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恋愛短編集:君に届く歌が歌えない。  作者: 甘宮るい
僕らはずっと先延ばしにしていく
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先延ばしにしている。




 大学卒業間近、ほぼ同じ時期に将来が真っ暗になった僕たちは自然と傷口を庇いあうような少し不純な仲になった。

 人に言えないような関係ではなかった。でも、人に言えるような関係でもなかった。


 大学卒業後、就職活動に失敗した僕は何とか地元の両親との話し合いの結論を誤魔化し、地元から遠く離れた大学付近のマンションでの生活を継続している。大学入学後から続けていたカラオケでのバイトを深夜に入れて、小学生の下校が騒がしくなる時間からカラオケのバイトが始まるまではコンビニで働いていた。

 同学年でも1つ年上の由衣さんは、僕が希望就職先の4ヵ所すべてに二次面接で落ちてお祈りメールに絶望していた頃、僕には言えない何かがあって学校に来なくなった。サークルのロッカーに私物を取りに来た彼女と鉢合わせ、立ち話から最寄り駅の飲み屋でお互いに泥酔しそのまま意気投合。

 彼女は大学をなぜか中退、僕は大学を卒業。由衣さんのお願いを断らなかった結果、日曜日の夜に彼女は必ず僕のアパートに来る。そして2日程、一緒に過ごして帰っていく。

 他の日に何をしているかは知らない。


「コンビニのお惣菜より手作りがいいよね。お酒が進むなぁ~」

 僕の部屋の少し散らかったままのソファーでだらしなくバスタオルを首にかけたままの由衣さんが、僕の方を見てそう言う。

「はいはい、それはよかったですよ。次、何飲みます?」

「うーん……いったんお茶?」

 お酒を飲んだ由衣さんは、素面の時よりずっと表情が豊かだ。心配も不安も何もかもどうでもいいみたいな顔で、自傷気味に笑う。そういうところが、放っておけない。

「今日はペース早かったですからね。はい、どうぞ」

 気づいたら拠り所になっていた僕は、これを悪くないと思っている。

「ハルって好きな人いる?」

「え、いや、いないですよ。こんなダメ男が恋愛なんてできるわけないじゃないですか」

 声が震えていなかったか不安になる。由衣さんの質問一つで僕の心臓は壊れてしまいそうなほど主張していた。いつもこんな話はしない。ついさっきまで、いつも通りだったのにどうして。

「なら丁度いいや、昨日さ昔の友達と再開してさぁ飲みに行ったらそのまま告白されて」

 巻き戻しボタンを押させてほしい。このまま進めたら、きっともうここには来なくなってしまう。

「聞いてる? 固まるほど意外だった~?」

「い、意外っていうか、その……ちょっとびっくりしただけですよ」

「そう?」

「はい」

 驚いただけだ。都合の良い友人、タイミングが合って意気投合した、僕は面倒見のいい年下の男。ただ、懐いていて下心が無くて……。

「大学のときの私ってさ、なんかいけそうって感じで軽く告白されて、私も断れないって言うかどうしていいかわかんないから半年くらい付き合って、別れてさ。そういう、そういうのを繰り返してたんだぁ。本音でなんて話したことなくて」

「そういうイメージなかったですけど」

「ハルはそもそもあんまり打ち上げで残ったり、交流会とかに参加したりしてなかったでしょ? 知らなくて当然だよ、別にひけらかしてもなかったし」

 僕は、この人のことを何も知らない。何も知らないから、こんな距離感で居ることを許されているのだと思う。

「そんな私がさぁ、ちゃんとしなきゃっていうか? ちょっと切り替えて、ちゃんと告白を断るようにしたんだよね。えらすぎ」

「普通は、そうするんじゃないですか?」

「普通ができないから、こんなことになってんでしょ人生」

「そういえばそうでした。僕も、由衣さんも」

「まぁ、断って恨まれたりめんどくさくなるのは今でも嫌なんだ。だから恋愛的な意味で好きになってほしくなんてない。それは私の幸せじゃないし、押し付けられてただただしんどい。でもさ、再開した昔の男友達がそんなの知るわけなくて、っていうか誰も察してなんてくれなくて。普通に、普通の感じで、告白された。付き合ってくれ、好きだ~って」

「どう、返したんですか?」

「断った。ちゃんと付き合えないって」

「そしたら相手は……?」

「怒鳴られちゃった。ずっと好きだったって。今、好きな人が私に居ないなら付き合ってくれたっていいだろって、さ」

「逆ギレですか」

「しかも街中で。あり得ないよね、ほんと。でもちゃんとごめんって言って言って言いまくってそのまま逃げたんだけどさ、ふと思ったんだよね」

「何を……?」

「そんな神妙な顔つきで首傾げないでよ、ふあはは……笑えてきた」

「真面目に聞いてるんです僕」

「そうだね、ハルは真面目だもんね。でも、この世のほとんどの人間は真面目じゃない。自分のことしか考えないクズだらけ。だから相手のほんの一部しか知らない癖に好きになる。好きになって、押し付ける」

 今まで見たことのない顔で、彼女はそう言う。僕がどう思っているか知らないはずなのに、僕がどう思っているか透いて見えているかのように。

「ごめんって断って、怒鳴られて、私思ったんだ。ありがとうって言われたことないなって。せっかくちゃんと答えたのに、ちゃんと返答したことには変わりないのに、相手の望む答えじゃなかったら怒鳴るなんて、なんて子供なんだろうって……。でもそれってそんな珍しいことじゃないんだろうな。思わせぶりな態度だったって解釈されたり、勝手に好きになった癖に……」

「……まぁ、僕は色恋の経験なんてほとんどないのでわからないですけど、確かに自分勝手かもしれないですね」

「ふふ、そこ嘘でも共感したフリしないの?」

「しません、そういうの好きじゃないでしょう?」

「当たってる」

「こんなでも、もう1年にはなりますからね」

「優秀じゃん」

「褒めてもらえて光栄です。そこまで嬉しくないですけど」

「なのに光栄なんだ?」

「はい、光栄です」

「あーあ、これから生きていって何度こんな目に合うんだろーなぁ……。恋愛的に好きって思われることは一応、いいことには分類されるよ? 嫌われることと比べて、そっちに分類される。でも気持ちを押し付けて逆ギレって、そこまでされるともう嫌われるのと同じくらいやだ~」

「嫌われるのより、とはならないんですね」

「ん? だって嫌われるのは嫌でしょ?」

 そういうところです、なんて言えない。

「ハルはこんなに一緒に居てもそういう風にしてこないから、すき!」

「僕はもっと女性らしい人がタイプですからね」

 この人が、僕は誰より好きだから絶対に好きにはならない。否定しない。傷つけない。嫌がることをしない。でも、変に同情もしない。ただ、ここにいる。

「ハルがこのまま誰のことも好きにならないでいてくれたら、ずっとこうやってお酒飲めるのになぁ」

 残酷だ。きっとこの人はこう言いながらいつか、頼れてこの人さえ振り回してしまえるような人と添い遂げるんだろう。結局、寂しがり屋で不安症な人だから……。

 その時、僕は盛大に祝うんだ。この人の、幸せを。

 まだ先でよかったと思う僕の心臓は、ずっとずっと冷え切っていて。あるのかさえわからないほど、静かだった。

「来週は久しぶりに外で飲む?」

「金欠なんで給料日の後にしてください」

「え~、仕方ないなあ」

 僕がこの人と幸せになれなくても、僕がこの人と居て幸せな時間の終わりを先延ばしにしている。僕はこの人が言う、自己中心的なクズに含まれる人間だから。

 だから、どうなっても嫌われない。都合の良い男友達で居る。言わなければ、ずっと好きでいられる。傷つけなければ、この人は離れていくような人じゃない。


 だから、ずっと先延ばしにしていく。


好きだと言う資格を持てない人間と他人の大きな感情が自分に向けられることに耐えられない人間の話。


ずっとオフラインで長編を書いていたので、リハビリがてら書きました。

1時間以内に縛ると、こういう偏ったものになりますね。


「好き」という感情の解像度が世界でもっと高くなればいいのに。

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