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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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137 1日遅れのチョコレート

 マスターと梢さんがもだもだしてた頃の話。

 会話文構成です。

「石川さん……チョコ全然もらわなかったですね」

「えぇ、ひとつもらうと切りがないし、あまりお客さまから物をもらうのも、少々問題になるかなぁと思ってしまったもので」

「そうなんですね……」

「そういえば梢さんは昨日誰かにチョコレートを渡したんですか?」

「えっ!? 私ですか?」

「えっ…はい。昨日、そわそわしていたようなので、誰かにチョコレートを渡す予定があったのかなと」


「え!? そ、そんなに私分かりやすかったですか? やだ恥ずかしい!」

「あ、いえ……まぁ、気付く人は気付いていたかと……」

「そ、そうですか……」

「すみません」

「あ、いえ! 別に石川さんは悪くないです! 私が勝手にその……恥ずかしいなぁと……それに……」

「それに?」


「結局渡せませんでしたから」

「そうなんですか?」

「ええ……」

「お相手の方に会えなかったんですか?」

「いえ、会えてはいたんですが……うまくいかなくて」

「そうだったんですね……すみません、嫌なことを話させてしまって」

「いえ! そんな! 気にしないでください! アハハハハ」


「……そのチョコレート、今日も持ってきてるんですか?」

「え?」

「もし良ければ、僕にくれませんか?」

「え!? でも……物をもらうの嫌なんじゃ……」

「梢さんからなら、気にしません」

「あっ……いや、でも……バレンタインチョコをこんな形で渡すなんて……」

「今日はもうバレンタインデーではありませんし、幸い今はお客さんもいません。僕はただ甘いものが食べたくて、優しい同僚が甘いものを持っているなら、いただきたいなぁ~ってだけです」

「石川さん……」


「どうでしょう? もし甘いものをもっていらっしゃるなら僕にくれませんか?」

「……私の手作りですよ?」

「それは楽しみですね」

「石川さんほど、お料理上手ではないです」

「そうですか? 僕は梢さんのピザトーストとても美味しくて好きですよ。」

「……あんなに断ってたのに」

「不特定多数からもらうのは控えてるだけですよ。梢さんからなら不特定ではないので問題ありません」


「ホントに……もらってくれるんですか?」

「むしろいただきたいとお願いしてるのは僕のほうですよ?」

「……それじゃあ……どうぞ! 味見はちゃんとしたので大丈夫だとは思いますがあまり期待しないでくださいね!」

「ハハハ、そんなに言わなくても」

「だって……石川さんが作った方がきっとずっと美味しいですし」

「そうですか? それは嬉しいですね。でも僕は梢さんの料理も美味しくて好きですよ」

「そんなお世辞は良いです」

「お世辞なんて言ってませんよ。なにより僕はこれがどうしても欲しかったのでとても嬉しいです」

「え? 石川さんほんとはスゴくチョコが好きなんですか?」

「あ、いや、そういうわけでは……」

「???」

「いえ、なんでもないです」

「そう……ですか?」

「はい、気にしないでください」




 そう言って笑った石川さんは、私のチョコを美味しそうに食べてくれた。

 渡したかった人へ一日遅れだけど渡せた。

 それだけでも嬉しくて、なんだか報われた気持ちになれた。


 いつかきっと私ではない、彼に相応しい女性と幸せになるんだろうなと思うと胸が苦しくなるけれど、それでも「お幸せに」と心からの笑顔でいつかちゃんと言えるようになりたい。

 今はまだ無理だけど……もう少しだけあなたに恋をさせてください。


 いつかきっと……。


 表情とか態度とか、想像できるほうが楽しそうなふたりに仕上がったので、チョコレート攻防戦のところはあえての会話文オンリーにしてみました。


 なんかもう、この親にして……という印象がじわじわと。

 このふたりがお若い頃は女性から告白なんてバレンタインくらいしかなかったからねぇ。

 梢さんは常連マダムに見守られて励まされてるだろうし、マスターはご近所商店街の皆さまに発破かけられまくってると思う。

 周りは周りで、「お互いの気持ちに気付いてるなら、常連客なお姉サマたちの視線が厳しくなりすぎる前にとっととくっつきなさい!」くらいの反応にはなっていそうですよね。


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