12-3 彼女の協力者(後編)
和樹さん視点のおまけ。モブ君帰宅後の様子を少しだけ。
できたてのパスタを頬張る。この一週間、奔走していた和樹は、やっと帰ってこれたのだとため息を溢した。ゆかりさんの得意料理は、何年食べたって飽きることはない。
「あの子、すぐ帰っちゃったねぇ。和樹さん、また何か言ったでしょ?」
ゆかりさんは悩ましげに声を上げる。だがそれは言いがかりだ。特に脅すようなことは言っていない。ただ少しだけ、無言の意思疎通を図っただけだ。
彼みたいな、ゆかりさんに魅了された客は、たまにこの店にやってくる。別にいちいち構っているほど自分もゆかりさんももう若くもないが、あれくらい、許されるだろう。それに、きっと彼はこの店にまたやってくる、そんな気がした。
「別に、特別なことは言ってないよ。ゆかりさんのコーヒーは美味しいですねって話しただけ」
「本当に?」
「ほんとほんと。彼、ゆかりさんのこと好きみたいだったから、きっとまた来るよ」
「そうかなぁ」
すると、それを聞いていた真弓が、母のカットソーの裾をぐいと引っ張った。
「真弓、あのお兄さんまた会いたい」
「あのお兄さんのこと気に入った?」
「うん、かっこよかった」
その台詞は聞き捨てならない。
そう思って真弓を見つめれば、カウンターの中のゆかりさんが吹き出した。
「あはは! 和樹さんすごい顔してるねぇ」
そりゃあ、面白くないだろう。愛しい娘が、あんなどこにでもいそうな男をかっこ良いと言っているのだから。
娘のこととなるとこんなにも感情がコントロールできないなんて。
その時、勢いよくドアが開き、「ただいま!」と声が響く。ユニフォーム姿の息子が、店に飛び込んできた。
「待って、進! 泥ついてるから叩いてからお店に入ってっていつも言ってるでしょ!」
「はあい」
「進、おかえり」
「あ、お父さん。お父さんもおかえり」
「ただいま。進、先に帰って着替えてこよう。今日は出かけるから」
「そうだった! 焼肉!」
進は、こちらを見てぱっと顔を輝かせた。ここ最近急に身長が伸びてきて、浮かべる笑顔はゆかりさんにどんどん似てきた。
今日は、ゆかりさんと結婚してから、ちょうど十回目の記念日だった。店がクローズしたら、四人で焼肉を食べに行くのだ。この日のために、とっておきの店を予約してあった。そのためにこの一週間近く、書類の山をはじめとしたあれこれを、死ぬ気で片付けできたのだ。
どんなに忙しくても、なるべくこの日は家族揃って出かけようというのが、我が家の決まりだった。それが十回目を迎えようとしているなんて、信じられないような気持ちだ。
この狭くて暖かい、自分たちが作り上げた喫茶店は、大切な自分の居場所のひとつだった。
はい、と出されたコーヒーをすすれば、馴染んだ香りが鼻から抜けていく。ほぼ一週間ぶりのゆかりさんのコーヒーは、やっぱり美味い。
今日、同じコーヒーを飲んだあの青年の顔を思い出して、和樹は笑った。
息をするのと同じくらい自然にゆかりさんへのアプローチを牽制する和樹さん。
娘ちゃんも将来は同じくらい過保護な対応されそうです。