82 バスルームのふたり
少し艶っぽい描写があるので、苦手な方は自衛してくださいね。
雨に濡れて帰ってきたゆかりを、和樹は驚いて迎え、慌てて風呂の準備を始めた。
「ゆかりさん、風呂沸いたからどうぞ」
洗面所の方から和樹の声が聞こえ、ゆかりはのろのろと立ち上がる。
少しだけ乾いたワンピースのファスナーを下ろし、雨と汗で濡れたブラジャーとショーツも脱いで脱衣カゴに入れた。裸になり熱気が直に身体にまとわりつく感覚に辟易しながら、ゆかりはゴムで髪をまとめあげると、バスルームのドアを開けた。
「えっ、和樹さん!? なんで!?」
バスルームのドアを開けるや視界に入ってきた光景に、ゆかりは唖然となった。
和樹が湯を張ったバスタブから立ち上がったところだった。
「どうせなら一緒に入ったほうがいいかなって。僕もちょうど入りたかったとこだしさ」
屈託なく笑う和樹とは対照的に、ゆかりは耳まで真っ赤にしてわたわたと慌てた。
夏の日焼けが残る小麦色の肌に、鍛え上げられた胸板と二の腕。六つに割れた腹筋に湯が伝った。
「今更恥ずかしがる? 僕の裸なんて、ベッドで何回もみてるでしょ?」
俯いたゆかりに、和樹は苦笑してバスタブからタイルを敷き詰めた床に上がった。
「早くおいで」
和樹に引き寄せられ、背後から抱きしめるように和樹の両腕が回された。
「あ……」
言葉を紡ごうとしたゆかりの唇に、和樹のそれがやさしく重なり、腹部に回された手に力が込められた。以前よりも太くなった和樹の二の腕と背中にあたる胸板や割れた腹筋に思わず心音が高鳴る。体を密着させているせいで和樹の鎖骨や長い指の感触が、抱かれている時よりもリアルに感じた。
和樹の唇が耳に軽く触れ、髪に、首筋の感じやすいところへと押し当てられる。時折彼の鼻梁がひくひくと動き、匂いを嗅がれていることに嫌でも気づかされた。
「和樹さん、嗅ぐのやめて……私、汗だくだから」
たまりかねたように言ったゆかりの言葉にも聞く耳を持たず、匂いを嗅ぐだけだった行為は次第にエスカレートし、ゆかりの肩や首筋を舐め回していった。
「んっ、んぅ……っ、は」
時折聞こえる吐息が耳にかかり、思わずゆかりの唇から声が漏れた。
愛撫されている最中、和樹の右手がゆかりの腹部を撫で、和樹の指先に思わず腰がびくりとしなった。一心不乱にゆかりの身体に舌を這わせていた和樹は、ゆかりと視線が重なると、上目遣いで見つめ続けゆかりの羞恥心を一層煽った。
「かず、きさん、やだってば、もう……」
数分後、ようやくゆかりの身体から唇を離した和樹は満足そうに唇を舐めた。
「もう! やめてっていったのに……」
「だって仕方ないだろ。ゆかりさんの汗なんて滅多に味わえるもんじゃないし」
「ばか! 和樹さんのエッチ!」
和樹の胸をポカポカと叩いてくるゆかりをあしらいながら、和樹はシャワーヘッドを手に水道の蛇口を捻った。
「きゃ!」
ゆかりの顔めがけてシャワーヘッドから勢いよく水が吹き出された。
顔はもちろん、まとめあげた髪までびしょ濡れだ。
「さっぱりできて気持ちよかっただろ?」
「和樹さん!」
やりましたね、と和樹の手からシャワーヘッドを奪い取ろうとしたゆかりを軽くかわすと、再びシャワーから湯を出した。
「ね、ゆかりさん。身体、洗いっこしようか」
「まずはゆかりさんからね」
そう言って和樹は泡立てたスポンジを手にゆかりに後ろを向くよう促した。
うなじから背中にかけてを滑らかな泡とスポンジの柔らかい感触が伝っていく。
洗うというよりも、マッサージをするような和樹の手つきにゆかりは徐々に気持ちがほぐれていくのを感じた。
「ゆかりさん、前向いて」
和樹の声が背後からかけられた。振り向いたゆかりに、和樹が歯を見せて笑う。
「後ろは終わったから、今度は前を洗うよ」
「……っ! い、いいです! 自分で洗えますから!」
そう言ってゆかりは片腕で胸を隠し、もう片方の手でスポンジを奪おうとした。
「だーめ。洗いっこしようって言ったでしょ。いいからこっち向いて」
ゆかりの腕をがっちり掴んで胸を隠している手をどけようとした。
「やっ……! 恥ずかし……!」
「大丈夫。変なことしないから」
そう言って爽やかな笑みを浮かべた和樹に、観念したようにゆかりは胸に当てていた手を外した。
ゆかりの懸念とは裏腹に、和樹は背中を洗ったときと同じく、丹念にゆかりの体を洗い始めた。
汗で汚れた身体を清めるようにスポンジを擦る目つきは真剣そのものだ。
二の腕や脇の下はもちろん、爪の先や指の間まで丁寧に洗っていく。
肩と鎖骨を撫でる感触の心地よさに思わず目を閉じた。
「っひ!」
和樹の手が胸に触れたとき、ゆかりは思わず声を上げた。
胸の間から、泡を撫で付けるようにしていく。胸を持ち上げられ、その下の皮膚に泡を指ですべり込ませるように撫でられた。
「や……っ、和樹さ……!」
抗議するようなゆかりの声に、和樹は顔を上げた。
「しっかり洗わないと、肌荒れの原因になるんだよ」
真面目な顔で言った和樹に、ゆかりは口をつぐんだ。
口答えをやめたゆかりに、和樹は満足そうに笑うと胸に泡をこすりつけた。
胸を撫でる手は全く厭らしくはなく、むしろくすぐったいような感覚を覚えた。
同時に、どこか物足りない。もっと触れて欲しい。
そんなゆかりの思いに反して、身体に触れる和樹の手はどこまでも優しい。
今はタイルを敷いた床に片膝をつき、ゆかりの脚を洗っている。
まるで大理石を扱うかのようにゆかりの太ももにそっと泡を滑らせ、かかとや指の間をスポンジで撫でていく。ようやく全身を洗い終えると、和樹は額の汗を手の甲で拭った。
「あ、まだ洗い流さないで」
そう言ってシャワーに手を伸ばそうとしたゆかりを止めた。
「次はゆかりさんが洗ってくれる?」
何か言おうとしたゆかりに泡のついたスポンジを差し出した。
「ま、参ります!」
「お手柔らかにお願いします」
スポンジを握ったままカチコチに固まったゆかりに和樹は吹き出した。
ゆかりが洗いやすいよう、少し膝を折った体勢の和樹に泡の乗ったスポンジを近づけた。
よく日に灼けた肌からは太陽の匂いがした。美しく筋肉がついた二の腕から胸板にかけて泡を塗っていく。胸板から脇、腹筋を丁寧に洗っていく。スポンジの感触が気持ちいいのか、されるがままになっていた和樹はふと腕を伸ばし、ゆかりの額にかかる前髪を払った。
下半身が近づくにつれ、ゆかりの緊張は高まっていった。
和樹がしたように、自分も彼の身体を隅から隅まで洗わないといけないのか。
お尻はともかく、前はどうしよう……。
和樹が胸に触れた時のことを思い出し、腹部に力が入るのがわかる。
ゆかりがスポンジを片手に再度固まっていると、和樹が口を開いた。
「ありがとう。あとは自分で洗うから」
その言葉に思わず顔を上げた。
ゆかりからスポンジを受け取ると、和樹はしなやかな太ももに泡をこすりつけて洗い始めた。
ゆかりはほっとしたものの、どこかモヤモヤした思いが渦巻くのを感じた。
全身を洗い終えた和樹は首からつま先まで泡だらけになってゆかりに向き直った。
「なんか懐かしいね。子供の頃に戻ったみたいで」
和樹の言葉にゆかりも頷く。
「小さい頃、お兄ちゃんやお母さんと一緒にお風呂に入ったときのこと思い出しました。ブクブクの泡で髪の毛洗ったり、身体を洗いあったりして楽しかったなあ」
無邪気に笑うゆかりを和樹は抱きしめた。長身の和樹に抱きつかれ、ゆかりの頬や額にシャボンがつく。
「あ、ゴメン」
和樹は笑いながら指で顔についたシャボンを掬い始めた。
抱きしめられている体勢のせいで、胸板で胸を潰され、腹部に硬い感触を感じる。
「あ、あの……和樹さん」
「ん~?」
和樹はゆかりの首筋に顔をうずめたまま返事をした。
すっと通った和樹の鼻梁が、首筋にあたってくすぐったい。
「あの、もうすこし離れてください」
「なんで?」
「なんでって……」
ゆかりは口ごもった。
「ねえ、なんで離れてほしいの? ゆかりさん」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて和樹は意地悪くゆかりに再三尋ねた。
「もしかして期待してるとか」
「な、なに言ってるんですか! もう!」
真っ赤になって反論すれば、蕩ける表情で一言。
「可愛い」
ゆかりは思わず息を飲む。
「も、もうっ。さっさと泡流して湯船で温まりましょう」
この先は……皆さまのご想像にお任せします。
一日遅いけど、いい風呂の日ということで、洗いっこしてもらいました。
こんなことして、ゆかりさんがのぼせたり風邪引いたりしたら、真顔で看病するんでしょうね。




