125 if~ゆかりさんの思い込みと身勝手な男~
久々のifシリーズです。
ゆかりさんの自覚が早くて、ゆかりさんの告白きっかけでお付き合いを始めたら?
うっかりすれ違ったらこんな展開もあったかもしれません。
ちょっと夜のニオイが強めなので、苦手な方はご注意を。
どん、と壁に追い詰められた私の顔の横に、大きな手が押し付けられた。
「……さて、ゆかりさん?」
目が笑っていない笑顔。
賑わう夜の繁華街。建物と建物の狭間、薄暗い裏路地で。
「説明してくれますよね?」
誰もが見惚れる美形に、壁ドンされてる平凡女子。
何と言うシュールな図、などと、必死で視線を逸らしながら考える私に。
「僕っていう彼氏がいるのに、本気っぽい合コンに出ていた理由を」
情け容赦ない追及。
「……いやぁ……それは、だから……」
しどろもどろの私と、迷いのない和樹さん。
どちらの方が強いかなんて、火を見るより明らかだ。
それでも往生際悪くごにょごにょ言葉を濁そうとする私に、和樹さんは。
「……美容院、行きましたか?」
するっと髪を撫でて、髪をひと房摘んだ。
長さは変えずに毛先とシルエットを整えてもらって、美容師さんおススメのトリートメントをして。おかげさまで、いつもより艶の増した私の髪。
「あと、この服……見たことありませんね。買ったばっかりですか? ……いつも着てる服とは、ちょっと雰囲気が違う。ということは、いつもとは違う店で買ったんですね?」
まったく笑ってない厳しい目が、私の全身を見下ろす。
合コンの日程が決まってすぐに、仕事帰りにデパートに駆け込んだ。いつも行く服屋さんを通り過ぎ、私が入ったのは雑誌で見た『合コン勝負服特集』で一番人気だった服を売っている店。
「香水も……初めて嗅ぐニオイだ。今まで一度もつけていたことがありませんね」
そう、デパートの店員さんにおススメされた、女性らしい香り。でも甘すぎないから男性受けも良いって言われて即決した。
「そして、化粧。そんなにバッチリした化粧をしたゆかりさん、初めて見ますね。あとその口紅も、いつもつけてるのとは全然違いますけど」
『婚活リップ』って呼ばれてると、美容部員さんから教えてもらった。これをつけた美容部員さんのほとんどが、彼氏にプロポーズされたり婚約者ができたりお見合いが上手く行ったりしたんだって。
まったく返事はしてないけど、私が考えてることは全部和樹さんに読まれてる気がする。
「どうしてですか?」
「……」
「こんなに気合い入れて合コン行って、新しい彼氏作って。僕のことはどうするつもりだったんです?」
溜息交じりにそう言われて、私は唇を尖らせた。
「……だって」
「『だって』?」
「……私ばっかり悪いんじゃないもん」
「そんな子供みたいなこと」
呆れたような口調に、むかっとなる。
「そりゃ、不誠実な行動だってわかってますよ。私だって罪悪感と自己嫌悪で押しつぶされそうで、正直今日の準備するの全然楽しくなかった。服選んでても化粧品や香水選んでてもまったくワクワクしなくて、鏡に映った自分の顔があまりにも追い詰められた仏頂面で店員さんや美容部員さんにもドン引かれてたし」
「はあ?」
「美容院だっていつもはウキウキで行くのに、今回は全然テンション上がらなくて。いつもの美容師さんに『ゆかりさん、いつもはお茶とお菓子おかわりするのに今日はまったく手をつけませんけど、どこか具合悪いんですか?』とか本気で心配されて尋ねられたりして。仕方ないじゃないですか! 出してくれるお茶とお菓子お代わりするの、その美容院で私だけって知らなかったんだし!」
「……ゆかりさん?」
勢い付いて余計なことまで言ってしまったと気付いて、顔が赤くなる。
「だ、だけど、こうしなきゃいけないって思ったんだもん!」
「だから、なぜです? 彼氏欲しいなら既に僕っていう彼氏いるでしょう」
「もう諦めなきゃいけないって思ったんです!」
ぐしゃ、と、今日初めて履いたスカートを握りしめる。
慣れない感触。いつもは選ばない、初めて着る素材の触感に、心もとなくなった。
「……和樹さん、たしかに私と付き合ってますけど。本当は私と付き合う気なかったじゃないですか」
「……ええ、まぁ。最初はね」
「気付いてましたよ。思わせぶりなこと言ったりしたりするわりに、肝心なところではするっと逃げられてたこと」
和樹さんが、黙る。
「だけど私が告白したりしたから」
告白するつもりはなかった。
だけど、ぎっくり腰のマスターの代わりを買って出てくれた和樹さんがダンボールをバックヤードの棚の上に上げてくれているとき、シフト終わりでふたりきりになったとき、私の口からするっと出てしまった。
『好きです、付き合ってください』
あの時の和樹さんの表情は、笑顔だったけど『どうやって断ろう』って顔だった。
それを見付けてしまったから、答えを聞く前に私は逃げ帰ってしまって。
でも、次に会ったら断られるって、覚悟してた。
「……だけど。あの告白、マスターや常連さんに聞かれてたんですよね」
実の親のマスターはもちろん常連さんたちも、私のことを娘や孫みたいに思ってくれている人が多い。
だからきっと私を応援するつもりで、和樹さんにプレッシャーを掛けたんだと思う。
そしたら、次にお店に来てくれた時に。
『この前の告白の答えですが、良いですよ。お付き合いしましょう』
和樹さんがそう言って、私を抱きしめてくれて。
……正直、夢みたいだと思った。
でも。
その直後に出入り口から出て来たマスターと常連さんたちと、その人たちが笑顔で撒いてくれたお祝いの紙吹雪を見て。
……全身から、血の気が引いていった。
「……和樹さんは、マスターや常連さんたちに、私と付き合うように説得されたんですよね。それに和樹さん、何度か来たのに注文してすぐ行かなきゃいけなくなって注文取り消すことも何度かあって、私に対して負い目があったんだろうし」
彼氏になった和樹さんは、優しかった。
マスターや常連さんたちから『新婚夫婦』みたいにはやし立てられても、さっと私を庇って笑顔で受け流してたし。私が和樹さんファンのJKや女性客に睨まれると、そっと波風立てないようにフォローしてくれたし。
本業で忙しいからデートとかはまったくしたことなかったけど、本当に恋人同士っぽくしてくれた。
人目のない所で、隠れて時折交わすキス。
家まで車で送ってもらった時の、甘い会話。
……めったにないけど、二人とも少し時間ができた時には……身体を重ね合ったりもした。
付き合い始めてから、マスターがいない時の喫茶いしかわは本気で『若夫婦が出した喫茶店』みたいな雰囲気になってたし。
……それが幸せだなぁって感じれば感じるほど、私は追い詰められた。
「……だから。そろそろ、和樹さんを解放してあげなきゃなぁって。そう思っただけです」
ぼそぼそとそう言った私に、和樹さんは。
「……はぁ」
特大の溜息を吐いた。
そして。
唐突に、キス。
「んん……っ!」
今までされたことないような、激しく乱暴なキス。
背中だけではなく、両腕を掴まれて壁に押し付けられて、足の間に膝を入れられて、まったく身動きが取れない。
まるで蹂躙するようなキスと、まったく動かせない身体に、恐怖感を感じて身体が震える。
いや、でもそれ以上に。
初めて見せられた束縛感に、震える程喜んでる。
口の中の粘膜を全部こそげ落とされるかのように、縦横無尽に動き回る舌。痛いくらい擦りあわされる唇。顔に触れる和樹さんの吐息。
なんだかキスとは思えないような音が、合わさった唇から漏れ聞こえた。
どのくらい、そうしていただろう?
酸欠でぼんやりする視界で、不機嫌そうな和樹さんが私を睨みつけている。
唇には、私から移った口紅。
それを、ぐいっと拳で乱暴に拭う。
「……僕を、見くびらないで欲しいですね」
口紅がついた拳で、私の顔の隣の壁をがんっと殴る。
「この僕が、外堀埋められたくらいで恋人になるとでも?」
「……え……? で、でも……」
「まぁ、迷ってたのは否定しませんよ。でもね、普通は男って生き物は、外堀埋められると逃げるイキモノですから」
何ソレ、最低。
そう思ったのが私の顔に出てたのか、和樹さんがちょっと笑う。
……悔しい。
って言うか迷ってたって、それは好きでもない同僚に告白されたからじゃないの?
「迷ってた理由は、ゆかりさんが思ってるのとは全然違いますよ」
心の中を見透かされたみたいで、ドキッとする。
「むしろゆかりさんに好意を抱いていたから、迷ってたんです」
「……それって……」
「迷ってたから、外堀埋めて来たマスターと常連さんに、乗っかったんですよ。僕は」
「……意味がわからない」
「でしょうね」
くすくす笑いつつ、目だけが笑っていない和樹さん。
さっきのキスで口紅が全部落ちてしまった唇に、和樹さんがまたキスをした。
「僕みたいなのと付き合ってて、不安になるのは仕方ありません。でも、そっちの方向で不安になることは許しません」
「はあ……!?」
「良いですか?」
こつん、と、おでこが軽くぶつかり合う。
その衝撃すら、今の私は過敏に反応してしまって。
「僕の気持ちを疑う事は、許しません」
「ちょ……」
「これからも、それが一番大切なことになりますから。よく覚えておいて」
囁くような声、だけど恫喝されるよりも心に突き刺さる。
「何があっても、僕の気持だけは信じていてください」
「……で、でも! 私、ちゃんと『好き』とか言われてないし!」
「わかってますよ。だから不安なんですよね」
「たち!」
わかってて、言わないの!?
あまりのことに、わなわなと震えてたら。
「時期が来たら、言います」
「はあ!?」
「その時になったら、ゆかりさんが『もういい』って言うくらい言いますから。今はおあずけです」
「和樹さんっ!」
文句を言おうとした口を、またキスで塞がれる。
ハッと気付いたら、鞄に入っていたはずの私のスマホが和樹さんの手の中に……。
「ご友人たちには、ちゃんと連絡しておきましたから。今日の合コンメンバー、この『カフェ好き女子』ってグループですよね?」
「ちょ……! なんて送ったんですか!?」
「ん? 『石川ゆかりの彼氏です。僕たちは別れないことになったので、帰ります』って」
「あああああああああっ!」
器用にスタンプまで既に送ってあり、友達からは全員既読されて『ちょ』『おま』『待て』『彼氏ってさっきのイケメン!?』とか色々送られてきている。
あわあわしてたら、また壁に背中を押し付けられて。
「さあ、帰りましょう。抵抗したら今すぐその服全部脱がせますよ。僕以外の男の為に選んだ服とか本気で気分悪いので」
「はっ!?」
「口紅は落ちたけど、香水と化粧も今すぐ落としたいですね」
「待って」
「待ちません」
抱えられるように引きずられて、近くに停まってた車の助手席に放り込まれた。
シートベルトつけずに抵抗しようと思ったら、情け容赦なく服のボタンを外され始めたので、慌ててシートベルトをつける。
「あー。ゆかりさんっぽくないニオイと化粧、やだなー。今すぐ押し倒して全身にぶっかけたら、僕のニオイになりますかね?」
「何言い出すんですか!?」
「失礼。ゆかりさん探して走り回って疲れたので、本音がそのまま口から出てしまうんです」
「……」
もう口を開けない……。
法定速度を守ってるはずなのに、やけにスピードが早く感じるのはなぜだろう。和樹さんの運転が上手いからかな?
……私はそっと、口紅が落ちた唇を撫でた。
言葉は、もらえなかったけど。
口紅を落とす程のキスが、全てを物語ってくれたような気がして。
「……和樹さんって」
「なんですか?」
予想より早い返事に、ぴくりとなりながらも。
「……自分勝手な男ですね」
最大限の憎まれ口を叩くと。
「それでも好きでしょう?」
やたらと上機嫌な声で返された。
私はもう、黙るしかできなくて。
和樹さんに外されたボタンを撫でながら、溜息を吐いた。
ちゃんと自分から気持ちを伝えてくれない和樹さんだったら、こんな展開もありえたかもしれないなぁと。
和樹さんが自分から積極的に動いてゆかりさんを落とすって、大事だったんだなぁ。
自分から告白してて、相手の態度が優しいけどエスコートの延長みたいなものだったら、他の人にもするのかな? とか思っちゃうだろうし。
断るに断れないシチュエーションなのを知っちゃったら、どうしたって気になっちゃうよねぇ。
ま、この和樹さんも「時期」とやらが来たら、本編の世界線に合流しそうだけど(笑)




