７８ スティック菓子の日
「ゆかりさん、今日はスティック菓子の日らしいですよ」
そんなことを言いつつ、買ってきたスティック菓子の箱を差し出す。
ピンク色をした箱の「スティックちょこ・いちご」は、もっともメジャーな赤い箱のスティックちょこと並んで人気の味だった。
ゆかりさんが好きそう、という理由だけでその味を選んだわけではなかったが、結果として成功したようだ。
「わぁ！ この味、大好きなんです！ ありがとうございます」
「よかった。通常の味とどちらにしようか迷ったんですよ。これ、ちょっと食べづらいじゃないですか？」
いわゆる“つぶつぶいちご”というやつだ。なめらかなミルクチョコのスティックと比べて、女性には少し食べづらいかもしれない。しかもゲームをするならなおさら。
「そうですか？ 私は特にそんなこと思ったことないですけど」
「いえ、そうではなく。今日はスティック菓子の日なので……」
「あ、そっか！」
せっかくなのでチョコスティックゲームの話題を出そうと試みたが、どうやらその意図は伝わったようだ。
「だから今日はスーパーでもメイン商品のように扱っていたんですね！」
前言撤回。少しも伝わっていないようだった。
そう、彼女はこういう人だと知っていたのに、一体何を期待していたんだろう。
いや、期待は今でもしている。意図が伝わっていなかったとしても、説明をすれば良いだけだ。
「ゆかりさん、チョコスティックゲームって知ってますよね？」
もうこうなれば直球勝負だ。いくら鈍いことに定評のあるゆかりさんでもチョコスティックゲームくらいは知っているだろう。
「え？ チョコスティックゲーム？ あの伝説の、両端から食べるやつですか？」
「伝説……」
一体ゆかりさんの中ではチョコスティックゲームはどのような位置付けなのだろうか。いまさらチョコスティックゲームをちょっとしてみたかったなど、とてもではないが言いだせる雰囲気ではない。
「そうですね。伝説かどうかはわかりませんが、今日はスティック菓子の日として有名なので、そのゲームをする人たちも多いみたいですよ」
「へぇ！ でもわざわざ食べづらい食べ方するなんて。私は普通に味わいたいですね」
ゆかりさんにかかるとチョコスティックゲームは食べ方の一種という扱いになってしまうらしい。
過去にやったことがあるのかすごく……ものすごく気になるところだが、少なくとも恋愛が絡むイベントではなさそうだ。
しかも、箱を手に持って目を素直にキラキラさせてそんなことを言われたら、もう何も言えない。
「えーと、ゆかりさんのために買ってきたので、食べていいですよ」
「本当ですか！？ やったー！」
「その代わり、食べ終わったらキスさせてくださいね」
「……え？」
「いちご味、期待してますよ」
にっこりと笑ってみせれば、ゆかりさんの頬がいちごよりも赤く染まっていった。
◇ ◇ ◇
その翌年。
「～♪」
たまにちょっと音を外しながらも楽しそうなゆかりさんの鼻歌と、そこに混じるポリポリという咀嚼音。
「あれ、ゆかりさん何食べてるんですか？」
「スティックちょこですよ。今日はスティック菓子の日ですから！」
「へぇー」
「和樹さんも食べます？」
ゆかりさんはスティックちょこが数本入っている袋を僕に差し出してきた。
だから。
「じゃあ一本だけ……」
僕はうっそりと笑うと、袋に入っているスティックちょこではなく、ゆかりさんが口に咥えているスティックちょこを反対側から食べた。
「……っ！」
真っ赤になってガチリと固まってしまったゆかりさん。ああ可愛い。いつまでも素直で初々しくて本当に可愛い。
にっこり笑って、チョコレートのついてしまった唇をペロリと舐めて。
「ごちそうさまでした」
「ふぇっ……かっ……かかっ……和樹さんっ！？」
「ふふ、今度はゆかりさんをいただこうかなぁ？」
「はっ！？」
真っ赤なままぎょっとするとますます赤くなり涙目になってしまったゆかりさん。僕のために羞恥に染まる姿はとてつもなく可愛い。
楽しくて嬉しくて。
「くっ……あははっ……」
こらえきれず、思わず声を上げて笑った。
もうお分かりですよね。○ッキー＆○リッツの日をモチーフにいたしました。
このくらいならまだ、ほほえましくおさまるかなと。
だってこれ、やろうと思えばかなりエロティックな方向にも持っていけますからね。やらないけどさ。
これ、いつ誰が始めたんでしょうね。ちゃんとしたルールとか発祥とか、ネットでどこを探しても「うむむ」とか「そうか？」という感じでよくわからなくて。
少なくとも１９９５年の秋にはこれで黒歴史作った当時ＪＫの知人がいるので、その時点でそれなりに広まってたはずと思っているのですが、もしかしてその時これを知ってた知人がマイナーすぎる人だったのかしら？
ま、こういうナ○トスクープ案件はおいといて。
和樹さんって、毎年この日は手を変え品を変え、チョコレート味のゆかりさんの唇を狙ってそう。
そして「ゆかりさんの唇は本当に美味しいです。もっと食べてもいいですよね。返事は“イエス”か“はい”でお願いします」とか笑顔で圧をかけながらいけしゃあしゃあと言い放つ気がして仕方ありません。
