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恋愛短編集:君に届く歌が歌えない。  作者: 甘宮るい
そうだったんだね、君はそんなことも自分で決められないんだね。
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そんな薄っぺらい気持ちは、例え好きって名前でもいらない





 アイドルになった理由は単純で、不純だった。

 いじめを理由に学校を退学した。急に幼馴染を含むグループにいじめられるようになった。理解ができなかった。わけがわからなかった。

 想像ができなかった。

 ある日、いつもよりもっと変な表情をした幼馴染に階段から突き落とされた。鼻の骨が折れて手術することになった。意図せず、少しだけ顔が綺麗になった。

 その事件をきっかけに私は学校を転校した。別に大事にはならなかったけれど、誰にも何も深く話はしなかったけれど、その苦しみはずっと体に刻まれていた。

 中学を卒業して力が抜けたように私は学校に行けなくなった。高校のクラスメイトはいたって普通だったし、すぐに友達もできた。クラスには馴染んでいた、思い込みではない。

 それでも、どうしてか足が竦んで行けなくなった。

 理由は薄々感じていた。この時はまだ見ないフリをしていた。


 結局、通信制の高校に転校した。何とか高校を卒業した。大学には進学できなかった。自分が描いていた普通から少しずつ遠ざかっていた。

 何をしていいかわからなくなってから、アイドルのオーディションを受けた。何もしないのが怖かった。適当に、漠然と、何となく、全員に愛されたかった。

 肯定されたかった。


 凡そアイドルだとは言えない心情のまま、アイドルになった。それも、国民的なアイドルグループの準リーダーになった。センターに立つリーダーの横で、時には一緒にセンターでマイクを握って歌った。煌びやかな衣装を着て、目を背けたくなるほど明るい髪色に染め、もういくつか弄った顔をもっと飾り付け、似合わないほど可愛げを振りまいた。愛想ばかりを身に纏い、凶器のような笑顔だけを張り付けていた。

 結局、私はアイドルに慣れなかった。

 私は1年半でアイドルを辞めた。

 二面性を孕む内心に時折、目を向けていたせいだった。あの時のように体が動かなくなった。表情筋が動かなくなって、ついには歌えなくなった。

ただ、愛されていた事実だけが残った。少しくらいは救われていた。

 貫くことすらできなかったことが、自分を少しでも救ってくれたその場所を一度も愛せなかったことが、認められなかったことが、悔しかった。

 自分がいじめられたことがあるということが、その矛盾が苦しかった。

 その記憶が、苦しかった。

 ずっと苦しい。


 アイドル活動を引退して、髪の毛を少し明るい茶色に染めた。アイドルとしての自分に合ったアイデンティティを手放した。掌に小さな星だけが残った。小さく光を放つその星をお守りのように握って、街を歩いた。

 実家での生活に戻り、それに慣れてきた頃に彼と再開した。

 私のことを階段から突き落とした幼馴染だった。その日から一度も会っていなかった。一度だけ家を訪ねてきたことがあったけれど、私は彼との面会を拒絶した。深夜のコンビニで煙草を買って、人気のない帰り道で煙草を付けたときソイツがその先の曲がり角から顔を出した。私の方が先に気付いた。真っ黒のジャージでスマホに視線を落としていた彼は図らずもふっと顔を上げ、そこに立ち止まった。

「あ……」

 最早どちらかが発したものかさえわからなかった。空気が漏れるように放たれたその驚きが静寂を破った。

「アイドル活動、お、お疲れ様」

 私が戸惑ってしまう程、震えた声だった。

「知ってたの」

 活動名と本名は違っていた。気づいていたことにも、驚いた。

「さすがに分かるよ、幼馴染だろ」

 首を大袈裟に傾げてしまいそうになった。

「は?」

 威圧的な声を抑えきれなかった。

「あの時のこと悪いと思ってる」

 黙っていることしかできなかった。

「ごめんっ! 本当にごめん。ごめんなさい」

 何も、わからなくなった。

「許されるとは思ってない。ずっと恨んでくれていい」

「……なんで」

 脊髄を通って、声が出た。

「なんで、あんなことしたの」

「わからないんだ。俺、杏莉のこと好きだったんだ」

「……へ?」

 わからなかった。好きっていう言葉は、こんなところでこんなヤツがこんな風に使うわけがない言葉であるはずだった。

「今でも好きなんだ、あの時のことも悪意じゃない」

「じゃあなんで、私のこといじめたの?」

「み、みんなが急に」

「みんな?」

「みんなが急にお前のことおかしいって言ったから。逆らえなくて」

「強制されたの?」

「違う、そういうわけじゃ」

「じゃあなに」

 君は何に逆らえなかったの。そう問い詰めたかった。

 私は私なりに大切にしていたから。幼馴染のことを友達というより親友と言うほうが近いほど大切に思っていたから。

「じゃあなんで突き落としたの。同調してただけじゃないじゃん、ねえ」

 答えてよ。

「他の誰かにいじめられてんのが嫌だったんだ」

「じゃあ! 庇ってくれればよかったじゃん!」

「……ごめん、ごめんなさい。そうなんだ、そうしなきゃいけなかったんだ俺は」

「わけわかんない!」

 涙が、溢れてきた。気づいたら溢れていた。

「君は、自分が好きな奴も嫌いな奴も選べないんだね……。昔から」

 君はそうなんだね。私は大切だと思っていたけどそうだったんだね。

 ちょっとだけ、縋りたい気持ちになったこともあった。それくらいに大きな存在だったんだよ。それなのに、君はもっと小さな存在だったんだね。

 君には意思がなかったんだね。

「そうなんだね、自分で決めたことがないんだね。みんなが好きな人を好きになって、みんなが嫌いな人を嫌いになるんだね」

「……」

「さよなら、幻滅させてくれてよかった」

 昔の優しい幼馴染とあの日の酷く崩れた表情の悪魔とはどうしてもつながらなかったから、教えてくれてよかった。


 さよなら。


熱量が違う人が押し付ける愛も何も見えてない人が言う愛も自分だけの意思がない人がいう愛も、ただの侮辱だと思います。

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