表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

129/758

84 えがおのたね

 今日の献立はデート中の車の中で決定していた。


 何か食べたいものありますか? の問いに和樹は珍しくハンバーグと答えた。わりと和食をリクエストされることが多く、そのリクエストに少し驚き何故か聞き返す。

「ゆかりさんがこの間、送ってくれたハンバーグの写真が頭から離れなくて」

 少し拗ねたような感じで和樹がチラリとゆかりを見た。


 送った写真というのは、環さんとショッピングに出かけてランチで食べた、大根おろしに刻んだしそが混ざっていて、そこにポン酢をかけて食べるという和風テイストのもの。

 和樹さん好きそうだなぁと思って送ってみたら、どうやらドンピシャだったらしい。


 これはぜひ作って食べさせないといけない。

 謎の使命感に燃えるゆかりはいつもの行きなれたスーパーに降り立った。

 作るものが決まってれば買い物は早い。必要な物をポンポンとカートに乗ったかごに入れていくと隣を歩いていた和樹がある方向を指さし誘惑の一言を放つ。


「ゆかりさんアイス買いますか?」

「えっ、買いたい!」

「じゃあデザートに食べましょうか」

「あ、和樹さんビールは? 今日は飲みますか?」

「そうですね。せっかくなので」


 少し考えて、アルコールの売り場に差し掛かると無言でビールをカゴに入れた。

 和樹さんはあまりアルコールを飲まない。でもたまに一緒にお酒を飲む機会があった。今日も平和でありますように。そう祈りながらゆかりも期間限定と書かれた缶チューハイをカゴに入れた。


 ハンバーグの材料にアイスにアルコール。好きなものばかりを詰め込んだカゴを持ちご機嫌でレジへ並んだ。ゆかりは財布をスタンバっていたのに華麗に交わされて和樹のカード決済に負けた。

 それが気に入らなくてしぶしぶ買ったものを袋詰めしていく。そのしぶしぶさが顔に出ていたのだろうか。隣で同じく袋詰めをしていた和樹がぴったりと引っ付いてきた。


「えっ、なんです? 近っ……」

「……ゆかりさん」


 耳元でぽそりと名前を呼ばれる。

 ゆかりにしか聞こえない距離で、ゆかりしか聞いたことのない甘い声。きっと拗ねているゆかりのご機嫌取りのつもりなのだろう。しかし少しばかりやりすぎではないだろうか。ゆかりの耳は誰が見てもわかるくらい真っ赤になってしまった。


「まだ、拗ねてます?」

「なっ……もうっ!」

 真っ赤になった耳に気付いてるくせにわざわざ聞いてくる和樹をバシバシと叩きながらゆかりが抗議する。


「おや、機嫌直りませんか?」

「もうっ! 直りました!」

「それはよかった」

 和樹が微笑んでゆかりの顔を覗き込む。ぐっ、と文句も言えなくなるほどの美しさ。


 今日の和樹は機嫌がいいと思う。今の笑顔を見れば一目瞭然だ。

 袋詰めが終わるとゆかりに車の鍵を託し、和樹はスーパーの袋を二つとも持って行ってしまった。慌ててゆかりはそのあとに続き横に並んでチラリ夫の顔を見る。


 いつものことだから気にしないけれど、街中でもスーパーでも和樹はそのルックスと顔立ちゆえに女性に振り返られることが多い。そして隣にいるゆかりも値踏みされるがごとくじろじろと見られることがある。いつもは、少し気になるけど。こんなご機嫌な和樹さんが見られたから気にしない。


 やっぱり今日は、すごく幸せ。



 ◇ ◇ ◇



「ただいまー」

 子供たちはまだ家に帰ってきていないらしい。賑やかなお出迎えがなかった。

 少し寂しく思いながら、先に行ってしまったゆかりに続いて和樹もリビングへ向かった。


「よし、じゃあ作りますか」


 手を洗いエプロンをつけて、玉ねぎ片手にガッツポーズをするゆかりの姿に和樹が後ろで噴き出したのが聞こえた。

 さすがにこのポーズはおかしかったかな? 恥ずかしくなってそそくさと持っていた玉ねぎの皮を剥き始める。すると後ろに気配を感じ、振り向くとすぐそばまで和樹の姿があった。


「っくりした! 和樹さん何か言って!」

「玉ねぎ、みじん切り替わります」

「え? なんでです?」

「……玉ねぎ切ったらゆかりさん泣くじゃないですか」

「えー? それは仕方ないというか……」

「とにかく、玉ねぎ切るのは替わります」


 ひょい、と持っていた玉ねぎと包丁を取り上げられ、いつの間にか、まな板の真ん前ポジションを和樹に取られていた。

 言い出したら聞かないのはわかっているので、そのままみじん切りを任せることにした。


 元々料理ができる和樹の手にかかり玉ねぎはあっという間にみじん切りになり、ひき肉と調味料を加える。一般的なレシピよりは、ナツメグたっぷりめで。

 これでもかと捏ねているときに子供たちが帰宅し、今日の晩ごはんはハンバーグだと告げると万歳しながら大喜びする。

 それを微笑ましく眺めながら、ふたり並んでハンバーグを成形していく。


「なんか、和樹さんとこうやって並んでお料理する時間、久しぶりですよね」

「そうですね。食べた後の片付けを一緒にすることはたまにあるけど」

「あ、和樹さん、ハンバーグは真ん中にへこみ入れてね」

「ん? こうですか」

「そうそう。そんな感じ」


 成形されたハンバーグのタネをトレイに並べていくと、結構な量ができあがってどうしようかと思ったけど、チラリと和樹の方を見て大丈夫かと一人で納得し、焼くのは私がやるのからそっちで休んでて! と隣にいた和樹をグイグイとリビングに追いやる。

 ゆかりはフライパンを取り出しコンロに置いて火をかける。温まってから二人で作ったハンバーグを置いていくと、ジュウウゥ……と美味しそうな焼ける音が聞こえてくる。しっかりと焼き色をつけ、様子を見ながらフライパンのへりを利用してひっくり返す。


「うん、上手に焼けた」

 ひっくり返した後にフライパンの蓋をする。8分ほどかけて中までじっくり蒸し焼きで火を通せばできあがりだ。


 お皿、お箸、ご飯茶碗もある。もちろんご飯は炊けている。

 外せない大根おろしに刻んだしそもばっちりだ。あとは焼き上がりを待つばかり。そろそろいいかな、とフライパンの蓋を開けて焼き加減をチェック。よし完璧。

 そろそろできますよと声をかけ、準備されていたお皿にハンバーグを盛っていく。しそ入り大根おろしもたっぷり乗せて。


「お待たせしました!」


 待たせていた和樹の元へハンバーグを運ぶ。ここは喫茶いしかわの看板娘らしく、とびきりの笑顔で皿を置く。

 和樹は待ってました! とばかりに顔を上げ、立ち上がり料理運びを手伝った。作りおきおかずに、忘れちゃいけないグラスとビールをテーブルに置いて、家族四人がきゅっと集まるように座るとパチン、と音を立てて和樹さんが手を合わせた。


「すごい、美味そうですね」

「ふふ、食べましょうか」

「いただきます」


 今日のメニューは和風おろしハンバーグ、豆腐と大根と茸のお味噌汁、サラダ。あとは昨日の残り物のなすの揚げ浸しと鮭の南蛮漬けとレンコンのきんぴら。

 ハンバーグもたくさん作ったし残るかな? と思っていたがいらぬ心配で。みんなよほどお腹が空いていたのか、食卓に並んでいたおかずたちはあっという間になくなってしまった。


「っはぁ」


 こん、とすべてのご飯を食べ終わり残っていたビールを飲み干して、まるでビールのCMのように和樹は大きく息を吐きグラスをテーブルに置いた。気持ちのいい食べっぷりにゆかりはぽかんと和樹を見つめた。


「早かったですねー」

「すみません、職業柄早食いになってしまって……」

「ううん、それはいいの。ご飯足りたかなって思って」

「全部美味しかったです。ごちそうさまでした」


 食べ始めの時と同じように、和樹は手を合わせた。

 ゆかりはきれいに食べられたお皿を見てつい嬉しくなって緩んだ口元を隠しながら、お粗末さまでした、と言葉を返した。

 ほどなくして、子供たちやゆかりも食べ終わり、ごちそうさまの言葉をきっかけに和樹は空いた食器を集めてキッチンへ持っていってしまった。ゆかりは慌ててそれを止める。


「え、待って待って和樹さん、片付け私やりますから」

「いいえ、ご飯作っていただいたので片付けくらいは。ゆかりさん先にお風呂どうぞ」


「え? お風呂?」

「ええ、さきほど準備しておいたので入れますよ」

「えー!? いつの間に?」

「ほら、入らないんですか? 一緒に入ります?」


 にこーっと笑顔でゆかりの横にやってきた和樹を見て、あ、この人半分本気だなと慌ててお風呂へ向かう。後ろから、クスクスと笑いながらごゆっくり。という声が聞こえた。



 ◇ ◇ ◇



「和樹さーん?」


 お風呂から上がり、濡れた髪を拭きながらゆかりはリビングへ戻り和樹を呼んだ。和樹は洗い物を終えてリビングに座り、胡坐の両膝に子供たちを置いてテレビを見ていた。


「ああ、上がりました?」

「いいお湯でした。和樹さんもお風呂入りますよね?」

「そうですね……でも子供たちが先です。ほら、お風呂入っておいで。で、その間に」

「ん?」


 子供たちにほら、と小さく声をかけて肩をトントンと叩く和樹。子供たちを横に降ろしゆかりの方へ向き直って「おいで」と手招きをする。

 ゆかりは私? と自分を指さし少し驚きながらも和樹の横へ座った。


「ゆかりさんそっちじゃなくて」

「え、え?」

 ぐいぐいと手を引かれ、ゆかりは和樹の足の間にちょこんと座らされたと思ったら肩にかけていたタオルを和樹が取り、ゆかりの髪を優しく拭き上げていく。


「やっぱりゆかりさんの髪の長さだとドライヤーが必要かな」

「え、やだ、そこまでしてくれなくても」

「ちょっとそこで待ってて、ドライヤー取ってくるから」


 それだけ説明すると、和樹はドライヤーを手にゆかりの後ろへ座りコンセントを差し電源を入れた。ぶおーっと大きな音をたててドライヤーから温風が噴き出した。その風がゆかりの髪を揺らす。


 和樹の手がゆかりの柔らかな髪を優しくくしゃくしゃと撫で指で梳かしながら少しずつ乾かしていく。髪の毛を乾かすのってこんなに気持ちよかったかな? と不思議なくらい心地よい。自然と姿勢がくにゃ、と前かがみになる。そのたびに和樹の手が首を固定してくれて、それがなんだかくすぐったくて顔を覆いたくなった。


「よし、できましたよ」

「ふぁーありがとうございましたぁ」


 すっかり乾いた髪は追加で持ってきたへアブラシで梳かれていて、綺麗な天使の輪もでき、和樹は満足そうにドライヤーのコードを引き抜く。ゆかりはさらさらになった自分の髪の毛をおお、と撫でてご満悦。その姿に和樹もつるりとしたゆかりの髪をひと撫でした。


「キレイですね、ゆかりさんの髪は」

「そうですか? キレイさで言ったら和樹さんだって」

「そんなことないですよ」

「じゃあ、和樹さんの髪の毛は私が乾かしますから、そろそろお風呂空きそうだし、入っちゃってくださいね」


 それは私が預かります、と和樹が持っていたドライヤーとへアブラシをゆかりが受け取ると、あ、と和樹が思い出したようにゆかりの顔を見た。


「ゆかりさん、僕が上がったらアイス食べましょう」

「あ、そうだアイス! 食べましょ! お風呂あがるの待ってますね。ごゆっくりー」


 風呂へ送り出すべくひらひらと和樹に手を振った。

 いいにくの日なので、ハンバーグです。


 今日は普通の作り方してもらいましたが、私はオーブントースターを使うことも少なくありません。

 天板にアルミホイルを敷いて、15分くらいかけてじっくり焼きます。

 火加減や焦げ付きをあまり気にしなくていいので、ハンバーグに張り付かずに別のことができるところを重宝してるのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ