君と幸せになるための声が出せない
街を行くそこら辺の君たちは好きな人に好きだと言えることを、ちょっとは幸せだと知った方がいい。
寒空、生憎の雨には心許ない折り畳み傘を差して歩く。
「あのさ、俺のこと好きじゃないの?」
友達以上恋人未満な関係だった。週末だけにある心の安らぐあったかな時間だった。実際は仮初のソレでも私には宝物みたいな時間だったんだ。
割り勘でも楽しい関係。割り切れない気持ちを隠さずにぶつけてきたのは君だった。
終わりを悟ったのは私だけだった。
「てっきり好きだと思ってたんだけどさ、ずっと変わらないから」
この瞬間までの時間を小さな箱に閉じ込めて、ずっとずっと繰り返していたいと思った。それだけを考えていた。
私が人に意見ができなくなったのは、そもそも言わない方がいいのだと小さい頃に知ったからだった。母と父は自分たちにとって都合のいい人ばかりを宛がった。拒否は許されなかった。私はずっと母と父の幸せの道具だった。
「ごめん、君とは付き合えない」
だって、私にはいるから。母と父のお気に入りの有名な洋服屋さんの息子さんがいるから。私にぴったりの好青年で、私に合わない全てがお金で解決できると思っている人がいるから。
「……っんだよ、そうかよ」
どう思ったかな、こんな私のこと。どうしようもないと幻滅したかな。
「悪かった」
友達だった。2人だけで会うような、2人きりで週末の夜に会うような関係になった。
そんな関係をずっと続けてきた。こんな終わりを先延ばしにするように、見ないフリをしてずっと延命してきた。
君の言うことは何一つ、間違ってない。
もう二度と見ることはないだろう君の背中に泣きつけたらと、想像する。ほっとした、私やっぱり君のこと好きだったよ。
こんな、救えない私でごめんなさい。
「言えたらよかったなぁ」
駅前に停まる高級車、見慣れた執事の顔を確認する。溢すように、置いて行ってしまえるようにそう言った。
「お母様とお父様はもうご帰宅なさっています」
執事は急かすようにそう言った。
「そう、ありがとう」
きっと、これが最後の我儘だった。君と会うことを許してください、友達だから、いい人だから、変な人じゃないから。
涙をこらえる。私は泣いていい人間じゃない。
車に乗り込み、鞄をゆっくり抱きかかえる。
あんなに苦しそうな顔、初めて見たなぁ。でも、きっと私はもう覚えていない。自分の意見のぶつけかたなんて覚えていない。君にはきっともっといい人がいて、もっと可愛くって優しくって私みたいにおかしくない子がいて……。
ねぇ、私なんかがもし返事をしてよかったならね。
それなら私、君の幸せの道具になりたかった。君に使われたいって言いたかったの。
そんなことしか浮かばなかったんだよ。
きっと、君の傍にいる私がこの世で一番幸せだった。これから先のどんな瞬間よりもきっとそう。
私はそれでもきっと自分の身勝手で幸せを捨てていく。私の幸せももしかしたら君の幸せも捨てていく。
もう声の出し方は忘れてしまったから、仕方ないことなの。
諦めて逃げたほうがいいくらい、おかしい私と君との恋愛はきっとうまくいかない。




