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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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96-2 合コンには向いてない(後編)

 ひと通りの自己紹介が済んだ頃、ゆかりは友人の意図を概ね察した。


 こちらはゆかりと友人、それから彼女の大学時代の友人を交えた四対四の普通の合コンだが、相手は同世代の医学部生で、容姿も綺麗どころと言えるレベルが揃っている。

 高学歴で将来的にほぼ高収入を約束されたイケメンというのはそれなりに存在するのだなと感心したくらいだ。

 こんな相手との合コンであれば気合も入るだろうし、事実友人の友人という二人は少々ギラついた目をしていた。

 そしてそれをセッティングした彼女はといえば、思い起こしたら高校時代はだいぶ世話焼きで、何かと中心になることが多い子だった。それに加えて少々プライドも高く、承認欲求の強さが見て取れた。


(つまり、幹事としては絶対に潰せない席だったってことね)


 ゆかりはこっそりとため息をついた。彼氏がいないと告げたときのあの笑顔、あるいはゆかりのことも後押しする気であるだろうことは容易に想像がつく。

 今日はできるだけ目立たないように食事だけして帰ろうと決め、カクテルをぐびりと飲んだ。

 食事と飲み物は美味しい。


「石川さん、だっけ? よく食べるね」

「えーと、はい。食べるの好きなので」


 目の前の男に声をかけられてあたりさわりのない返事をする。自己紹介は一通り聞いていたが、興味がなかったのであまり覚えていなかった。確か、池田なにがし……と頑張っても下の名前は出てこなかった。


「池田さん? はあまり進んでないみたいですね」


 とりあえず場の雰囲気を悪くしない程度には話を合わせる。互いに端の席なこともあり、早くも盛り上がっている中心には入りづらかった。

 ただ、ゆかりにとってはそれが幸いだったのだが。


「俺、こういう席苦手で。ちょっと緊張してるからね」


 苦笑しながらの答えに、ゆかりの中で池田なにがしの好感度がほんの少し上がる。普通に好青年だ。

 和樹さんと出会っていなければ、こういった相手にときめいたのかもしれない……とまで考えて、結局連絡していなかったことを思い出した。

 悩んだあげく、一応連絡だけは入れておくことにする。

 会話を続けようとする池田なにがしに一言断ってから、スマホを取り出した。


『飲み会が合コンになっちゃいました。ごめんなさい。早めに帰ります』


 どちらにしても怒られるなら先に謝りつつシンプルに用件だけを、と悩みながら考えた文章を送る。

 ふぅ、と吐息を吐きだしてスマホをしまおうとした直後、即座に返信が入って驚いた。


『どこの店? 迎えに行くから飲みすぎないで』


 ゆかりは慌てた。さすがに合コンに旦那が迎えにくるという展開は予想していない。合コンに男が迎えにくること自体ちょっと空気が読めてなくないだろうか。仮にも夫は満場一致で肯定されるレベルのイケメンである。

 というか、彼氏いないって言ってしまったし、結婚してることは伝えていない。いろいろとまずいことは山積みだった。


『すぐに帰るので、お迎えは大丈夫です』

『30分で仕事片付ける。それまでに帰る支度しておいて』


 ゆかりがメッセージを送ると、即座にピロンッと返事が返ってくる。珍しいことは続くものだ。いまは忙しくないのだろうか。

 しかし、この様子では聞く耳もちそうにないし、彼が来るというなら本当に30分で仕事を片付けて迎えにくるだろう。

 いやいや大丈夫ですよ……ともう一度遠慮しながら、ゆかりは軽く頭痛がする感じがして、頭をおさえた。


「もしかして、ご両親?」


 池田なにがしから尋ねられて、ゆかりは顔をあげた。


「えっと、そうですね……まぁ、家族、です」


 合コンの席で旦那と連絡してますとは言えない。


「門限とかきびしめ?」

「そんなことはないですけど、ちょっと心配症なきらいがありますかね」

「へぇ。愛されてるんだね」

「そう、だと嬉しいです」


 勘違いをされているんだとしても、客観的に愛されているなどといわれるとどうにも照れくさい。

 赤くなる頬をごまかすようにカクテルを飲み干した。


「もう一杯、何か飲みます?」

「そうですね……どうしようかな」


 もう一杯くらいは飲んでも大丈夫と思う反面、悩みの種がつきないおかげで頭痛は強くなっている気もする。

 悩んだ末、頭痛を理由に退席させてもらうことに決めた。

 隣の席の友人を軽く小突いて、軽く耳打ちする。


「ちょっと具合が悪くなってきちゃったから、抜けさせてもらっていい?」

「えっ、大丈夫? やっぱ無理させた?」

「家帰って休めば平気だと思うから」


 言いながら身支度を整える。財布を取り出して、五千円札一枚を友人に押し付けた。


「足りなかったら連絡して。今度は普通に飲みに行こうね」

「う、うん。ごめんね」


 立ちあがると、男性陣が気づいたように顔をあげた。


「あれ? ゆかりちゃん帰っちゃうの?」

「石川さん、まだ全然飲んでなくない?」


 絡んでくるのはすでに鼻頭まで赤くなった酔っ払いだ。仕事で培った愛想笑いを浮かべながら、「具合が悪くなったので」と「ごめんなさい」を繰り返す。


「大丈夫? 俺送るよ」

「いいじゃん、池田送ってやれよ」

「あ、それなら安心かも。池田くんお願い」


 友人に軽く小突かれて、心中を察した。

 再び笑みを貼りつかせながら、丁重にお断りする。万が一、いや億が一でもその手の誤解は勘弁だ。炎上しなくても噂というのは簡単に消えるものではないことを骨身にしみるレベルで学習済みだ。


「大丈夫ですから。みんなは楽しんでいってください」


 池田なにがしが上着を羽織ろうとするのを制して、参加者に向かってぺこりと頭を下げる。

 それからゆかりは逃げるように店を出て行った。



 ◇ ◇ ◇



「ゆかりさん、起きてる?」

「んー……起きてます」


 帰宅してすぐに鎮痛剤を飲んでから、ソファで軽く眠っていたらしい。和樹に声をかけられて、ゆかりは意識を取り戻した。


「うそです。寝てました。おかえりなさい、和樹さん」

「ただいま、ゆかりさん。具合悪くなったって? 大丈夫?」


 心配げに覗き込んでくる和樹に甘えるように手を伸ばしながら、こくりと頷く。ひと眠りしたおかげか、頭痛はすっかり引いていた。

 隣に座った和樹が、ゆかりの頭を引き寄せる。

 こつん、とおでこがぶつかった。


「うん、熱はないみたいだね」

「大丈夫ですってば。和樹さん心配性」

「うちの奥さんはよく無茶をするからね。少しくらい心配させてくれてもいいんじゃない?」


 ジト目で睨んでくる和樹に、ゆかりはぷっと吹き出す。すぐに和樹も、ゆかりにつられて笑いだした。


「さて奥さん。具合が悪くないならお話があります」

「はい」


 すぐに真剣な表情に戻った和樹の雰囲気にのまれて、ゆかりは思わずソファの上で正座をした。


「僕に飽きたんじゃないなら、合コンに行くのはやめてください」

「えっと、今回のはちょっと不可抗力で……」

「返事は?」

「はい! もちろんそのつもりです!」


 サー! イエッサー! と言いながらびしっと敬礼してみせると、和樹はくすりと微笑んだ。

 そのゆるんだ空気に、ゆかりもほっと胸をなでおろす。


「あと、飲み会のときはできるだけ連絡して、僕に迎えに行かせること」

「なんで?」

「酔っ払った女性に、一人で歩いて帰ってもらうわけにはいきません」

「えー、ちゃんと外で飲むときはセーブできますよ?」

「それでもだめ」


 ぶーぶーと頬を膨らましながら文句をいうと、その膨れた頬を軽くつねられた。


「返事は?」

「サー! イエッサー!」


 頬をつねられたまま再び敬礼してみせると、今度はわしわしと頭を撫でられた。

 まるで猫のように、その手に甘えてごろりと和樹の膝に頭を乗せる。猫ならばごろごろと喉を鳴らしているところだろう。


「でも和樹さん、さすがに過保護じゃないです?」

「過保護でもいいの。……本当はゆかりさんが喫茶いしかわ以外に行く時は全部僕がついていきたいのを我慢してるんだから」


 ちょっと尻切れトンボですが、この後の展開がなんか怖いので、ここまでで。


 和樹さんはお箸やコーヒーカップにも「毎日ゆかりさんからキスされてると思うと嫉妬が……」って普通に思ってそう。

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