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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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88 染まる想い

 和樹さんがゆかりさんへの想いを自覚しつつも告白する気がなかった頃のお話です。

「和樹さん。ねえ、ちょっと来てください」


 窓辺の席を拭いていた筈のゆかりがパタパタとカウンターの前に駆け寄る。

「どうしたんです?」

「見てのお楽しみです」

 首を傾げる和樹に、ゆかりは嬉しそうな声を上げては早く早くと手招きをする。

 アイドルタイムのカウンターに座りコーヒーを堪能していた和樹は、子供のように瞳を輝かせ窓にくっ付きそうなほど顔を近づけているゆかりの傍に歩み寄る。

「天気予報当たりましたね〜」

 ふわふわと微笑みながら窓の外を見詰めるゆかりにつられるよう視線を移せば、白く柔らかな雪が外の世界を染め始めていた。


「どうりで人が疎らなわけですよ」

「まったりで良いじゃないですか、この雪って積もりますかね?」

「どうでしょうか。でも積もったらそれはそれで雪かきが大変ですよ?」

「そこは心配無用です。私、雪かき好きなんですよ。それにほら、たくさん積もればお店の前に看板犬ならぬ看板雪だるまができます!」


 ふふん、と得意げに胸を張るゆかりを見てはおかしそうにくすりと笑い声を洩らす。

 おかしなこと言いました? と小首を傾げ和樹を見つめるゆかりにいいえと首を横に振る和樹。

「ゆかりさんちょっと待っててください」

 そう言い残した和樹は足早にバックヤードへ向かい姿を消した。


「変な和樹さんですねえ」

 くすくす笑いながら独り言のように呟くも、言われたままその場で待つゆかりは退屈したのかハーッと窓に息をかけ曇らせる。

 キュッキュッと指を滑らせると鳴く音にふふふっと笑みを浮かべて落書きを続ける。


 “オムライスが食べたい”


 食欲が優ったのか己の願望を書けば満足気に水蒸気で消えかかる字を見つめる。


「くくっ。ゆかりさんの食欲がこれほどとは……」

 背後から笑い声を隠さず声をかける和樹にびくっと肩を跳ね上げたが、違いますよ! と素早く訂正をする。


「以前いただいた和樹さんのオムライスがとっても美味しかったから、あの美味しさを再現できるようになって賄いに食べられたら良いのになーって思っただけです。まったく和樹さんってば、からかわないでくださいよ」

「食欲旺盛なのは良いことですよ。あとですね、今マスターに買い出しの許可を得たので外に出られますが、どうしますか?」

「行きます! 行くに決まってるじゃないですか。雪が降ってるんですよ! こんな楽しいこと、めったにありませんからね」

 ぷくっと頬を膨らませ拗ねていたかと思えばパッと笑顔を浮かべるゆかりに眩しそうな愛おしそうな視線を遣る。


「じゃあ私、和樹さんの分も上着取ってきますね! 抜け駆けして先に出ないでくださいよ? 風邪ひかないようにあったかくしてからです。いいこにしててくださいね~」

 和樹の心情など気付くこともなくそう言うと、小走りにバックヤードに駆けてゆく。


 和樹は小さく溜息を零す。

 己の気持ちに自覚をしたのは随分と昔のように思える。春の陽だまりのような暖かな彼女、その存在にどれほど救われているか。自制せねば、そう言い聞かせても想いというものは募るばかりで、彼女を愛し大切に思うようになっていた。

 当の想い人であるゆかりは鈍感な上に天然、和樹の気持ちなんて気付く余地すらなく、それが唯一の救いであるように最近は思えてきたのだった。


 ふと首元が暖かくなり思考に浸っていた意識が現実へと連れ戻される。驚いたように瞳を大きくしてはくるりと背後を振り向く。


「私のマフラーですけどよく似合ってますね。やっぱりイケメンは何でも映えますね〜。あっ、このマフラーはお貸しします。外は寒いから暖かくして出ないと風邪引きますからね」


 にこにこと微笑む姿に和樹の胸がきゅっと締め付けられる、想い人に気持ちが届かないとはどれほど辛いことか。自然と苦笑いが溢れる。


「行っちゃいますよ〜」

 ゆかりが先に店の扉を開ける。

「せっかちだなぁ」

 コートを手繰るように羽織り足早に後を追いかける。


「けっこう降ってきましたね」

 店の外に並んで立てば空を見上げる。ふわりふわりと舞い落ちる雪は街灯に照らされキラキラと光り輝く。

「なんだか、季節外れの桜みたいですね。それに雪って天から送られる手紙って言うんですよ。本当に綺麗ですよね」


「……嗚呼、確かに綺麗だ」


 手のひらを広げ空を仰ぐゆかりを横目で見つめる和樹の胸にまた痛みが走る。想いを大きくすればするほどに和樹の身体を締め付ける。


 綺麗なのは貴方だ


 決して口に出すことはなく秘める想いに身を焦がしながら、心の中でそっと呟く。

 ひらひらと落ちる雪はさながら小さな白い花のように街を純白に染め上げていく。

 降り注ぐ手紙は和樹にひと時の穏やかな時間を贈るかのように街を包むのだった。

 さて問題です。


 ゆかりさんはなぜ、和樹さんと一緒に買い出しに行くことに疑問を持たないのでしょうか。

 なお、和樹さんは喫茶いしかわの店員ではありません(笑)


 答え:ゆかりさんだから。


 とても理不尽だけど、これが最も「ですよね」って納得してしまう答えなのです。

 ご都合主義ですけどね。喫茶いしかわは「日常の皮をかぶったファンタジー」なので、これでいいんです。

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