8 気持ちもくるむロールキャベツ(わらしくん視点)
僕は、座敷童と呼ばれている。
僕が見えるゆかりたちには「わらしくん」と呼ばれていて、ちょっと嬉しい。
夕方の、やや強めのオレンジ色の光のなかをほてほてと歩いていると、この前ゆかりたちの店にいた若い男と女がいた。
あのときはまだ少し細めで頼りなかったふたりの赤い糸の輪郭が、少しくっきりしていた。
糸が強くなって、ゆかりもほっとしてるかな。
少し興味がわいて、ふたりの後をついていく。
「晩ごはん、楽しみだな」
「私、そんなに料理は得意じゃないし、あんまり自信ないんだけど……もし美味しくなかったらごめんなさい」
「ははっ、大丈夫だよ。いしかわさんに教わったレシピなんでしょ? よっぽどとんでもないしくじりでもしない限り、絶対美味しいよ! あの店は、僕らの味覚に合うメニューばかりだからね」
「そっか。うん。そうだね」
ふたりが、彼女の住むアパートに着いた。僕もするりと入り込む。
「今日は大学もバイトもお休みだったから、もう作ってあるんだ。温めなおすから、少し待っててね」
彼氏に氷を入れた麦茶のグラスを渡すと、換気扇を回しコンロの火をつける彼女。グラスに口をつけながら、その後ろ姿をにまにまと笑み崩れた表情で見ている彼氏……ゆかりを見ている和樹がよくこんな表情をしていることを思い出す。
ガラスの器にちぎったレタス、その上にポテトサラダを乗せたものを冷蔵庫から出した彼女。僕のいる場所からは奥の「業務用ポテトサラダ」の大袋が見えた。
箸やスプーンなど必要な食器をぱぱっと揃えていく彼女の手際はけして悪くない。
鍋の蓋を開けると、もわりと湯気が膨らみ、ふつふつと音が聞こえる。
食器棚から取り出した大きめのシチュー皿に中身を盛り付けて、食卓に持ってきた。
「こんなものかしら。お待たせ」
「おっ、ロールキャベツ? すげぇ!」
「うん。トマトソースと迷ったけど、一昨日牛乳の特売があったから、ホワイトソースにしてみました」
深めのシチュー皿にはででんとロールキャベツがふたつ。キャベツの黄緑色が見えないくらいたっぷりとかかったホワイトソース。周辺を飾るコーンの黄色とふりかけられたドライパセリの緑がもったりしたホワイトソースに映える。
「あ、牛乳アレルギーとかなかったよね?」
「アレルギーは大丈夫。はあ、めちゃくちゃうまそう。いただきます!」
箸で一口分を切り分け、ばくり。
「うまいよ。ありがとう」
ニッと笑ってかけられた一言に、不安げにじっと彼氏の口元を見つめていた彼女の、やや強張っていた表情が緩む。
「これ、全部手作りでしょ。すごく手間かかるんじゃないの? わざわざありがとう」
「どういたしまして。ふふっ、お口に合ってなによりです。ロールキャベツはちょっと時期外れかなって悩んだんだけど、でもこの前の定食屋さんで食べてるの見て、好きそうだなって」
「うん。実は大好物。でもまさか今日、手作りで食べられるとは思わなかった」
「あら、市販のやつかもしれないよ?」
「あはは、絶対手作りだよ。市販のには、こんなにお肉たっぷり入ってないし」
きっぱり言い切る様子に少し驚く彼女。
「実は近所に売ってる市販のロールキャベツは一通り試したことあるんだよね」
ちょっと照れ臭そうにしながら種明かしする彼。照れ隠しのようにまたロールキャベツをばくりと食べる。
「は~~最っ高!」
噛み締めながら言う彼を見ていると、じわりじわりと喜びが沁みて、くすくすと笑いながら告げる。
「おかわりあるからね」
嬉しい。楽しい。しあわせ。
そんな空気がたっぷり充満した部屋をくるりと見回してにっこりした僕は、その部屋からそっと抜け出す。
見上げた空は先ほどのオレンジ色から藍色に変わり、上弦の月が白く輝いていた。
明日は、嬉しいや楽しいがたくさんあるゆかりたちのところに行こう。
こちら、実はプラム回のカップルさん(名前はまだない)です。
ちゃんとお名前つけようかなとも思ったのですが、語り手がわらしくんなので、これでいいかなと。
そのうち出番が増えたら名もなきモブから名前のあるモブにクラスチェンジするかもしれません。