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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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66-1 在庫問い合わせ先はお父さまです(前編)

 今回は、ホームセンター店員のお姉さん視点です。

 郊外の大型ホームセンターは賑わう。

 品揃えの豊富さから平日もお客様はたくさんいらっしゃるけれど、休日になればまた少し客層に変化が見られる。


 当店でいちばん大きなステンレス製買い物カートいっぱいに、洗濯洗剤やトイレットペーパーなどの日用品、お買い得価格で箱売りしているミネラルウォーターを放り込んでいる中年ご夫婦や、DIYの必需品・工具類、「貼るだけ! 剥がす時も簡単!」が謳い文句のオシャレな壁紙を、あれこれ相談したり、時には盛大に揉めながら選んでいる新婚夫婦。

 リア充爆は……じゃなかった、末長くお幸せに!


 そして足を踏み入れる前に『見るだけ』をお子様と徹底していざ行かん! なご家族。

 ペットフードやおもちゃがずらりと並ぶ棚に見向きもせず、お子様がダッシュするのはペット売り場の生体販売コーナー。

 カラフルな観賞魚から、ハムスター、モルモット、うさぎ、小鳥などの小動物。それからペットコーナーのエース・子犬と子猫。

 テンション爆上がりで「かわいい」を連呼したあと、だいたいのお子様は「飼いたい」に移行する。ご両親はケージの前から動かなくなったお子様を説得したり、時には怒鳴ったり。

 応戦するお子様も大の字で床に寝転がったり……。


 家族連れのおかげで、土日祝日の当店は、さらに大盛況なのだ。


 

 さて、たくさんの皆様からご贔屓にしていただいている当店なのに、私の給料は増える気配がない……いや、その件については今は置いておこう。

 賑わっている当店だからこそ、困った問題も起きるのだ。

 その事案は、平日より家族連れが多い週末に発生する率がグンと上がる。

 迷子だ。


 幼児から小学校低学年くらいのお子様の迷子率は圧倒的に多い。ホームセンターにはいろんな物を売っているから、興味の赴くまま気の向くまま眺めていたら、お父さんお母さんとはぐれちゃうよね。気持ちは分かるよ。


 断言しよう。店内で『この世の終わり』みたいな表情を浮かべた一人歩きのお子様は、ほぼ百パーセントの確率で迷子だ。

 迷子に限らず、一人歩きのお子様には声をかけること。

 当店のマニュアルに記載されているとおり、私は一人歩きのお子様とエンカウントするたびに声をかけ、そばに保護者がいれば大事なお子様を引き渡し「店内でのお子様の一人歩きは、危ないのでご遠慮ください」とやんわり注意して回り、どこからどう見ても『野生の迷子』を捕獲してしまった時には、学生時代、放送部で培ったスキルと美声を生かし、店内放送で迷子のお呼び出しをする。


 本日の迷子はゼロだといいな。

 親御さんとはぐれ、心細さから泣いてしまうお子様と一緒にお迎えを待つ時間は、正直心地の良いものではない。誰もが不安な思いをすることなく、当店で楽しくお買い物をしていただく。私の願いはそれにつきる。(あと給料上げてくれ)


「……ん?」

 そんな私のささやかな願いを、午前中から早々に砕く予感しかない『もの』と遭遇した。店内奥、ペット売り場から飛び出してきた三歳か四歳くらいの男の子だ。キョロキョロと店内を見回し、何かを探している。

 男の子が店舗敷地内の連絡通路を渡って屋外の園芸コーナーに向かおうとしたところで、私は慌てて声をかけた。


「ちょっと待って、そこの僕っ!」

「? ……ぼく?」

 幼いながら俊敏な動きで走り出したキッズに驚いたけれど、何とか声をひっくり返しながら呼びかけると、連絡通路の冷たいコンクリート製廊下の真ん中で男の子は急ブレーキをかけた。

「そう、キミだよ。どうしたの? 何か探してるの?」

 さてはキミ、迷子だな。

 決めつけるのは良くない。第一声で、この言葉はぜったいNGだ。幼児にもプライドがある。今後の保護者捜索で、有益な情報(自分の名前や年齢、保護者の名前)を提供してもらうためには、迷子キッズとは良好な関係を築いておきたい。


「……」

 男の子は無言のまま、垂れ目がちの大きな瞳で、私の顔をガン見している。

「えっと……聞こえなかった……かな。キミ、何か探してるものがあるの?」

 穏やかにもう一度訊ねても、男の子は訝しそうな表情で私を見つめるだけだ。

「……おねえさん、だれ? しらないひととは、おしゃべりしちゃいけないんだよ? おとうさんがいってた」

 キミが訝しそうに私を見つめてた理由が分かったよ。キミにとっては私は『知らないお姉さん』だもんね。


「おねえさん、ゆうかい?」

「えっ! ちがうよ! お姉さんはね、このホームセンターのお店の人だよ!」

 男の子にあらぬ嫌疑をかけられ、私は秒で否定した。

「おねえさん、おみせのひとなの?」

「そうだよ。だから、怪しい者じゃないんだよ?」

 首から下げていた顔写真入り社員証を見せると、理解したのかしていないのか、男の子が満面の笑みを浮かべ、私も安堵した。

 出会ったばかりの迷子キッズ(推定)から、誘拐犯に仕立て上げられなくてよかった。私が求めているのは、おまわりさんではなくて、この子のお父さんだ。


「ぼくね、まえに、まいごになって、しらないひととたくさんおしゃべりしてたら、おとうさんにおこられた」

 男の子は迷子『前科持ち』らしい。そりゃ迷子になった挙句、知らない人と仲良くおしゃべりしていたらお父さんも怒ると思うよ。キミのことを大事に思っているから、こそ。

「おかあさんにも、『いけません!』ってされた」

「古風な叱り方をするお母さんなんだね」

「こぶ?」

「こぶじゃなくて、古風。うーん……なんて説明すればいいかな……昔ながらの方法、って感じかな」

「おかあさん、むかしのひとじゃないよ? おとうさんのほうが、としうえだよ?」

 男の子が、家庭の情報を教えてくれた。


 彼の父親が叱りたくなる気持ちがよく分かった。このキッズはよく喋る。最初こそ私を誘拐犯だと思って警戒していたけれど、元来きっと、この子は『おしゃべり』なんだ。物怖じせずおしゃべりに励むキッズの親は、いったいどのくらいおしゃべりなんだろう。親の顔が見てみたい。

「ところで、キミのお父さんとお母さんはどこにいるのかな?」

「……? う?」

 きょとん。男の子が首を傾げる。おっと、これは手強いか? 


「今日、ホームセンターには、誰と来たのかな?」

「おとうさんと、おかあさん」

 質問を変えたことが功を奏したのか、男の子はちゃんと保護者と来店していたことが確定した。コンクリート製の通路にしゃがみ、男の子と目線を合わせて質問を続ける。

「キミのお父さんとお母さんは、お店のどこでお買い物してたか分かる?」

 ペット売り場付近から飛び出してきたから、おそらくはその周辺のはず……淡い期待を抱きつつ男の子の答えを待っていると、

「いぬのところでね、ぶらんのね、おやつえらんでた」

 ビンゴ。彼の両親はペット売り場だ。

「ぶらんはね、ぼくのいえのいぬだったの。でもいまは、おじいちゃんちのいぬ。おねえちゃんは、ぶらんのおやつじゃなくておさかなさんとうさぎさんみてる。」

 ペットの名前から家族構成から、丁寧に教えてくれるお子様に思わず唸った。


「おとうさんとおかあさんは、ぶらんのじゃーきーみてた。いつもはほねがむだけど、こんど、ちゅうしゃいくから、じゃーきー」

 キミの家では、動物病院のご褒美としておやつを奮発するんだね。注射イヤだもんね。

「じゃあ、キミのお父さんとお母さんは、ペット売り場にいるんだね?」

 よく喋るキッズのペースに飲まれてはいけない。一人歩きのお子様を迅速に保護者の元へ帰したい。

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