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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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66-3 在庫問い合わせ先はお父さまです(後編)

 ひとしきりハグをしたあと、すすむくんのお母さんは立ち上がり、私に頭を下げた。ぺこり、反射的に私も会釈する。

「ありがとうございます。息子がご迷惑をおかけしました」

「いえ、お母様と再会できてよかったです」

「ちょっと目を離した隙にいなくなっていて……主人も私も慌てて探していました。息子と一緒にいてくださって、本当にありがとうございました」

 すすむくんのお母さんは、私に深々と頭を下げた。ワンちゃんのおやつを選んでいる間にすすむくんがいなくなってたら、それはもう驚いただろう。

 すすむくんを見つけた時の走りっぷりから推測するに、旦那さんと一緒に顔面蒼白で我が子を探していたはずだ。



「ゆかりさん!」

 すすむくんのお母さんがやってきた時と同じく、園芸コーナーへ続く連絡通路から今度は男性の声がした。

「和樹さん、進くんいました!」

 ゆかりさん、と呼ばれたすすむくんのお母さんが、連絡通路に向かってぶんぶん手を振っている。無事を知らせるためか、すすむくんを発見した時より大きくアクションしている。


 どれどれ、おしゃべりなすすむくんの父親のツラを拝んでやろう。

 ほんの好奇心だった。

 けれど私は、数秒後、己の浅はかな考えを呪った。


 連絡通路を振り返ると、とてつもないイケメンが、娘を背負い、当店でいちばん大きなサイズの買い物カートを押しながら走ってきた。

「おとうさん」

「え、あの人、すすむくんのお父さんなの?」

 突然のイケメン登場に私が挙動不審になっていると、すすむくんのお母さん『ゆかりさん』が、「うちの主人です」と補足してくれた。


「進! 勝手にいなくなったらダメだろ!」

 連絡通路を渡り切るなり、イケメンはすすむくんを叱った。

「おとうさん、ごめんね」

 シュンとしながら、すすむくんがイケメンに謝ると、イケメンはホッとしたのか大きく息を吐いてしゃがみ込んだ。そしてお母さんと同じく、すすむくんをキツく抱きしめた。

「和樹さん、こちらの店員さんが進くんと一緒にいてくださったんですよ」

「そうでしたか。本当にありがとうございます。息子がご迷惑をおかけしました」

 すすむくんのお父さんは、さっき聞いたばかりのお礼を私に伝えた。『ゆかりさん』と同じ言葉だ。すすむくんのことを心底心配していたからこそだろうけど、なんだか少し胸の奥がキューッと締まった。夫婦は似てくる、という迷信めいた話は真実なのかもしれない。


 すすむくんのお父さんは、近くで見れば見るほどイケメンだった。4Kにも耐えられる。モデルのようなすらりとした長身に、清潔感のある真っ白なシャツが良く映える。紺色のテーパードパンツにスニーカーというシンプルなファッションが、余計に素材を引き立たせている。

(まぶしい……)

 実際には、イケメンが発光しているわけでも、頭髪から自然のフラッシュが焚かれているわけでもない。イケメンという存在が眩しいのだ。


 そして驚いたことに、すすむくんのお父さんは、すすむくんにそっくりだった。「クローンかな」と、つい疑ってしまいたくなるレベルで、すすむくんはお父さんのミニチュアだ。

 おそらく十五年後には、すすむくんはこの完成予想図(お父さん)とますます瓜二つになるのだろう。……履歴書をアイドル事務所に勝手に送りたい。


「おとうさんたちがずっと、ぶらんのおやつみてるから、ぼく、あきた。さきにたね、かいにきた」

「ペット売り場に時間をかけ過ぎたことは悪かったよ。でも、勝手にいなくなることはもっとダメだ。お父さんもお母さんも、すごく心配したんだぞ」

 このイケメンと『ゆかりさん』は、いったいどこで知り合ったのだろう。後学のため、お話を聞かせてほしい。

「たねさがしてたら、このおねえさんが、いっしょにさがしてくれた」

「そうか。親切にしてもらってよかったな。でも、勝手にいなくならないこと。店員さん、本当にありがとうございました」

 イケメンは意外としつこいらしい。すすむくんに釘をガンガン刺す。すすむくんはそんなお父さんに慣れっこのようで、特に気にすることもなく、お父さんを無視して自分のペースで話を続ける。


「おねえさんがいっしょにさがしてくれたけど、ぼくのほしいたね、なかった、うりきれ」

「え? 売り切れ? このお店、品揃え豊富なのに珍しいね」

 『ゆかりさん』が首を傾げる。首を傾げたときの角度が、すすむくんとそっくりだった。完全なる父親似かと思ったすすむくんだけれど、間違いなく『ゆかりさん』はすすむくんのお母さんで、イケメンのお嫁さんをしていて。すすむくんは二人の愛の結晶なのだ。


「何の種が欲しかったの?」

 すすむくんのお母さんが訊ねる。

 あ、この展開はあまりよろしくないやつだ。

 本能的に感じ取った私は、大慌てでこの場を立ち去ろうとしたけれど、時既に遅し。

「あかちゃんのたねがほしい!」

 すすむくんがよく響くソプラノで叫んだ。そこそこのボリュームだ。園芸コーナーの端で剪定作業をしていたスタッフが、誤って売り物の枝を切り落としたくらいに。


「進くんっ」

 狼狽えるゆかりさんと、目を見開いているイケメンに構わず、すすむくんは話を続ける。

「あかちゃんのたね、ぷらんたーでそだてたら『きょうだい』できる。えほんでみた」

 すすむくんの心温まるピュアな発想は、絵本由来ということが判明した。

「でも、おみせのおねえさんが、あかちゃんのたね、さがせない、っていってた。うりきれなのかなぁ」

 すすむくんがすべてを暴露し、私は些か居たたまれない気持ちになった。


 どうやらその感情は、とおるくんの両親も共有しているようで、わかりやすく動揺した『ゆかりさん』と、頭を抱えたイケメン、みんなして園芸コーナーでまごつく不思議な絵面が爆誕した。

「おとうさん、あかちゃんのたね、どこでうってるの?」

 絵本では、やさしい魔女の種屋さんで売られていたそうだ。すすむくんの純粋無垢な瞳がイケメンに襲いかかる。

「すーぱー?」

 残念ながらスーパーにも売っていない。

 ホームセンターで買わなくても赤ちゃんの種は、キミのお父さんが持ってるよ。

 一介のホームセンター店員である私には、そんな真実は告げることはできない。



「おとうさん、なんでもすきなたね、かってくれるっていった!」

「今日は中止。家庭菜園はまた後日仕切り直しだ」

「やだ! あかちゃんのたね! ほしい!」

「買わなくてもあるから! 僕が持ってるから!」

「えぇっ! もってるの? おとうさん、あかちゃんのたね、どこにあるの?」

 連絡通路で、イケメンがすすむくんとやり合っている。微妙に際どい返答をしても、やはりイケメンの顔は国宝級に整っていた。


 赤ちゃんの種がどこで売られているのか気になって仕方がないすすむくんは、イケメンのお父さんに米俵みたいに肩に担がれ、園芸コーナーを退場していく。右手にすすむくん、左手に特大買い物カート。細身の優男みたいなスタイルのイケメンだけれど、力はあるみたいだ。たくましい。

「お騒がせしてすみません。それと、息子の相手をしてくださって、本当にありがとうございました!」

 ほんのり頬が赤い『ゆかりさん』が私にもう一度頭を下げ、娘さんの手を引きながら小走りですすむくんとイケメンの後を追った。

 

 

 家庭菜園用の苗を買い損ねたすすむくん一家は、翌週の日曜日、今度は正真正銘夏野菜の苗を買い求め、家族揃ってまた来店した。

 すすむくんは、『赤ちゃんの種』の代わりにお父さんから、小さなバジルの苗を買ってもらっていた。


 バジルの育苗ポットを大事そうに小さな両手で抱えたすすむくんは、ご満悦で店を後にした。


 とんでもない爆弾発言をかましてくれた進くん。数年後の黒歴史になってなきゃいいねぇ。

 ちなみに一言も発していない真弓ちゃん。実は迷子のとばっちりで不機嫌だったりして……(苦笑)


 進くんのバジルは、育てやすく料理に使いやすい、ということで、その後の石川家の食卓を豊かにしてくれております。

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[一言] 息子に問い詰められ焦るイケメンに爆笑した。
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