7 輝かしいものすべて(和樹視点)
アブラゼミが活発な昼間、照りつける太陽が土の小道を焼く。しかしそこまで暑さを感じないのは、湿度が低く、風があるからだろう。周囲を囲む向日葵たちがさわさわと揺れる。
その大輪の花を見つめ、石川和樹は目を細めた。
今年もなかなかよく咲いている。
一面の、とまではいかないが、それなりに広い向日葵畑は和樹のものだ。自宅から少し距離があることと多忙ゆえに、普段の管理は委託しているが。
それでもまとまった時間ができれば、それなりに足しげく様子を見に来ている。
今日は石川家の家族サービスデーだ。
義父と自分がそれぞれ運転した。義父は義母と、おばあちゃんとお話ししたいという子供らを乗せてくれた。
僕は最愛の妻と、義父母の愛犬と、みんなで拵えた弁当と。それから、僕には見えないけれど、わらしくんも。
すっかり背が高くなり、迷路のような向日葵畑で追いかけっこをする子供たち。様子を見る限り、わらしくんも一緒なのだろう。
向日葵の間を、手を繋いでのんびり散歩する義父母。
僕は義父母の白いモフモフ、もとい愛犬ブランの散歩をかって出た。向日葵畑を通りすぎ、緩い坂を登り、そばの木立に入る。ブランは生い茂る葉の合間からチラチラ零れる太陽の光を追いかけ続け、その先の原っぱに出ていく。リードを外してやれば全力ではしゃいで走り回っている。一通り疾走して気が済んだのか僕の元に戻ってきたので、お気に入りのボールやフリスビーを投げて一緒に遊んでやる。
小一時間遊んでやり、向日葵畑のほうへと戻る。
木立を抜けると、坂の上なので向日葵畑の全体が見える。太陽に照らされる黄色と緑が鮮やかで、目を細めて眺めた。
主人が立ち止まったことに気づいたのだろう、白い毛並みが和樹を振り返り、足元にすり寄ってきた。
「ブラン」
褒めるように名を呼べば、得意気なひと鳴きが返ってくる。しゃがんで小さな頭を撫でると黒い瞳が細められた。
近年の夏場のアスファルトでは肉球が火傷してしまうため、なかなか思うように散歩ができない。喫茶いしかわのテラス席を歩かせることはできるがやはり犬の散歩には狭く、ブランには我慢をさせがちになっていた。
しかし今日は話が別だ。一人と一匹の下に続くのは焼けたアスファルトではない。ほのかに湿った土の道だ。何も気にせず存分に歩ける。
首に巻いてもらった保冷剤も効果があったらしい。空色のハンカチで包まれたそれは見た目も涼やかだ。
様々な喜びが相まって、ブランの尻尾は今にもちぎれそうなほど振られている。
「そろそろ戻るか」
水分補給をきちんとすること。子供たちにそう常々言い聞かせている身としては、熱中症になるわけにはいかない。
ぐっと膝を押しながら立ち上がる。
前を向いたその時。
「かーずーきーさぁーーん! ブラーーンっ!」
弾けるような声が和樹の耳に届いた。
白いブラウスから伸びる細い腕。向日葵畑の向こう、少し小高くなった道の先で、今日の空の色と同化しそうな青いスカートがはためく。ブランに保冷剤を用意したのは彼女だ。
「ゆかりさーん!」
負けじと和樹も声を張る。嬉しそうに彼女が頬を緩めるのが見えた。
「おーひーるー!」
ランチボックスを掲げて笑う、その笑顔は太陽のように眩しい。
今日の昼食は、二人で作ったハムサンド。義父母が拵えた猫やキツネやウサギを模したおにぎり。みんなで相談して決めたおかずの数々。大容量の水筒には麦茶が冷えている。一回り小さい水筒には熱々のほうじ茶が入っている。
この花畑は彼女に捧げる花束だ。千本近くの花はとても一度には届けられない。街中の花屋を空にしてしまうし、部屋に詰め込めば花びらに埋もれてしまうだろう。
だから少しずつ、こうして毎年贈られていることに彼女は気づいているだろうか。
会えない日、和樹は種明かしの瞬間を想像する。
それだけで幼い子供のように心が弾んだ。
夏と向日葵と彼女。この世の輝かしいものすべてが今、目の前に揃っている。
己の為だけに誂えられたような素晴らしい眺め。ああ、言葉にならない何かがくちびるの隙間から零れてしまう。そんな自身に和樹は小さく笑った。
彼女の後ろからぴょこりと顔を出した子供たちがぶんぶんと手を振ってきたので、一度大きく振り返す。
ゆっくりまぶたを下ろしてから開き、瞳に映る全部を記憶に焼き付ける。そして「行くぞ」と愛犬に声をかけ、眩暈がしそうなその中へ向かい全力で駆け出した。
プレゼントする本数に意味を持たせる花は、バラが有名ですが、ひまわりにもそういうのがあるんですよね。
作中に出した999本は「何度生まれ変わっても貴方を愛す」です。花束で贈るのはさすがに無理なので、花畑を贈るという発想。
種はもちろん翌年のために一定数以上を確保しますが、それ以上はご近所さんにあげちゃってます。お庭に咲かせたいおばあちゃまとか、ハムスター飼ってるおともだちとか。