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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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123 それは恋です

 和樹さんが恋心を自覚させられた話。

「長田、俺は病気かも知れない」

「は?」

「ゆかりさんを見てると、胸がぎゅっと締め付けられて苦しくなるんだ。最近、何だか食欲もなくなってきたし」


 俺は長田。そして、俺の横で大真面目な顔をしている人物。この人こそ、俺が敬愛してやまない上司、職場のエースでもある和樹さんだ。取引先からご指名を受けることも多く、あちこち飛び回っていることが多い。和樹さん直属の部下である俺は、有難いことに書類仕事や休憩の時に声を掛けてもらえることが多い。こうやって、和樹さんとの束の間の雑談を楽しむことができるのだ。

 が、けれども今日は、何だか話の趣向がどうもおかしい。



「たしかゆかりさんというのは、喫茶店の店員さんでしたよね?」

「あぁ。最近よく行く喫茶いしかわの看板娘さんだ」

「その方を見てると、胸が締め付けられて食欲もなくなると」

「そうなんだよ。俺、やばいのかな」

「あの、俺の事からかってます?」

「はぁ? そんな訳ないだろう?」


 至って真面目な様子の和樹さん。それに、俺は戸惑いを隠せない。

 だって、そうだろう? あの和樹さんだぞ? 頭が切れて仕事ができて、見た目だってカッコよくて、腕っ節だって強い。男の俺からしたって、惚れ惚れしてしまう程の男の中の男と呼べる人だ。その人が、乙女か! と思わず突っ込みたくなるような発言をするなんて、誰が考えたりするだろうか。


「あのですね」

「何だよ」

「それは恋ですね」

「鯉?」

 しかも、こんな惚けた回答付きでだ。


「違います。恋です」

「は? え? 俺が?」

「そうです」

「ゆかりさんに?」

「だからそうです」


 あまりの衝撃だったのか、和樹さんの口がぽかんと間抜けに開く。

 いや、俺からしたらそんな顔したいのは、断然こっちの方ですけどね! だってあんた、初恋に悩む思春期男子じゃあるまいし! と、俺は盛大に心の中で和樹さんに突っ込みを入れる。



「和樹さん。まさか女性経験ないんですか?」

「お前殴るぞ」

「ですよね。失礼しました。和樹さん程の方が、そんな訳ないですよね」

「当たり前だろうが」


 今にも殺られそうな凄まじい眼光。でも今の俺は、そんなものに睨まれてもちっとも怖くはない。

 だってまさか、和樹さんのこんな姿を見ることになるなんて。完璧超人だと思っていた人の思わぬ一面に、俺の中の好奇心が沸々と湧いてくる。



「ちなみに今までお付き合いした方は、何人くらいなんですか?」

「知らん。いちいち数えてないし」

「最低ですか」

「仕方ないだろ? 俺が何もしなくたって、向こうから寄ってくるんだから」


 何の悪びれた様子もなく、和樹さんが言う。これだからイケメンは。



「ただ」

「はい?」

「こんな感情は初めてかも知れない」

「初恋ですか。その歳で」

「お前さっきから失礼だな。初恋なんて、ガキの頃にとうに済ませてる」

「じゃぁ本気なんですね」

「は?」

「本気で好きってことでしょう?」

「……本気?」


 見る見るうちに真っ赤に染まる和樹さんの顔。

「顔真っ赤ですよ」

「煩い」

 どうやら、動揺を隠しきれないでいるらしい。


 本当にこれが、俺のよく知るあの和樹さんなのだろうか。信じられない。俺の知る和樹さんは、その顔からは想像できないくらいに、口は悪いし喧嘩っ早い。仕事に関しては、鬼の和樹と異名を持つ程厳しく恐ろしく有能すぎるほどの人で。無茶をして心配させられることも多々あるが、いつだってその頭脳とカリスマ性で、俺達を導いてくれる憧れの人なのだ。

 そんな人が、まさかこんな可愛すぎる一面を隠し持っていたなんて。今の今まで、想像さえ付かなかった。それを、一瞬で暴いてしまうゆかりさんと言う女性。なんと恐るべきことか!



「別に人を好きになるなとは言いません。ですが、くれぐれも現を抜かして殺されないでくださいよ?」

「俺がそんなヘマするか」

 真っ赤な顔でそう言われても、説得力の欠片もない。


「まぁ、安心しましたよ。まだそんな余力があるなら」

「余力って」

「でも、最近の貴方はよく笑うようになったし、どこか柔らかくなったなとは思っていたんです。彼女のお陰だったんですね」

 柄にもなく、自然と笑みが溢れる。


 いつもどこかで、この人は別次元で生きているような気さえしていた。無理難題を吹っ掛けられた過酷な現状の中でも、決して揺らぐことはない。俺たちには見せない辛さや孤独だって、絶対にあるはずだ。けれど、そんな姿は意地でも見せてはくれないから。たとえ仮初めでも、少しでも普通の幸せを味わってくれたならと。ずっと、そう思っていた。


「……そんな俺、表に出てたか?」

「えぇ。かなり」

「マジか」

「マジです」

「恥ずっ」

 首まで真っ赤にした和樹さんが、両手で顔を覆いながら言う。


「それが恋ですよ。和樹さん」

 俺はそんな姿に、この上ない嬉しさを感じながら、再度その言葉を告げるのだった。


 初っぱなの自覚が、まさかのゆかりさんに負けず劣らずな恋愛ポンコツ反応だったら面白いなーと思い付いてしまったら、こうなりました。

 なんだか選り取りみどりすぎてサイテー男になってる気もしますが……まあ、本気で大事にしたい相手が見つかって良かったね、ってことでひとつ。

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