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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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97 しくじりうどん

 同棲初期の和樹さんとゆかりさん。

 すっかり遅くなってしまった。


「……ちゃっちゃとごはんの支度しよう」


 鶏肉をそぎ切りにしていると、ピーピーと甲高い機械音が鳴った。

 あ、お風呂が沸いたみたい。いつもはお風呂に入ってからご飯を食べる派だけど、今夜はお腹が空き過ぎた。今日だけは、ご飯を食べてからお風呂に入る派になろう。


 そんなことを考えていると、今度は手元付近からピーピーと機械音が。

 どうやらIHコンロが十分タイマーの役目を終えたらしい。


 あぁ私、なんだかんだ和樹さんちの家電を使いこなしてしまってるなぁ。

 ……和樹さんに聞かれたら「ふたりの愛の巣です!」って即時訂正されそうだけど。ふふふ。



「ふぁあ、いい香りー」


 厚削りの鰹節を取り出し、ざるで濾すと黄金色の濁りのない出汁のできあがりだ。これに、かえしを入れてっと。


本格的な冬到来とあって、けっこうな冷え込みとなった今夜の晩ごはんは、鍋焼きうどん。

 手軽だし、それにもう21時前。出来るだけお腹に優しいものが食べたい。

 だから油揚げも、面倒臭がらずに油抜きをきちんとした。これでかなりカロリーが下がったはず。


 煮立ったつゆにうどんの麺を入れ、中火にかける。


 その間考えることは、やっぱり和樹さんのことで。

 和樹さん、私が居候して迷惑じゃないのかな。でも、強引にここに連れて来たのは和樹さんだしなぁ。

 リビングにででんと鎮座するおおきなクマちゃんにチラリと視線を向ける。


 麺がいい感じになったところで、鶏肉と長ネギと油揚げを入れ火力を強める。

 沸騰させたところに卵を割り入れ、火を止めてから蓋をする。これで、数分後には半熟玉子入り鍋焼きうどんの完成だ。

 このすきに食べる準備をしておこうとエプロンを外したとき。



 ガチャ。

 玄関から、鍵を回す音が聞こえた。

 そのまま廊下から足音がして、リビングの扉が開く。


「お、おかえりなさい……和樹さん」


 扉が開いた先に立っていたのは、当然だけど和樹さんだった。

 スーツ姿の彼はなぜかリビングにも入ろうとせず呆然と立ち尽くす。

 部屋に入るどころか、口を開こうともしない。


 あ! もしかして……。

「私を住まわせてること忘れてました?」

「そんなわけないでしょう」


 なんだ。それなら良かった。

 当たり前のように即答してくれる彼に、ホッと胸をなでおろす。


「なんだか、帰ってきて家に人が居ることに慣れなくて」


 ああ、たしかに。私もそれなりにひとり暮らしが長かったから、それは何となく分かる気がする。

 うんうんと納得していたとき、気づいた。一週間ぶりに顔を合わせた和樹さんの様子がいつもとは違うことに。



「和樹さん、もしかしなくてもかなりお疲れですか?」


 私の言葉に、彼は否定も肯定もせずに、にこりと力なく笑う。

 シャツがよれてるし、髪も少し乱れてる気がする。

 なによりも。


「ひどいクマ……」

「あぁ、三日ほど寝てないので」

「え! 三日も!?」


 そんなに驚くことではないでしょう、とまた彼は笑う。

 いやいや、普通は驚くでしょう? 三日も寝ないなんてこと、普通はない。


 いつも完璧で、隙なんて見せてくれなかった彼のこんな姿を見ていたらつい吐露してしまった。


「そんな、ぼろぼろの姿で帰って来るなんて……」


 そこまで言って口をつぐむ。こんなにお疲れのときにああだこうだ言われたくはないだろう。気持ちを切り替える。


「お風呂沸いてるので、入って少しでも疲れをとってきてください。あ、もちろん私は入ってませんよ! 一番風呂をどうぞ。お腹は空いてますか? 和樹さんがお風呂に入ってる間に、晩ごはんの準備しておきますね」


 息継ぎもせずに一気にまくし立て、キッチンへと向かおうとしたとき。


「待って」

 手首を掴まれくるりと反転すると、私の身体はぽすりと彼の腕のなかに収まっていた。私の肩口に頭を押し付けるようにぐりぐりと動かして大きく息をついた。

「はぁ~っ……ようやく帰ってきた気がする。ゆかりさんがあったかくて柔らかい」

 私はくすりと笑うと背中をぽんぽんとあやすように叩く。

「はい、お仕事お疲れさまでした」



「あ!」

「どうしました?」

 色々あって忘れてた……。


「あちゃー」

 土鍋の蓋を開けると、そこには伸びきった麺が。うわあぁん、卵も固くなっちゃったよおぉ。

 しょんぼりしながら、作り直そうか、でももったいないよなぁ……と、頭を抱えていると、背後から腕が伸びて来た。


「わ、和樹さん!」

「うん、美味しいですよ」

 いつのまにか後ろに立っていたらしい彼は、麺を一筋頬張っている。


「でも、めちゃくちゃのびてますし……」

「二人分になったじゃないですか」

 結局、にこにこと笑う和樹さんに促されるまま、ふたりで食卓を囲むことになってしまう。


「今からでも作り直すのに……」

「充分おいしいですよ」

「……嘘だぁ」

「本当です」

「これが私の鍋焼きうどんだって、和樹さんの中で印象付けられたら困ります」

「また今度作ってください」

「はい、そのときは気合入れて作ります。なんなら、麺からこねます!」

「ほお、それは楽しみですね」

 これがお疲れすぎる和樹さんに提供する食事ってところがなんだか嫌というか悔しい。絶対リベンジしてやるんだから!


 麺なんてふにゃふにゃで、お世辞にも美味しくないはずなのに。

 ふたりで食べていると、なんだかそれなりに美味しく感じるのはなぜだろう。

 心の奥までほくほくと温まっていくのは、この鍋焼きうどんだけのせいではない気がする。


 ……なんだろう、この幸せな気分は。


 簡易出汁を使わずに、きちんと削り節からとったお出汁が美味しいから?


 まあ、今夜はそういうことにしておこう。

 ちょっと珍しくゆかりさんがお料理失敗しちゃうお話でした。

 まあ和樹さん的にはしくじって悔しがるレアなゆかりさんが見られたのでオールOK、むしろマイナスイオン倍増でにやにやしてるはず。通常運転です。


 タイトルがとちりそばっぽいですけど、そういうお話ではございません(笑)

 ……あれ? とちりそばって一般的に知られてる習慣でしたっけ?


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― 新着の感想 ―
[一言] 成功も失敗もイチャイチャのネタ……これがリア充かあ!
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