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恋愛短編集:君に届く歌が歌えない。  作者: 甘宮るい
ここから彼女に響く声が欲しい。
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ここから彼女に響く声が欲しい。


 ここから彼女に響く声が欲しい。


 ほら、たまにいるだろう。心のスペースを誰かに占領されている人。話しているのに自分とは遠くにいるように感じて、虚しくさせてくるような人。その一生懸命に追い求める、なんて言い表せそうな哀れな姿に誘われて、僕は落ちてしまったわけだ。

 僕の告白を、彼女は断らなかった。断らなかっただけで、愛を確信した僕はどんどん彼女に落ちていった。愚かしいと、今なら言える。

 苦しくて仕方ないのに心配で一向に別れを切り出せない僕のことを、普通に生きて普通に笑える人たちはどう思うだろう。それは愛情ではなく同情だと笑うだろうか。

 衰弱させられていくような感覚が強くて、毒みたいだと思った。彼女の背中を毎日見て眠っている。彼女に触れるどころか、声さえも届かない。


 昨日のことだった、彼女を遊園地に無理やり連れて行った。彼女からはどこに行こうとも言ってくれないから、デートはいつも僕からだった。昨日は今日よりも、楽観視していた。昨日までは、彼女がどこか遠くを見ていても自分の声くらいは届くと思っていたから。

 いつもは夜ご飯に誘うばかりだった。高校生のカップルに憧れて、遊園地に行きたくなってしまった。そういうところには行ったことがなかったから、いつもより強く僕は彼女を誘った。彼女は、一瞬俯いてそれでも断らなかった。

 お揃いの服とまでは行かなかったけれど、手を繋いでアトラクションの列に並んだ。別にそこまで大きな遊園地じゃなかった。僕にとってはそれくらいでよかった。いつもより遠くを見ている彼女に気づくまでは、僕は浮かれて風船のように飛んで行ってしまいそうなくらいに調子に乗っていた。

 彼女の昔の話を、初めて彼女の家に泊まった夜に少しだけ聞いた。彼女の好きだった彼は、彼女の心を独占したくせに何も言わずにどこかへ行ってしまったらしい。酷く、死にたくなったのを覚えている。それくらいのことでよかったと思えなかった、どうしてもその時の彼女の表情が今までもこれからも見ないような特別なものに見えてしまったから。

 お昼にハンバーガーを食べて、メリーゴーランドに乗った。観覧車は最初に乗ってしまった。彼女は終始、笑っていた。その貼り付けたような笑顔は、帰り道の僕を苦しめることになった。それはもう、前も見えないほどに。

 日が落ち始める頃には僕らは小さな遊園地のアトラクションを回り終えていた。その時に不安になったのだ。それくらいに小さい遊園地でよかったはずなのに、高校生の彼らのようにそれで満足できる僕らだったかと関係を振り返ることになった。

 彼女は、僕が求めなければ僕が不満を外に出さなければ、愛を言葉にしなかった。その日も、楽しいという言葉すら彼女の口からは出なかった。ありがとうとごめんね、で埋め尽くされていた。

 NOといわないことが、YESであることを確定させるわけではない。錯覚も思い込みも恐ろしくて、情けない。

 怖くなった僕はもう一度観覧車に乗ろうと、彼女を誘った。彼女はいつものように間を開けて、ゆっくりといいよと言った。その数秒に彼女は何を思っているのだろう。彼女の頭の中をのぞいてしまいたい。どんな残酷な感情もどんな残酷な真実も、僕が崩れ落ちるような結果も、見てしまいたいと覚悟した。

 彼女の手を引いて観覧車に乗り込んで、向かい合わせに座った。

「遊園地、楽しかった?」

 外を眺める彼女に僕は掌をぐっと隠して、問いかけた。

「うん」

 無口、とそう思っていればいいのだろうか。じっと遠くを見つめる彼女を、無口だとその一言で表していいのだろうか。

「前は、いつ遊園地に行ったの?」

 聞きたいことも前置きも、一周の終わりを恐れるように無しにした僕の口はそう音を出した。冷静ではなかった。観覧車のスピードのその数十倍で僕の感情は回って揺れていた、泣き出しそうな表情が夕日で隠せたらよかった。

 彼女は、逃げなかった。俯いて、それでもため息すらつかなかった。逃げられないように追い込んだのは僕だった。彼女に、それを強いたのも。

「ん?ずっと前に行ったよ」

「誰と?」

「ほら、前に話した。好きだった人が急に連れて行ってくれたんだ。その時も楽しかったし、今日も楽しかったよ。比べるつもりはないけどさ、遊園地もたまにはいいね」

 彼女は敏感で利口だった。そのお手本のような返答に、僕は一層傷ついた。

 その1日、彼女は僕ではなく彼を見ていたことを確認してしまった。

 NOという言葉がYESを表さないように、それがそれを確定させるわけではないことを僕は知っていた。

「また、来ようね」

 言ってしまいたい。逃げてしまいたい。彼女が好きでなくなってしまえたら、そしたら僕はどんなに楽だろう。彼女は僕を見ないから、彼女は僕と一緒にいるだけで僕が好きではないから、それがただの代用でそれがただの利用で、だから。

 嫌いだ、彼女が嫌いだ。僕は、嫌いだ。嫌いになりたい。心の空いているところに、僕の隙間があるところに、行ってしまいたいのに。

 どうしても彼女の心がいいようで、僕は彼女とここにまた来たい。

 観覧車が終わって、半同棲している僕らは帰路についた。コンビニに寄るからと彼女を先に返した僕は、コンビニで週刊誌を読みながら泣いた。コンビニからマンションまでの、僕から彼女までの距離を近くて遠くてどう捉えていいかどう測っていいかわからなくて、ただ辛かった。

 彼女に僕の手は届かない。彼女に、僕の気持ちは伝わらない。彼女に僕の愛は響かない。

 愛も恋も、わからなくなってしまった。ただ彼女が欲しいのに、こんなにも彼女が欲しいのに。

 彼女は手に入らない。彼女は僕のものなのに、その心は他の誰かのもののままだ。受け止められない、でも逃げられない。彼女が欲しくてたまらない。


 昨日はきっとなくならない。彼女の記憶も経験もなくならない、それはむしろなくなってはいけない彼女を作っているものだ。

 僕じゃなくなってしまってもいいと、彼女の温度が伝う布団に包まってそう思った。僕じゃなくなってしまってもいいから、僕はどうしても彼女に響く声が欲しい。

 


読んでいただきありがとうございます。

私もたまに、心の隙間がない人に出会います。


よければ評価等お願いします。

気に入っていただければお気に入り、他の小説も読んでいただけると嬉しいです。

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