉さんたちの下地」
「はーい。和樹さん、やることまだまだありますよ」
「……まだ充電足りない」
「ゴーヤの収穫終わるまでに間に合わないじゃないですか、ほら早く」
「はぁ……後で今の分もきっちり充電させてもらいますからね」
和樹さんはじとっとした目を私に向けた後、マダムのメイクに戻っていった。下地待ちのマダムたちはきゃあきゃあとはしゃいでいる。
「いやーんもう、和樹くんてばいつまでもゆかりちゃんラブなのねーっ!」
「違うわよ。いつまでもじゃなくていつでも、でしょ!」
「しあわせねー」
「ラブラブねー」
「きゃーっ」
「私もイケメンに愛されたいわー」
「ねーっ」
私はきゃあきゃあ盛り上がるマダムたちに下地を施しながら、ラブラブエピソードというやつを根掘り葉掘り聞き出され、少しぐったりしてしまった。