それはほんとうの、はじまり (第7話)勢子衆
<ハア、ハアッ!こちら17番今、今、MAPでみるとD3に入りました。犬1号、犬2号がC2、シカがC2-B2にいる可能性が高いと思います>
<17番おちついて。あなたはD3ではなくD4にいます。よって獲物はC3-B3付近となります。一応、シカ確定ではないけれど、イノシシや熊の動きではないでしょう。カモシカまたはニホンジカという推定のもとで以降は動きます。>
<あーカモシカかぁ。あんま無線で話したくないな。いったんシカにしとけ。モシカのときはぁ・・・>
<2番(川島)、今回は暗号通信ですしチャンネルも非公開です。基本的に聞こえていないと思っていいですよ(※)>
※アマチュア無線だと暗号化禁止であったため、傍受し放題だった。しかし今回はLPWA/5G/LTEで暗号化したアプリ上の会話なのでその点はマシ。業務無線(デジ簡とも俗称される)でもこの暗号化問題がマシなので、一時期猟友会の有害鳥獣捕獲等で切り替えを推奨された。
<おう、そうだったな。99番よくきづいた>
<失礼しました・・・位置関係、了解です。>
そろそろオカモトが消耗してきたようだ。最初のドローン設置地点までの登り、設置、下りで犬を制御しつつ開始位置へ、しかるのち犬追い。
量が始まる前にも、自動運転を使えた場面があったとはいえ、村上の迎えに全体への説明、起床時間は3時台だろうか。
猟本体以外での疲労は遠征型都市在住ハンターの抱える困難の一つだ。
その判断力の低下や肉体的消耗で肝心の追い込みや射撃で失敗しては、一週間かけて準備と体調管理、当日も早起きしたのに、せっかくの苦労が水の泡だ。
<23番(相模)、フウ。まだ、E3ですよ。折り返してきてもたどり着けそうにな、です>
相模はどうにか獲物の進行方向の真逆を取りつつあるようだ。布陣からするとさらに北西に回り込みたいが、アラン投入の結果で経過良好となったようだ。
<17番了解。とはいえここで犬たちを停止させるとシカを見失います。23番(相模)無理しなくていいのでゆっくり移動続けてください。私も折り返しに備えて位置取りやります>
オカモトの思考にはアランの緊急停止が選択肢として過ったのだろう。たしかにそうすれば東方向に逃げられた場合の位置関係は悪くない。しかし、MAPを見れば北方面はカメラくらいしかなくてがら空きなのは明らか。アランを止めたらカメラでは撮れるとして全く追えない方向に逃げてしまうだろう。獲物に少しでも北からプレッシャーかけられるならアランにはどんどん動いてもらうというのがオカモトの判断だ。
<はっはあ。5番(本山会長)、静かになったな。こりゃあやるぞ>
川島は余裕で楽しそうにしているが、実際に余裕がある。
これだけ犬が騒いで駆け回っているのに自分の周りに気配が一切なければ、当然の余裕だ。
こういった通信面でのフォローや雰囲気の盛り上げ、というのは追い込み、獲物に悟らせず待機射撃をするというスタイルには馴染まない。タツマは静粛を貴ぶのだ。
とはいえ、一方でエンターテイメントとしての狩猟は毎回無音で寒い中待機していて追い込みの最中に情報がなにも来ないではつまらなくなってしまうし、向上のきっかけをつかみ損ねてしまう。また、音響機器の安定性が上がったことで待機射撃側にも大分音量の自由度が上がった。なので、しゃべっても他のメンバーに対して静粛性で余り迷惑をかけず、むしろ程よい集中を持続させられるという側面があるのではというほのかな期待も、川島にはあるのかもしれない。
いずれにせよ、情報の流通活性化をポジティブに取られるのがこのチームの方針だ。
特に、右も左もわからない若手がいるうちは、じっくり後日ログを読んでもらえればよいのだ。その際に検討と検証を経て、聞き手なりの取り組みを始めればよい。
<犬に期待しましょう>
<おう。2番 (川島)了解。こっちは気配もなんもありゃせん。たのむぞ勢子衆>
<はい!>