Look at me.
絶対に殺してやると言われた。その言葉を鵜吞みにして、楽しみにしていた。
飽きたと言っただけだった。別に愛とか恋に本気になるつもりなんて、一切なかった。人間観察の延長戦、暇つぶしと欲求の発散。本当にそれくらいのものだった。
小さいころ、家に帰ると両親は毎日ずっと言い争っていた。自分にとってそれはテストの点数より、友達と遊んだゲームの話より、どうしようもなくしょうもない話だった。離婚した後、父についていった俺は思った。誰もその人のことなんて見ていない、興味はない。自分のことばかりだ。
俺が自由に自分勝手に生きたってそうしなくたって、人間は変わらない。
遊びだった。一方的な別れを切り出すその時さえもそうだった。ただ、彼女は俺に理由を聞いた。気持ちを聞いた、感情を聞いた。自分の話をする前に、反論をする前に、声をあげるより先に、俺に俺のことを問いかけた。
腹が立った。今までの女とは違ったから、心の深いところが耐えられなかった。その違いを直視できなかった。だから、素直というにはあまりにも残酷で、正直と言っては現実味のない話を、心の中のことを話した。
彼女のことなんて、見ていなかったと言い切った。
それはきっと今思えば、彼女にとって途轍もなく惨い事実だっただろう。半年の間の時間のすべてが偽りで、重ね合った体温も重なっていく態度ですら俺にとってはどうでもよかったことはきっと、耐えきれないほど苦しかっただろう。
それでも俺は笑っていた。清々していた、これが正しいのだと自分を信じられた。
他人を想うことは、間違いだと証明したつもりになった。
だからこそ、殺してやると彼女は言ったのだろう。憎たらしい俺への抵抗として。
別れたくないとは言わなかった。嫌いだとも言わなかった。静かに、いつか絶対に殺してやると、そう彼女は言って出て行った。
それから3年、連絡は一度もない。
楽しみにしていた。その人生を俺のために投げて、俺のために行動して、俺のことを考えてくれることが、本当は俺が求めていたことだったから。知らなかった、本当は自分が聞いてほしかっただけなんて情けない。馬鹿な女だと蔑んでおきながら、俺も馬鹿になりたがっていた。何も考えず、自分を曝け出したかった。
静かな彼女は、今までの女と違って口数の少ない彼女は、もしかしたら俺が話すのを待っていたのかもしれないと思ってしまった。だからこそあの日、あんなに嬉しそうに俺の方を向いて耳を傾けていたのだと。だから、だからあんなに物騒なことを、俺を睨みつけて涙を浮かべて、唇をかみしめて……。
もう、限界だった。楽しみがやってこないでこれから先、もう耐えられる気がしない。
「あんたの話なんて、興味ないのよ」
俺は、母の言葉に呪われている。この3年で、それを受け止めた。今も耳の奥で反芻するそれを断ち切る瞬間を逃した俺は、ずっと耐えている。それなのにどうして、まだ来ない。
いつ。いつになったら。いつになったら俺を殺しに来るんだ。
奇跡的に連絡先の残っていた彼女の友人に連絡して、彼女の居場所を聞く。今は大学を中退して、親戚の家にお世話になっているらしい。真面目だった彼女が中退した訳は体調不良だと、その友人は言った。
心臓が狂っていく。
背筋に後悔を感じながら、俺はその日すぐにそこを訪ねた。その家に彼女はいなかった。
「1年前から行方不明で……」
「へ?」
殺してやるって、絶対に殺してやるって言ったくせに。この地獄から先におさらばか、おいていくのか。あれからどんなものでも誤魔化せなくなったこの心の隙間を、母の呪いを、これを裁てるのはもう。
帰り際、最寄り駅で、なんだか俺はようやく馬鹿になって、白線の向こうに足を少しだけ出して、それでも死ねないで、踏み出せない。だから仕方なく視線も気にしないで咽び泣いて。
電車の音が聞こえてきて、ふと背後で声が聞こえた。
「愛してる」
足が、滑って。
「そんな顔されたんじゃ、情けなくって。私の好きなあなたのためにこうするしかないじゃない」
呆気なく飛び散った可哀そうな君、徐々に大きくなっていく喧騒。
この先のことなんて何も考えないままに、崩れ落ちた。
「ねぇ、アナタって最期まで自分のことしか考えていないのね」
一度も、こっちを向いてなんてくれなかった。
30分でどたばたと書きました。お久しぶりです生きてます。
誰かにすら届かない話です。ほかのものと少しテイストが違いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
誰か1人くらいは揺るがせられる人でいたいですね。