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恋愛短編集:君に届く歌が歌えない。  作者: 甘宮るい
貴方のことを考えるほど僕は。
4/18

××してはいけない



 昨日にとっての明後日を、こうして迎えることの実感が僕にはまだなかった。

 構ってほしさに窶れたフリをした。毎日、アルコールとカフェインを異常に摂取した。元々、問題児だった僕だったから両親は気にもしていないようだった。元々、いじられ役の変な僕だったから友人は別段おかしいと思わなかったようだった。

 あの日、踏み出そうとした一歩のことを彼女以外の誰も止めなかった。


「ねぇ何してるの」

 彼女は僕に声をかけた。田舎の踏切で、その遮断機を潜ろうとしていた。彼女は、もう耐えきれなくなった僕のYシャツの裾を引っ張った。何も答えないで固まっている僕を彼女はそのまま引っ張って、自分の叔母のパン屋さんまで連れて行った。どうしていいかわからなくなった僕は、彼女と僕の分のサンドイッチを買った。

 遺書も準備して仕事も辞めて貯金の9割を使い切った僕は、それから彼女とサンドイッチを公園で食べた。

「おじさん、これから私の暇つぶしにたまに付き合ってよ」

「おじさんって歳じゃないよ。たまに?」

「週に1度とか2度でいいからさ」

 変な約束をした僕は、彼女と電話番号を交換して帰宅した。

 帰ると遺書を読んだらしい母のおかえりとごめんなさいを聞いた。別に謝られることもないのに、けれどそういえば酷いことを遺書に書いたなと思って何となく僕も謝った。


 彼女の勧めで変な友人とは縁を切った。両親に頭を下げて、実家の近くで一人暮らしを始めた。普通の就職は、まだできる気がしなくて近くのコンビニでバイトを始めた。

 彼女とは何度も会った。彼女の課題を見たり、彼女とカフェで雑談をしたりした。彼女の実家は裕福なようで、彼女の財布には札束が入っていた。彼女は僕を雇っているつもりなのだと、これはおじさんのバイトだよと言って、会う度の費用は無理やり出してくれた。払おうとすると倍の金額を渡そうとするので、諦めた。いつか返そうと、メモをするようになった。

 約束にも時間にもルーズな僕は、彼女との約束だけは一度も破らなかった。


 彼女と出会って数ヵ月が経ったある日、彼女の両親は離婚しており母親に引き取られてこの街にやってきたことを知った。転校して学校に馴染めなかった彼女は学校でいじめられているとも聞いた。そして彼女が、実は高校生ではなく中学生であることも聞いた。

 28歳と中学生が、2人きりでなんて知ったら彼女の母親はどう思うだろう。高校生と聞いていても、このことでは何度か悩んだのにどうしても彼女がいいと言うから流されていた。けれど、中学生となれば話は別になる。

 もう会うのを辞めようと言うと、それは困ると彼女は財布に入っていたすべての札束を渡してきた。そのまま、また明日と言って走り去った。

 僕は、息を吸って物を考えるこの体で何をすべきか考えた。考えて、出会った時のパン屋に行こうと思いついた。何とか辿り着いて、店主のおばあさんに説明してお金を返した。もちろん、今度会った時に返すという手もあったがその時の僕はその日のうちに返したいと思った。

 僕は、彼女との関係も時間もお金として代えたくなかった。

 おばあさんは、酷く驚いた。話を続けると何かをわかったような顔をして、僕にありがとうと言った。


 その翌日、彼女は待ち合わせの場所に来なかった。どうにも晴れない気分をどうにかしたくて、6駅離れた繁華街へ向かった。彼女はいないと知っていても彼女のことがずっとずっと、気になって彼女を探して、彼女と似た背格好の少女に気を取られて躓いてしまう有様だった。

 どんどん惨めになってきた僕が家に帰ろうと駅に向かっている途中、彼女を見つけた。それは19時前の日が沈んだ頃で、彼女は僕の一回りも歳を取っているような男性に腕を絡めて、そしてラブホテル街へ進んでいった。

 

 数日後、僕はどうしようもなくなって彼女のおばあさんを訪ねた。パン屋は定休日だった。彼女の母親が、彼女にそれをさせているのだと聞いた。彼女は3割をお小遣いとして受け取って、その7割は母親が食いつぶしているのだと。


 それから、僕は彼女に会うことはなかった。連絡もできなかった。

 

 彼女が僕と居る間に聞いた、愛のことも夢のことも、僕の中に残った彼女への××も伝えたい××という言葉も、僕はどうにもできない。僕は彼女と過ごした時間をどうにもできない。かといって死ぬこともできない。

 どうして僕はこんなにも自由に生きているのだろう。

 彼女を××してはいけない。彼女への想いは伝わらない。

 彼女を苦しめることになる、僕の想いは伝えてはいけない。

 彼女に救われたからこそ、絶対に僕は××してはいけない。

 年齢の壁のその先の、酷い現実は僕をずっと苦しめた。それなのに、息を吸う度に彼女に救われる。彼女に、生きてと言われてしまう。

 彼女と過ごした時間を繰り返したいとさえ思う。彼女にもらったものを、あの小さな体で僕にくれた優しさを、彼女も知らない愛情を、僕はどこにも捨てられない。

  

 僕が彼女にできることはない。僕が彼女を止めることはできない。僕が彼女を××することが許されないように。


お久しぶりです、生きてます。

か、感想をください。読んでます。


愛してはいけない、貴方のことを考えるほど僕は。

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