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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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100 一日遅れのクリスマス

 和樹さんが想いを自覚して、奮闘し始めた頃のおはなし。

 職務で忙殺されていた彼には縁のない、クリスマスの翌日。

 久々に喫茶いしかわでモーニングを! と意気揚々とやってきた和樹。


 張り切りすぎて開店時間よりかなり早めに店に着いてしまったのだが、ゆかりは和樹がいることに気付いてくれた。

「おはようございます! もうすこし準備に時間がかかりますが、外は寒いので中でお待ちください」

 扉を開けるとそう言ってにこやかな笑顔を振りまきながら、暖房のきいた店内に入れてくれた。


 ふと目をやると、開いていたバックヤードの扉の隙間から、机に置かれた赤い衣装が目についた。

 白いファーで縁取られた赤いフード付きのケープと、白い手袋。恐らくは、サンタクロースを模した仮装用の衣装だろう。

 そう思った時、和樹がえも言われぬ焦燥に駆られたのは、そのサイズが明らかに女性用だと気付いたからだった。よく見ればスカート、しかもこれはミニスカではなかろうか。


 ちょうどその時、ゆかりが明るく挨拶をしながらやってきた。

「改めて、おはようございます! 準備が終わりましたので、ご注文伺いますよ」

 にこりと微笑むゆかりに、和樹も「おはようございます」といつもの笑顔で返すと、さり気なく尋ねる。


「ゆかりさん、あの衣装はどうしたんですか?」

「あ、それですか? ほら先週、商店連の忘年会があったじゃないですか」

「そう言えば、ありましたね。あの日は誘っていただいたのに行けなくてすみません」

「いえいえ。お仕事のご都合ですから仕方ないですよ! で、ちょうどクリスマス時期だったので、商店街の写真屋さんが撮影用の衣装を貸してくれて。美沙さんと亜矢さんと三人で、色違いで着たんです! ちょっと恥ずかしかったけど可愛かったし、写真も撮ってもらったんですよ」


 ゆかりは楽しそうにそう言うと、その時の画像を見せてくれた。

 そこには、赤いサンタ衣装のゆかりを真ん中にして、緑とオレンジの衣装を着た他の二人が映っている。

 コーヒーを差し出すゆかりの可愛らしいその姿を素直に喜べばいいのか、密かに想いを寄せる相手がミニスカサンタの衣装を身に纏っているというのに実物を見れなかったことを嘆けばいいのか、あるいはその両方か。

 和樹は内心で頭を抱えた。そんな浮ついた葛藤を抱く、自分自身にも。それでも胸の内の動揺を綺麗に隠すと、ふと別の疑問が湧いてくる。


「そうでしたか。それが、なぜここに?」


 忘年会は駅向こうの居酒屋で開催されたと聞いた。そこで着た衣装が、なぜ今、喫茶いしかわにあるのか。


「それが、マスターが宴会で、今年の喫茶いしかわのクリスマスフェアはその衣装で決まりだー! って言い出しちゃって」

「え」

「昨日はこの衣装で一日お仕事だったんです。マスターもトナカイの角を付けたりして。和樹さん、ずっと忙しそうでクリスマスフェア期間はお店に来られなかったですもんね」


 あっけらかんと言うゆかりとは対照的に、和樹は次第に悶々とした感情に囚われていく。

 それは、つまり。商店街の人間のみならず、不特定多数の客が赤いサンタ衣装(しかもミニスカ!)の彼女を間近で見たということか。自分の知らないところで。

 以前の、こういう衣裳を身にまとったクリスマス当日は、自分も本業(しごと)が休みなのをいいことにマスターを説得し、ゆかりと一緒にシフトに入らせてもらっていたからまだ良かったのだ。少し短すぎる丈に思うことはありつつも、不埒な眼で彼女を見る男性客は軒並み牽制できたのだから。


「……来年は、絶対に着させませんからね」

「えっ、なんで!? そんなに似合ってないです?」


 思わず口をついて出てしまった言葉に、ゆかりはショックを受けて青褪め、和樹は少しむくれて眼を逸らした。

 似合ってないかって? そんなわけがない。むしろとても可愛らしいし、彼女に良く似合っている。

 そう素直に口に出来なかったのは、他の人間は見たのに自分だけが見てないとか、そんな子供じみた――要は、どうしようもない独占欲からだった。


 恋人でもないのに、それがどれだけ理不尽な言い分かは自覚している。それでも、固く閉じた蓋の奥で着々と育ってきた恋心は、ゆかりに関してだけ自分の心を随分と狭くしてしまった。


 もし、その衣装を着た姿を目の当たりにしていたら、彼女ごと攫って、思いのまま剥ぎ取ってしまっていたかも知れない。

 極端な考えではあるが、一瞬でもそんな想像が容易にできる以上、忘年会も昨日のクリスマスも、どちらも仕事で欠席だったのはある意味幸いだったのだろう。

 それでも、なんともやり切れない感情が残る。


 和樹の願望としては、来年のクリスマスには彼女を自分が独占したい。

 いかにも仮装用の赤い衣装ではなく、彼女にとびきり似合う、自分の好みを織り交ぜた服を着せて。誰にも見せないように、囲い込んでしまいたい。

 そんな欲に塗れた獰猛な感情を飼い殺している。


 だから。

 今はまだ確約はされていないけれど、新たな目標への第一歩として。


「ねえ和樹さん! どういう意味ですか?」


 まずは半泣きでご立腹になっている彼女の誤解を解くために、和樹はうっかりと零した本音の言い訳と機嫌を直してもらう方法を、考えなければならなかった。



 彼にとってのクリスマスは、たぶんこれからだ。


 独占欲全開です。

 喫茶いしかわのクリスマスイベント用に、必死でミニスカサンタじゃない衣裳(例えばサンタ風エプロンドレスみたいな)を探し当てるか自作しそうな雰囲気が。

 ちなみにトナカイさんの恰好は、喫茶店で動けるとなると全身タイツをチョイスされかねないと危惧した和樹さんが却下済み(笑)


 100話目がこんなんでいいのかしら?(苦笑)

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