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シモーヌ

「ほうっ、できたか、試作品!」

アンリがそう言って、もみ手をしながら台所に入ってきた。

康之とロジェが二人揃ってアンリにイギリス式のサンドイッチを店で出したらどうか相談を持ちかけた時、アンリは二人の提案に一も二もなく飛びついた。

早速、康之は試作品づくりに取りかかった。

そして、でき上がったサンドイッチで試食会を開くことになった。

イギリス式を意識した康之はキュウリのサンドイッチとハムのサンドイッチの二品を用意した。

その二品はいずれもイギリスでお茶の時間に出されるような一口サイズの小ぶりなものであった。

それを一目見たアンリたち三人は不思議そうな顔でサンドイッチと康之の顔を交互に見つめた。

そしてアンリが口を開く。

「あの・・・これ・・・なに?」

「いや、だから、これが・・・イギリスの伝統的な・・・」

康之の言葉をさえぎるようにロジェがサンドイッチに手を出して口に放り込んだ。

そして「うん、このキュウリのサンドイッチ、おいしいよ。」と目を輝かせる。

半信半疑でアンリとカロリーヌもサンドイッチに手を出した。

アンリは太い二本の指で小さなサンドイッチをつまむと、顔に近づけてシゲシゲと眺めてから口に入れた。

「まあっ、とってもシンプルで上品な味なのね。」

カロリーヌは康之のサンドイッチに感心してくれたが、アンリは不満そうだ。

「確かに二つとも、なかなかうまい・・・だけど、これアッサリし過ぎてないか?

それに上品なのはいいけど、すっごく小さいよな・・・。

ヤン、これって一人前何個くらいなんだ?」

「この大きさだと、だいたい五個から六個くらいじゃないのかな・・・。」

「ふ~む。なるほど・・・でも、これ一品だけじゃ満足感がないと言うか・・・」

康之が難しい顔で宙をにらんでいるとロジェが康之の袖を引いた。

「あの・・・おにいちゃん・・・向こうの伝統って、あんまり気にしなくってもいいんじゃないかな・・・

確かに海の向こうのイギリスじゃ、こういうのが正式なんだとは思うんだけど・・・」

「いやいや、確かにお前の言うことも分かるけど、これはこれでいいんじゃないのか?

俺たちは初めて見せられたから〝えっ〟て思っただけで、食ってみりゃ、うまいんだから。

こういうのって、ちょっと小腹がすいた時なんか、結構いいかもよ。」とアンリ。

「そうね。確かにこれはこれでありよね・・・

こういうスタイルを取り入れて、もう少しボリュームのある、この店オリジナルのサンドイッチができるといいんじゃないのかしら。

それこそ、ここに来ないと食べられないようなね・・・。」

〝なるほど、カロリーヌはいいこと言うね・・・この店のオリジナルか・・・。

よし、分かった! このスタイルでボリュームのあるサンドイッチね。〟

それぞれの意見を聞いた康之は、大きく頷いて三人に笑顔を向けた。


それから数日後、二回目の試食会が行われた。

康之が用意したのはクラブハウス・サンドを参考にした二品である。

この日のために康之はベルニエ・パン店で特別にパンを焼いてもらっていた。

前回のよりも少し厚めに切ったパンをトーストして、その中にベーコン、レタス、トマト、そしてツナマヨで好評を博した康之特製のマヨネーズを加えたBLTサンド。

もう一品はゆでた鶏肉をマヨネーズとオリーブオイルで調味したチキンサラダのサンドイッチである。

チキンサラダは食感をよくするために、薄くスライスした玉ねぎも加えてあった。

「うわーっ!」

「ほーっ、こりゃうまそうだ。」

サンドイッチを目にしたロジェとアンリが同時に声をあげる。

カロリーヌはうれしそうに目を細めて康之に頷いていた。

〝取りあえず見た目は合格だな。〟

「ささっ、みんな食べてみてよ!」

三人がそれぞれサンドイッチを手にして、それを頬張る。

康之は固唾を飲んで三人の反応を見守った。

「うん。おいしい、これ!」

ロジェがサンドイッチを口に入れたまま器用に声をあげた。

「うん、これはうまい!」

アンリは口をモグモグさせながら、手に持ったBLTサンドをまじまじと眺めている。

「美味しいわねえ。」

カロリーヌは一人だけチキンサラダサンドを手にしていた。

三人の評価はさらに続く。

「このあいだのキュウリとハムのサンドイッチ、あれと一緒にお店に出したらいいんじゃない?」

ロジェがそう言うと、アンリがそれに頷いて「うん、そうだな。あれもうまかった!

これだけバリエーションがあれば客も喜ぶだろう。自分の好きなもん選べるんだからな。」

「ねえ、ヤン。ちょっと提案があるんだけど・・・」

全員がカロリーヌに視線を向ける。

「このチキンサラダサンド、これはこれでとっても美味しいわ。

でもこのチキンサラダ、カレー味にしたら、それもきっとおいしいんじゃないかしら?」

「おおっ、なるほど!」

目からウロコの康之であった。

「それ、いいと思う。それ絶対にウマいよ、カロリーヌ!」

康之とカロリーヌがお互いに顔を向け、大きく頷き合う。

そして、ふとある考えが浮かんで、康之はそれを三人に伝えた。

「ねえ、それだったらお客さんの食べたいって言うサンドイッチを作っちゃおうよ。」

「・・・?」

三人が揃って【?】マークを顔に浮かべる。 

「だからね、さっきアンリが言ってたじゃない。これだけバリエーションがあれば、お客さんが好きなもの選べるって。

それなら初めっからお客さんの好みを聞いて、お客さんの食べたってもん作っちゃえばいいんじゃない。

例えば、パンもいくつか種類置いといて、お客さんに選んでもらうの・・・

バゲットにしますか、それとも田舎パン。

今日はホワイトブレッドもありますよ、とか言って。

あとはトーストするか、しないか・・・、バターを塗るのか、塗らないのか。

中に挟むのはチキン? ターキー? それともベーコンにします?

ゆで卵も入れますか、スクランブルエッグもできますよ、とかね。

前もって準備できる材料は先に準備して並べておいて、お客さんがその中から自分の好きなものを選んで注文できるようにすれば、お客さんは自分のオリジナルのサンドイッチが食べられるんじゃない?

今、カロリーヌが言ったようにカレー味とマヨネーズ味のどっちがお好み? みたいなさ。初めからそれを聞いて、その通りに作っちゃうの。

そしたら、お客さんのオリジナルがイコールこの店のオリジナル!

それこそ、この店に来ないと食べられないよね。

お客さんたち喜ぶと思うな。」

康之はたったいま思い付いたアイデアを三人に説明した。

それまで目を点にして話を聞いていたアンリがいきなり康之に抱きついてきた。

「それだよヤン! 俺はそういう事がやってみたかったんだ。

そうだよ、そうなんだよ!」

アンリは抱きついたまま、康之の背中をバシバシと叩いた。


康之とロジェ、カロリーヌの三人はレ・アールで大量のサンドイッチ用の材料を手に入れ、意気揚々と帰り道についた。

本来、買い出しの担当はロジェなのであるが、サンドイッチを作る当の康之が出向かなければ話にならないとアンリが言い出したのだ。

康之はアンリから料理の考案者として絶大な信頼を得ていた。

〝しかし、そうは言っても俺、ど素人だし・・・このあいだのサンドイッチの話だって、あれ、ただの思いつきなんだけど・・・〟

アイデアだけで料理にはまったく自信のない康之は、カロリーヌに頼み込んでアドバイザーとして一緒に来てもらったのだった。

カロリーヌと、そして食べ物にはちょっとうるさいロジェに、あれこれ相談をしながら考えられる限りの食材を仕入れた後、三人はベルニエ・パン店に寄ることになっていた。サンドウィッチに向きそうなパンを店の方で選んでもらおうというのが目的である。

店に向かって三人で歩いているとロジェが康之の脇腹を指でつついてニヤニヤしている。「どうしたの、ロジェ。なにニヤニヤしてるの?」

カロリーヌがロジェに声をかけるとロジェは途端に真顔に戻る。

しかし、また少しすると同じことを繰り返した。

〝そうつつくな。言いたいことは分かってるよ。〟

康之は隣を歩くロジェを横目で見ると、カロリーヌに悟られないように口の動きだけでそう言った。

下からチェシャ・キャットが見上げてくる。

〝だ・か・ら、分かったって!〟


康之がこの前、サンドウィッチの試作に使ったパンを買いにきた時、相談にのってくれたのが例の女の子だった。

ロジェはその時ノコノコと康之に付いてきて、なに食わぬ顔で二人のやり取りを近くで聞きながら様子を観察していたのだった。

その時、彼の下した判断は「もおっ、決定!」ということであったらしい。

パン屋からの帰り道でロジェは康之の顔をチラチラと見てはニヤついていた。

「なんだよ、どうした? 俺の顔になんか付いてんのか。」と康之がロジェをにらむ。

「ヤンはどうなの? あのお姉ちゃんのこと、どう思うの?」

「どうって・・・まあ、可愛い子・・・だよなあ。」

康之がつい、本音を漏らすと、それを聞いたロジェがピタリと足を止めた。

そして自分を振り返った康之を横目で見てニヤニヤしている。

「ねえ、ヤン。ひょっとしてヤンも、あのお姉ちゃんこと好きなんじゃないの?」

聞こえないフリをして黙って歩いている康之の前へ走って廻り込んだロジェが下から康之の顔をのぞき込むようにして言った。

「あれ、お兄ちゃん、赤くなってるよ?」

「だから、大人をからかうんじゃないって! いい加減にしないと怒るぞ。」

康之が真顔でロジェをにらむと、ロジェは〝うんうん〟と納得したように一人で頷き

「お兄ちゃん。僕にまかせといて。」と言って笑顔を浮かべた。

康之はその時、どうせ何もできないだろうと高をくくっていた。

しかし次の日、彼はパン屋の近所で彼女のことを聞いて廻ったらしい。

名前、年齢から家族構成、近所での評判は言うに及ばず、あげ句の果てには現在付き合っている彼氏がいるかどうかまでをロジェは聞き出してきた。

ここまでくると、まるで興信所の調査員である。

しかもロジェは康之の案に相違して結構な腕利きであった。

ロジェの聞き込みによれば、彼女の名前はシモーヌ・ベルニエ。

康之とは三つ違いの十八歳だ。

父親を子供の頃に亡し、今は母親のクラリスと二人で暮らしている。

そして、父の残したパン屋を親子二人で切り盛りする近所でも評判の働き者である。

加えて現在、彼氏はいない、とのことであった。

夜、康之の部屋へやって来ると、ロジェは調査の結果を自慢げに報告した。

「よかったね、お兄ちゃん!」

「なにが?」

「お姉ちゃんね、お兄ちゃんのこと好きだって。」

「ちょ、ちょっと待てよ。お前、そんなことまで聞いて来たの?」

慌てる康之にロジェが涼しい顔で答える。

「そんなこと聞けるわけないじゃない。

僕、お兄ちゃんに頼まれて伝言を届けに来ましたって言ったの。」

「伝言なんて頼んでないっ!」

「いいのいいの。こういうのはね、キッカケが大事なんだよ。

だからね、僕、お姉ちゃん言ったんだ。〝今度、店に来たら声をかけて下さい。

僕の自慢の料理をごちそうしたいから〟って、お兄ちゃんが言ってますって。」

「そんなこと誰も言ってないっ!」

「いいじゃない。お姉ちゃん、ポッと顔赤くして、ありがとうございますって。

お兄ちゃんによろしく伝えて下さいってさ。

それで僕が帰ろうとしたらブリオッシュ三つもくれたんだ。これ一個あげる。

お兄ちゃん、よかったね。これでお姉ちゃんがお兄ちゃんのこと好きだっていうの決定じゃない?」

「どうしてそんなこと分かるんだよ?」

「そりゃ、お姉ちゃんの顔見てれば、子供の僕にだって分かるよ。」

渡されたブリオッシュを見つめていた康之がロジェに目を向けると、ロジェは鼻の穴を大きく膨らませて胸を張ったのであった。


康之たち三人がベルニエ・パン店に入って行くとシモーヌの母親、クラリスが店番をしていた。

「いらっしゃい。あら、カロリーヌ! 珍しいじゃない。

いつもはロジェが一人でパンを買いに来てくれるのに。」

店のドアを開けたカロリーヌを目にしてクラリスが陽気な声をあげる。

「久しぶりね、クラリス。元気そうで何よりだわ。

今日はね、うちの店で出すことになった新しいメニューの材料を買い出し行ってきたの。

あっ、そうだ。クラリス、彼、初めてでしょ? 紹介するわ。」

カロリーヌがそう言って康之に顔を向ける。

「まあっ、そう。新戦力じゃない! ヤン、よろしくね。」

カロリーヌはクラリスに康之のことを新しいシェフだと紹介したのだった。

「えっ! あっ、こちらこそよろしく。

実は以前、こちらで焼いてもらったパンを使ってサンドイッチを試作したんです。

そしたら、みんながおいしいって言ってくれて。

それで、そのサンドイッチを店のメニュー載せようってことになりまして・・・。」.

「あら、そうなの。それは良かったわ。」

「ええ、ありがとうございます。

それで、他にもサンドイッチにしておいしいパンを教えてもらおうと思って・・・。」

「なるほどね、確かになんでもかんでもバゲットってわけでもないからね。

でもサンドイッチにしておいしいパンって一言で言われても・・・なにをはさむかにもよるだろうしね・・・。」

「そうなんです。それで悩んじゃって・・・。」

「そうよね・・・あっ、シモーヌ。ちょっと、あなたもこっちにきて彼の相談に乗ってあげてくれる。」

焼きあがったパンを抱えて店に出てきたシモーヌにクラリスが声をかける。

それに振り向いたシモーヌは康之に気付いて一瞬目を見開くと恥ずかしそうに下を向いた。

ロジェがすかさずシモーヌに駆け寄る。

「こんちには!シモーヌお姉ちゃん。このあいだはブリオシュ、ありがとう。

僕、ヤンにも一つあげたんだよ。

それからお姉ちゃん、うちの店にはいつ来てくれるの?

ヤンも僕も首を長くして待ってるんだけどなあ。」

ロジェの言葉でシモーヌの顔が真っ赤になった。

カロリーヌとクラリスは、お互いに顔を突き合わせて首を傾げている。

そんな二人を見て、ロジェが得意げな顔で話を始めた。

「このあいだね、お兄ちゃんとここへ来た帰り道でお兄ちゃんが僕に言ったんだ。

〝今のパン屋の女の人、すっごくきれな人だったな。

今度うちの店に来てくれたら俺が作った料理、ご馳走するんだけどな・・・〟って。

それ聞いて、僕、思ったんだ。

はは~ん、お兄ちゃんはシモーヌお姉ちゃんに一目惚れしちゃったんだって。」

「ちょ、ちょっと・・・いったい何を・・・」

お前は突然なにを言い出すんだと、康之は慌ててロジェを止めようとしたが、ロジェはそれを無視して話しを続ける。

「それで、しようがないから僕、次の日にシモーヌお姉ちゃんにそれを伝えに来たんだよ。

お兄ちゃんも自分で言いに来ればいいのにね。ねっ、お姉ちゃん。」

カロリーヌとクラリスの二人は〝そういうことか〟と納得した様子で、お互い顔を見合わせて頷き合っている。

〝あ~あ、二人とも完全にロジェの話、信じちゃってるよ。〟

康之がふとシモーヌに目を向けると、シモーヌは戸惑ったような表情を浮かべて恥ずかしそうに目を伏せた。

思わぬ話の展開に、康之は返す言葉を見つけられずにただ口を開けて静かに脱力していた。



「ただいまー。お兄ちゃん、シモーヌお姉ちゃん来た?」

学校から帰って来るとすぐに店に出て康之にそう尋ねるのが、ここ何日かのロジェの習慣になっていた。

「いや、来てないけど。」

康之が答えるとロジェはガックリ肩を落として、ため息をつく。

「どうしたんだよ、ロジェ?」

「お兄ちゃんは気にならないの? あれから三日も経つんだよ。」

「気になるって、なにが?」

「なにがって、シモーヌお姉ちゃんのこと!

おかしいなあ、お兄ちゃんの気持ち、あんなに分かりやすく伝えたのに・・・。」

「分かりやすくって・・・お前、なに言ってるんだよ。まるで自分のことみたいに気にしちゃって。」

康之が笑いながらそう言うと、ロジェが真剣な顔でつぶやいた。

「お店に行って引っ張ってきちゃおかな・・・」

それを聞いて康之は青くなった。

ロジェは有言実行の人である。言ったことは本当にやりかねない。

「ま、待て・・・来る時は来るよ。店が忙しいのかもしれないじゃないか?」

ロジェは康之の言葉も耳に入らないような顔で〝ふ~んっ〟と鼻から息を抜いた。

「よっ、どうした? 二人揃ってむずかしい顔して。」

 昼食を終えたアンリが店に出て来て二人に声をかける。

そして新聞を開きながら、思い出したように康之に言った。

「あっ、そうだ。さっきヤンが上で昼飯食ってる時、女の子がヤンのこと訪ねて店に来てたぞ。あの子、うちがパンを仕入れてるパン屋の娘だろ。隅におけねえな、ヤンも。」

アンリにそう言われて、康之とロジェがハッとして目を合わせる。

「お父さん、お姉ちゃんのこと帰しっちゃったの!」

ロジェが勢い込んでアンリを問い質す。

「帰しちゃったのって・・・で、でも、また来るって・・・

えっ、なんだよ? 二人して、そんなおっかない顔で・・・」

「早く言ってよ、それっ! どのくらい前なの?」とロジェがアンリに詰め寄った。

「ど、どのくらいって・・・そ、そうだな、俺がヤンと交代で昼飯食べに上に行くほんの少し前だから・・・」

康之とシモーヌのことを誰からも聞かされていないアンリはロジェの剣幕に身体をのけぞらせて口をモゴモゴさせている。

「・・・二十分経ってない。」と康之。

ロジェが弾かれたように店を飛び出して行く。

「おい、ロジェ!」

康之もロジェを追って走りだした。そして舗道でロジェに追い付き二の腕をつかむ。

「待てって。」

「だってお兄ちゃん、こっちから来て下さいって言っておいて、帰しちゃうなんてかわいそうだよ!」

「来て下さい、じゃなくて、来たら声をかけてくれって言ったんだろう?」

ロジェが絡みつくような視線を康之に向ける。そして康之から逃れようともがき始めた。「あっ、こらっ。だから、ちょっと待て!」

バタバタと暴れるロジェを康之が羽交い締めで押さえ込む。

「こんにちは。お言葉に甘えてきちゃいました。」

透き通った声が聞こえて二人はピタリと動きを止めた。

声の主をふり返ると、そこには籠を腕にかけたシモーヌが立っていた。

「実は、さっきお邪魔したんです。でも、お二人ともお留守だったので・・・。

それに、私もちょっと忘れ物をしたことに気が付いて・・・。

それで一度もどって出直して来たんです。」

絡み合った体勢のまま、康之とロジェがシモーヌを見上げた。

そんな二人を見てシモーヌが可笑しそうに口元に手を当てて笑顔を浮かべる。

「シモーヌお姉ちゃん!

今、店でお姉ちゃんが来たって聞いて、驚いて二人で迎えに行くとこだったんだよ。

さっきはごめんさい。留守にしてて・・・。」

康之の羽交い締めを振りほどいたロジェがシモーヌに駆け寄り、すかさずエスコートの体勢に入る。そして何事も無かったかのように満面に笑みを浮べて康之を見上げた。

康之はそれに頷くとシモーヌに笑顔を向けた。

「〈アンリの店〉へようこそ。さあ、行きましょう。」

二人はシモーヌを真ん中にはさんで、雪がちらつく舗道を歩き出した。


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