知らない物の入った愛情を温めている。
このままじゃ不味いなと思ったのは、家事の分担が歪み始めたときだった。
高校時代から付き合っている彼女と同棲を初めて半年、共働き故にうまく分担できていた家事の割合が俺の仕事が繁忙期に差し掛かったのと同じころに彼女の方に傾いた。やるつもりだったものが終わっていることが増えた。
食卓には自分の好物が並ぶ。2人の時間はもはやここくらいにしかなくて、だからこそだとはわかっていた。
少ししゅんとした彼女は俺が普段好きな油物を並べる。野菜は少なめな食卓。これを今は忙しいからと突っ返すことはできない。
できるわけもなかった。
仕事にずっと意識を引っ張られるのは社会人として仕方のないことだと思う。共働き同士の同棲においての家事なんてようはできる方がやればいいのだ。水回りの掃除はお億劫だろうし俺がやるよ。料理だってたまには交代しよう。そんなに、そんなに頑張らなくてもいい。
いい。
納期に追われ、休日出勤が増え、残業はもはや毎日になっていった。
唯一残った二人の時間で僕はついに彼女の唐揚げを吐いた。
温かみのある電球、一緒に選んだ食器、彼女のお気に入りのローテーブル、共通の友人からもらった淡い緑色のクッションが2つ、右手にあるお揃いのお箸。
料理はそのひとの愛情だと思う。愛情だと思うから、吐いてしまったときどんな顔をしていいかわからなくなった。
彼女はその作ってくれた食事を、表情を崩さないままに片付けてしまった。
季節が進んで、春になった。新年度に移り、仕事もまぁあの冬よりは落ち着いた。彼女の仕事には繁忙期がないらしく、そういえばそこまで忙しそうにしているところは見えなかった。家事の分担は元の配分に戻っていた。
「久しぶりに帰る時間が重なったよね」
「確かに、住み始めた最初は合わせてたけどお互い普通に定時上がりすると2本くらいズレる」
「私、実はカフェでちょっとのんびりしてから帰ってたよその時」
「薄々気づいてたけど、だいぶずれてるな。俺の方は駅から距離あるから」
「ちょっと歩くよね」
「近い方なんだろうけどなぁ」
スーパーの騒音も2人で居れば悪くない。でもまだずっとあの夜の食卓のことを引きずっている。
「今日は私が作る日だけど、何が食べたい? 冷凍食品とかなら家にいっぱいある」
「あー、このハンバーグの冷食好きだったなぁ。母さんが土日の部活帰りに出してくれた」
「夜ご飯とは別?」
「そう。普通にお腹すいて」
「学生の時っていまより食欲あったよね、あの時好きだった食べ物のイメージと最近はちょっと違う気がする。この前、一緒に駅前の新しいとこ行ったじゃん?」
「飲み屋?」
「そう、串のとこ」
「美味しかったよな」
「うん、でもあの時も案外さっぱりしたのも食べるんだなって思った」
あの時は仕事がまだバタついて余裕がなかったからだとは言えない。普段はもちろんガツンとしたものが好きだ。
「お前は高校の時から割と好み変わってないよな」
「うーん、確かにそこまで変わってないかも。ちょっと好きなものが増えたくらいかなぁ」
変わらない少し下から俺を見上げて、笑ってそう返す。彼女のこういう仕草を見ては、安心する。
その後も、他愛ない話をしながら買い物をしてそのまま家に帰った。
二人とも木曜日はなんだかやる気にならない。きっと俺は浴槽の掃除をサボるためだけにシャワーで済ませるし、彼女も夕食は簡単なものにするだろう。
クッションに座ってぼぅっとしていると電子レンジの音が鳴った。
コップを出して、箸を並べる。ふと、あの日の食卓のことを思い出した。
料理は愛情です。
のんびり片手間に進めてきた短編もかなり増えてきました。どこかでまとめて形にしたいな。