6 綺麗な星空を愛しいひとへ
今回は三人称で。
――06:00
早朝から百均グッズを手にウキウキと楽しそうに笑っている妻に、和樹は「何か悪巧みですか?」と声をかけた。
一瞬びくり、と肩を跳ねさせてくるりと振り向いたゆかりは「あら、おはようございます。和樹さん」と挨拶すると、にんまり笑ってから和樹の唇に人差し指を当ててジェスチャーで彼を黙らせた。
「うふふ。出来上がってからのお楽しみです」
それからはいくら探りを入れても、拝み倒して聞いてみても、「良い子で待っていたら和樹さんにもあげますから。待っていてくださいね」なんて言うばかり。
そんな風に言われてしまっては彼女の手元をちらちらと盗み見する以外に和樹に出来ることは何もない。台所でできることを探すと、朝食作りに使われた道具や食器が置かれた水切りカゴを見つけたので布巾で拭くことにした。
おもむろに取り出したかき氷シロップに、和樹はそういえばそろそろかき氷の季節だなぁくらいの感想は抱いたが、我が家に削氷器があるなんて聞いた覚えがないので何に使うのかと首をかしげた。
丸い製氷皿に湯で溶かしたとろみのある液体を流し込んで、ゆかりはまたウフフと笑う。
少し待ってから銀色の粒をばら蒔いてキッチンの端に寄せる。
かき氷シロップの蓋を開けたところで、盗み見する和樹の視線に気づいたゆかりは和樹の背中にぺたりと手をついて、ぷんすこと追い出しにかかる。
「もう、和樹さん、見ちゃダメ! ほら、朝ごはん用意しておきますから、子供たちを起こしてきてください!」
やれやれ、と肩をすくめて小さなため息をつくと、寝室へと足を向けた。
――16:00
ゆかりが出勤してから、子供たちと河川敷でキャッチボールをして。
お腹がぺこぺこだと笑う子供たちのリクエストに応えて作った麻婆茄子をみんなで食べて。
弾んだ声の「おかわり!」が嬉しくて、皆でつい食べすぎてしまった。
はりきって取り込んだ洗濯物をたたむところまでお手伝いをしっかりこなした子供たちは、エネルギー切れでお昼寝中だ。
今のうちに夕飯の下拵えでもするかと冷蔵庫を開けた和樹は、冷蔵庫の中に今朝の製氷皿が移動しているのに気がついた。
──ふむ、デザートの類い……夏も近いしゼリーかな。かき氷のシロップを使ってフレーバーをつければ見た目も華やかだし……。
新メニューのデザート開発か? それなら、何も和樹に秘密にする必要はないだろうに、なにを隠しているのやら。隠されると暴きたくなる衝動を堪えて、冷蔵庫の中のパプリカだけ取り出しドアをしめた。
「ただいまー! あっ! 和樹さん。冷蔵庫の中、見ちゃった!?」
「いいえ、製氷皿には気がつきましたけど触っていませんよ」
「あー、よかったぁ。お夕飯の後まで待ってくださいね。約束ですよ!」
ゆかりは一方的に約束すると、和樹の小指に自分の小指を絡めて「指切り!」と笑った。
いつまでも無邪気な反応をする妻だが、まあいつものことだと思って「はい、じゃあ約束ですね」と答えた。
――19:30
今日の食後のお楽しみは、冷蔵庫で半日眠っていた製氷皿の中身だ。
「お待たせしました! 渾身の逸品です!」
ブランデーグラスと爪楊枝、そして冷蔵庫から取り出した製氷皿とサイダー。
「御開帳!」
威勢の良い掛け声とは裏腹に、ゆかりはゆっくりと製氷皿の蓋を開いていく。
そこには鮮やかな蒼の球体が整然と並んでいた。
「おお」
「わぁっ」
和樹は思わずパチパチと拍手を贈る。子供たちも一泊遅れて拍手する。作り手のゆかりも満足そうである。
「ここからが難しいんですよ。上手く型から外せたら褒めてくださいね」
爪楊枝を片手に構えて丸い製氷皿のふちから空気を入れて、たこ焼きを反す要領で一つずつゼリーを取り出していくが、幾つか形を崩してしまい、その都度ゆかりが「ああっ!」だとか「ひゃあ!」だとか悲鳴を上げていちいち騒がしいのが何とも楽しい。
「できた!これにサイダーを注いで、完成です!」
ブランデーグラスに弾けるサイダー。浮かぶのはグラデーションのかかった紺碧の宇宙を閉じ込めたゼリーの星空。
「天の川ゼリーinソーダです。今日は、七夕ですからね。せっかくなので頑張ってみました。さ、召し上がってください」
スプーンを渡されて、目の前に供された手間隙かかったデザートと、ドヤ顔のゆかりを見比べる。
「ああ、これはきれいな星空ですね」
最高の賛辞に、彼女は莞爾と笑った。
七夕?いつの話……?
ま、まだ7月だし! 旧暦の七夕は終わってないから!
手間かかるし量産できないので、喫茶いしかわのメニューに載ることはありません。