112 おでんのような
「おで~ん、おで~ん、ぐっつぐっつぐっつぐっつ♪」
「ただいま。何だか随分楽しそうだね、ゆかりさん」
「あっ、おかえりなさい、和樹さん! 今、おでんを煮込んでたんですよ!」
「ははっ、歌いながら?」
「そうですよー! その方がおでんの具たちも楽しくなって、より一層美味しくなってくれるんです!」
お玉をもってくしゃりと笑う妻はとても微笑ましくて。今日一日の激務で溜まった疲れを一瞬にして霧散させる力がある、と僕は思う。おかげで僕は帰宅するたびに、ああ彼女と結婚して良かった、と改めて幸せを噛み締めるのだ。
……まあ、おでんの味に彼女の美声が影響しているかは定かではないが。
「ゆかりさんが腕によりをかけて作ったおでん、楽しみだなぁ。具は何が入っているのかな? えーっと、大根と、こんにゃくと、さつま揚げと、ゆで卵と、……ん、んん!?」
「え、どうしました? 和樹さん」
「……い、今、おでんに似つかわしくないものが見えた、気がしたんだけど」
「似つかわしくない?」
「うん……、何と言うか、おでんに不釣り合いというか見かけることがないというか……」
「もしかして、コレ、ですか?」
そう言いながら彼女が菜箸で摘まみ上げたのは、タコの形をした、アレだ。
「ゆかりさん、それはちょっと、おでんには……」
「え~? 美味しいじゃないですか、ウインナー。出汁も出るし。こどもたちも大好きなんですよ、タコさん」
「い、いや、そうじゃなくて。僕、その色のウインナーはNGだって言ったよね?」
「あー、和樹さん、赤いウインナーは嫌いでしたっけ? でも、赤い方がタコさんらしくて可愛いし、私はタコさんにするなら断然赤い方が好きですけど」
「……僕の前で『赤いのが好き』なんて言わないで」
僕がそう言うと、ゆかりさんはジト目で僕を見た。
「あら、嫌なら無理に食べなくてもいいですよぅ、私が、こどもたちと一緒に、責任持って全部食べますから!」
言うが早いかゆかりさんは、おでん鍋からタコさんウインナーをひょいひょいと皿に取り出し、そのひとつを、あーんと大きく開けた口に運ぼうとした。
彼女のサクランボのような唇に、あの色のあの物体が触れてしまう。そう思った次の瞬間、僕は無意識に彼女から皿ごと根こそぎタコさんウインナーを奪い取っていた。
「確保っ! このウインナーは押収っ!」
すると彼女は、きょとんと首を傾げたかと思うと、ふふっ、と小さく含み笑う。
「和樹さんって、ときどき子供みたいですよねぇ」
「……心外だな。妻を熱烈に愛しているだけだよ」
「それは……、このおでんみたいに熱々、ってことですね?」
こてん、と彼女はまあるいおでこを僕の肩に載せた。ああやっぱり僕は幸せだ、とタコさんウインナーの皿をできるだけ彼女から遠ざけながら、僕は改めてそう実感したのだった。
おでんのだしの香りに誘われたこどもたちが昼寝から目覚めてもりもりとごはんを食べ始めるまで、あと五分。
日本全域に大寒波到来中ですが、あったかいもの食べてご機嫌に過ごしたいなということで、おでんさんの登場です。
うふふ、おいしいですよね、おでん。
最近はスーパーとかで気軽に練り物買えるし。
具材を並べてだしで煮込むだけだし。
……って、もちろん本職さんのは細かく手間暇かかりまくってるのは知ってますよ。
和食の煮物って、ひとつひとつ炊き方変えて……みたいな手間暇かけようと思えばいくらでもかけられるの多いですし。
我が家ならじゃがいもとか生姜とか、ほかにも色々入るのですが、石川家では子供たちの熱烈リクエストでもちきん必須、ただし一食あたりひとりひとつまでの制限つき(笑)です。
他のもの食べられなくなっちゃいますからね。




