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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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133 君は特別

 高校に上がる頃から修司にとってバレンタインデーは憂鬱な日だった。幼い頃には何かと突っかかられた容姿の特徴が、成長とともに整ったことと相まって女子受けするようになり、チョコレート爆撃にあうようになってしまったからだ。

「おー、朝から不機嫌だな、シュウ」

「正直、休みたかった……」

「担任から釘刺されたもんな、休むなって」

「今日一日、どこかに潜伏するか……」

「人気のないところで女子に見つかる方が怖いと思うぞ」

 修司が真顔で潜伏先をシミュレーションし始めたため、広樹も大真面目に止めた。実際、女子のバイタリティは恐ろしい。


「なんで、女って言っても聞かないんだろうな……」

 昨年も修司はバレンタインデーに限らず、女子からは誕生日プレゼントさえ断っている。何なら迷惑だとまで言い放ったくらいだ。

「グイグイくる子は、シュウにだって好かれるはずって謎の自信持ってるからな」

「無理って言ってんのに、調理実習だとかで手作り持ってきやがるし……なんで調理実習でチョコなんだよ、そんな嘘信じるわけないだろ! 遠回しに馬鹿にされてんのか!?」

「落ち着けよ。にしてもなぁ……あんなことがあっちゃ、俺も手作りは遠慮したい」


 中学三年のバレンタインデー、修司は手作り既製品関わらず机やらロッカーやらにチョコを詰め込まれた。揶揄われたり嫌味を言われる中、広樹が調達してきてくれた袋にチョコを詰めて仕方なく持ち帰ったのは嫌な記憶だ。


 とはいえ、それだけならば修司がこれほどバレンタインデーを嫌いになることもなかった。仕方なく消費するかと友人たちと一緒に食べようとした時に、手作りチョコレートの中から髪やら爪やらといったものが混ぜ込まれている黒魔術チョコが出てきたのが、修司がバレンタインデーがダメになった決定打である。好意だったのか嫌がらせだったのかは未だに不明であるが、あんなものを見た後では手作りチョコは恐怖の対象でしかない。


「はぁ、憂鬱だ……」

 教室に行けば、既に机にチョコが数個置いてあった。肩を落とした修司は念のために持ってきていた袋に投げつけるようにチョコを放り込んだのだった。

「修司ー、チョコに罪はないだろー」

「大ありだっ!」

「トラウマがあるから、そっとしておいてやってくれ」


 クラスメートに冷やかされながら、修司は一日不機嫌に過ごした。それでもチョコを押し付けてくる猛者はいて、放課後には紙袋いっぱいのチョコが修司に強引に贈られたのだった。

「ゴミ捨て場にぶち込みたい……」

「それは止めておけ、多分、後々面倒なことになる」

「家の近くで捨てるか……」


 そう言いかけた修司が唐突に広樹に袋を押し付ける。

 なんだかんだで広樹もそれなりにチョコを貰っていたので、修司に押し付けられたおかげで二袋も持つ羽目になってしまった。俺はゴミ処理場じゃないと言いかけた広樹は、校門のところにちょこんといる存在に、修司の突然の行動に納得した。


「あ、修司くん!」

 近所に住んでいる幼馴染の真弓が、校門で待っていた。真弓は小学生だ。親とともに真弓の実家が営んでいる喫茶いしかわに通う機会も多かったので、必然的に真弓は生まれた頃から修司たちとも顔を合わせることが多く、特に修司には懐いてよく後ろをついて回っていたものだ。


「真弓、一人で来たのか?」

「うん。はい、修司くん。ハッピーバレンタイン!」

 ランドセルからラッピングされたチョコを取り出して、真弓はほんわりと心が温かくなるような笑顔で修司にチョコを差し出した。真弓のチョコレートだけは、修司が唯一食べられる手作りチョコだ。


「ありがとう。ずっとここで待ってたのか? 寒かったろう」

「大丈夫だよ。修司くんに早く渡したかったの」


 鼻のてっぺんが赤くなっている真弓の両頬を、修司は宝物に触れるように包む。こつんと額を合わせれば、真弓のチャームポイントの一つであるおでこも冷たくなっていた。

「何か温かいもの飲んでから帰ろうな。待たせたお詫びに奢るよ」

「良いの?」

「チョコのお礼させてよ」

「うん」


 同年代の女子にはうんざりしている修司だが、真弓のことは可愛くて仕方がない。誰よりもと言っていいほど可愛がっており、そのおかげで真弓はやや純粋培養のきらいがあるくらいだ。修司ほどではなくとも広樹も年の離れた幼馴染を可愛がり気にかけているので、真弓の周囲には過保護な年長者が多い。


「ヒロくん、モテるんだねぇ」

「う……まぁ、それなりにね」

 真弓と手を繋いで歩きだした修司は、広樹にチョコの入った袋を押し付けたままである。修司が人気者だと知ったら、真弓が気を遣って距離を置きかねないことを修司が嫌っていると分かっているから、広樹は一つは修司のものだという言葉を飲み込んだ。



 翌日から学校では修司ロリコン説が流れるのだが、真弓限定だし、それで女子が引くなら気にもかけない修司であった。


 つい「真弓ちゃん逃げて! 超逃げて!」って言いたくなるのはなんでだろう(苦笑)

 ロックオンのされ具合がゆかりさんに似てるような……気のせいかしら?


 過保護なパパの目を掻い潜って(見事にニアミスですれ違い続けて)真弓ちゃんを構い倒してるお兄ちゃんズ。

 知らぬはパパばかり。だってこの子たち、喫茶いしかわで仲良くしてるし。



 自分で書いておいてこんなこと言うのもなんですが、黒魔術チョコって……そんなもの作る人本当にいるんですかね。髪だの爪だの仕込んだら、普通は気持ち悪がられて嫌われるでしょうに。

 まあ、実際にやる人が混ぜるなら見た目でバレないものを選ぶような気もしますけど、お話なのでわかりやすく固形物にしました。


 真弓ちゃんも修司くんも、恋愛的な意味で好きかどうかは……どうなんでしょうね。

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