勢子長が吼え、足は山に
「第5問:猟犬は愛玩犬と違うんですか?」の続きで犬の話だと思うじゃないですか?
私もそう思ってたんです。
でも回想から入ったら、回想の中で犬の話に辿り着くまでが長すぎて、
猟犬の話題が出る前に一話使っちゃいました・・・。
というか、猟友会話ってどっかで単独の「質問」にして書くべきだったんじゃ・・・とか色々ツッコミどころがあるのですが、最近気づいたんですよね。
「大切なことは、何回も言ったほうがいい」
「だァかァらよォ!足も読めねェで仕切っちゃァいかんずら!」
いやいや、ヅラというには皆さん御立派にお構え遊ばして・・・。
うん。悪いけどちょっと慣れないんだよねこの方言。
「ほーかほか。そらあ居らん所に勢子かけてもしゃあなかもんなぁ」
お師匠様が田中さんに応える。
まあ、獣-ゼロのところで狩をしてたら、そりゃあ間抜けもイイトコロだ。
「おうよ、巻狩りってのはよ、犬がすうーっと乗ってくような足跡を見つけてやるもんだ。」
「そうは言うがよ、今日は無かったじゃあねえか。」
「それがいかんずら!出ないもん追い回しても出ないっぺ」
「今日は岡本さんもいたからな、一歩も歩かんじゃあなんのために来たってならあよ」
「最近の連中はそんなだからいけねェ!」
「まあ田中さんよ、こいつはまだ見学もいいところ、今日なんか鉄砲も持って来ちゃあおらん」
「だから心構えって奴がよぉ、できちゃおらんのさ」
いやー。それはどうかなぁ。
昨日のお昼、敢えて補足するなら平日の正午に銃砲店から電話を貰って、すぐ出て来いってことで
銃砲店に駆けつけてみれば、初対面の、死線をくぐった雰囲気の壮年を紹介された。
なんでも、僕が良く行く山のあたりで猟友会に入っているハンターがいるということで、
この人に付いて基本を教えてもらったらどうか、というのだ。
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「あなたは幸運だったよね。オカモト。」
お嬢様は口角を釣り上げて微笑んでいる。ほれぼれするほど輝かしく美しいのだけれど、そこはかとなくホラー。
「はい。最初の一年、恐ろしいほどの追い風が吹いていました。」
「そうね。初出猟でマガモを撃ち落とし、それで銃砲店の店長に目をかけてもらって、師匠を紹介される。さらに師匠と出猟すれば、初日からヤマドリを撃つ。そのあとも嘘みたいな幸運が重なる。たとえば、猟犬のことね。」
「はい。今回はその話をさせていただこうかと思います。ただ、一つ申し上げるのであれば、ヤマドリを撃ったのはお師匠様で、マガモに当たったのは完全にマグレでした。」
「そうね。だから私もあまり好きではないけれど”幸運”なんて概念を持ち出さなければならないのよ。どこも、貴方の実力ではない。更に言ってしまえば、その後の弟子入りを経てすら、貴方は全然プロフェッショナルハンターに相応しい実力が備わっていない。そうよね?」
「申し訳ございません。おっしゃる通りです。私は未だ・・・。」
「大丈夫だよ。岡本さん。私は岡本さんのお話はとってもためになると思うし、リーゼちゃんもきっとわかってる。だから」
「あ、ごめんね。もしよかったら、紅茶、もう一杯いただけますか?」
僕は返事も半ばに台所へ向かった。
実は明凪もドSなんじゃないかと疑ってしまうほど、心の平衡を崩されてしまった。
「それでね、明凪。」
「なーに、リーゼちゃん?」
「これは狩猟関係者の間ではとても有名な語り口なのだけれど、狩猟をするために必要な免許は、狩猟のやり方は教えないの。」
「え?狩猟をする人のための免許じゃないの?」
「そう。勿論、撃っていい狩猟鳥獣や猟具の使い方は試験に出るけど、でも本当に基本ばかりで、銃に至っては実際の射撃は一切なし。エモノの見つけ方もほとんど出て来ないし、狩場の探し方も全然なし。あくまで、法律を中心に”狩猟でやってはいけないこと”だけを教えるの。だから、新しく狩猟免許をとった人は、本当に狩猟が出来るようになるまで、自分で道を切り拓かなければいけない。それが出来なくて、ペーパーハンターなんて呼ばれてしまう人たちが、たくさん出てる。」
「そうなんだ・・・。」
「岡本が戻ってきたら、ペーパーハンターにならずに済んだ”幸運な”彼の話をしてくれるはずだよ。」
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銃砲店で引き合わされたややハードボイルドな気配のする壮年は、住居は都内に構えているという。
関東近県の内装業を営んでいたという彼は、今は半引退で息子に家業を任せ、一部の得意先の相手だけ自分が行っているそう。
足や腰に多少のガタは来ているが時間が確保できたし、しばらくは狩猟をたっぷり楽しもうということで平日から出猟しているのだそうだ。
ガタが、というにはあまりにも力強い。セーターの上からジャンバーを羽織っているいかにも普通のおじさんかおじいさんかという格好だが、手は硬くひび割れ、足は確実に地を掴み、背中がとても広い。
「じゃあよう、これから山に泊まって鉄砲ぶちに行くから、お前も来るか。」
僕は鈍い方だけど、さすがにこれは分かる。
露骨な分岐点で、これにYESといえば弟子入りが決定して、NOと言えば、そうかそうか仕事もあるもんなと流される奴だ。
「はい!よろしくおねがいします!」
「おお、最近の若いのにしちゃあ意気が良いじゃねえか。鉄砲屋の、あとは好きにやらせてもらおうか。」
「突然で悪いですね、お二方、よろしくお願いしますよ。」
「店長、ありがとうございます!」
話がまとまると、その後の展開は早く、とても簡単だ。
「じゃあまた後でな」
ちょっと買い物があるという川島さんが銃砲店にもう一度来るまで3時間。
僕は向こう三日の仕事を全てキャンセルして有給休暇。
勿論雪山での狩猟用装備なんて、買い集めてはいても、何も準備できていない。
移動時間の1時間半を引いて、残り1時間半、とにかく山に泊まるという話を想像力で補って、単独で持ち運べるレベルの荷物を手早く、いや、手早くしようと慌てふためきながら準備する。
とはいえ、全くの新天地で狩猟登録もできていない都道府県。銃も持てなければ狩猟刀すら持てない。
仕方がないから防寒着と非常食だけなんとか詰め込み、大慌てで集合時間に合流すべく走る。大荷物を背負って走る走る。
「岡本さん、がんばってね。」
集合時間5分前、銃砲店につくと店長はいい笑顔。しかし、目が笑ってない気がする。僕の被害妄想だろうか。
15分ほど店長謹製の静岡産緑茶で気持ちを落ち着けていたら川島さんが現れた。
「じゃあ、行くか」
淡々とミニバンに乗り込み、高速道路を走っていく。
自己紹介も兼ねた簡単な会話を挟み、だんだん内容がハンターらしくなっていく。
「岡本さんも車もってんのかい。」
「いえ、恥ずかしながら、まだ準備中で・・・。」
「車のないハンターか。しょうがねえなぁ。でも準備中ってことは今から選ぶところだから、間に合うってな。」
「はい。どういうところが重要になりますか。」
「まず軽自動車。溝に落ちても二人で押し上げてなんとかなる。そしていざというときは買い直せばいい。
次に4WD。雪道氷道なら当然だ。そしてマニュアル。坂道が凍ってたらオートマなんざ無理よ。」
「そういうもんですか。ハンターといえば軽トラか小型オフロード用四駆みたいなところありますよね。」
「そりゃそうよ。オフロード四駆はいいよな?ただ移動が楽なだけだ。軽トラはな・・・猟犬や捕った獲物を載せても臭くならない。これがいい。」
「あれ、でもそうなるとこの車・・・。」
「若いうちは軽トラで都内から通ってもいいがな。老人の腰に24時間の軽トラはさすがに辛い。」
「つまり・・・!」
「そう。町では乗り心地でこいつ、山では軽トラよ!」
「おお・・・貧乏人にはない発想・・・そこにしびれる憧れる!」
「いいだろう?」
「凄くいいです」
「今日は小屋泊まってな、会の連中が捕まれば、明日は朝から巻狩りよ。」
そんなこんなで馬鹿話も真面目な話をしつつ、新米ハンターの気を付けるべきポイントを習いつつ、山へと向かう中で空気の変わる瞬間がある。
「だがなぁ、岡本さんよ。色々話したが、やっぱり猟友会ってのは難しいもんだ。鉄砲屋に任されたからには俺がきちんと面倒見てやるが、一つ約束してほしい。」
「はい!」
話が深刻になる前に、既にそれが伝わっている。間の取り方なのか、息遣いなのか、この人は声を発する前から人に伝えるのが上手いな、と感じた。
「猟友会の縄張りに行くときには、必ず俺に声を掛けてくれ。それとだ、俺が良いというまでは連絡先は交換せんでくれ。」
「やはり、よそ者には厳しいんですか。」
「厳しい・・・それはちと、違うな。奴らははっきりしない奴と付き合うのは好きじゃない。猟友会に完全に入るなら入るで、新入りとしてよくしちゃあくれるさ。」
「意外とオープンなんですね。」
そうさな・・・と川島さんが呟いて一際遠くを見た気がする。
「身内になったら、当然やらなくちゃあならんこと、ってのがあるんだよ。」
息を吸った間が、やけに長く感じる。
「身内ってのは、そういうもんだ。」
これはなんだか、すぐに返事しちゃいけない奴かな。続く、かもしれない。
「猟友会のちゃんとした地元並の会員となったら、毎週来なくちゃいかん。飲み会も断れない。猟友会の会費なんかも、東京じゃなくてこっちつけろと言われるだろう。下手すると、男手が足りなければ収穫やら雑草刈りなんかに呼ばれることだって出て来る。奴らは悪い奴らじゃあない。だが、親切だけで優しい事言うんでもない。上手い事褒めてその気にさせて、身内に引き込んだら、身内なりに手を尽くしてくれるが、身内なりの働きはせにゃあならん。」
「そうですか。」
「わかるだろ?猟友会は、ただの趣味の集まりじゃないんだ。命がけの山歩きと鉄砲ぶちをやる同士で、そして、地元のいろんなことする仲間でもあるんだよ。」
共同体。”地元”という括りから大分長く離れていた都市生活者には、重みを感じる一言だ。
あからさまな東京もんとして地元の集まりに入って行って、上手くやれるか。
いや、やれないだろう。当然だ。そんなに甘いもんじゃない。
じゃあ、お客さんをやるのか。そういう関わり方が許容されるのか。空気感が分からないままでは全く判断が付かない。
「だがよ、よそ者がなんでもダメな訳でもない。その辺が分かるまでは、全部俺を通せ。俺だってよそ者だが、山の集まりも、それなりにやってきてる。川島が言ってたんでそうした、って言ってりゃ奴らもそういうものかと思ってくれる。お前が山に行きたいときだけ俺に言え、俺がなんとかしてやる。」
物凄く大きい背中だ。(運転中だから見えないけど)
そして、その大きい背中が、この人にとってはもう、当たり前なんだと、この時気づいた。
「ラーメンでも食うか」
話し込んでいたらすっかり辺りは暗くなっていて、パーキングエリアが眩しい。
「今日は直接小屋に行って終わりだからな、山の手前にもコンビニはあるが、飯はイマイチだ。欲しい物があれば買っておくといい。」
「はい。」
車を降りて、お師匠様について歩く。
これからどうなるか、正直言って、実態を聞くほど、不安は拡大すらしている。
今できることを真摯にやろう。今はまだ何かを選ぶことも出来なくて、全力でやることだけしか、今はまだ出来ない。
でも、何が起きるか全くわからなかった、銃砲店に集まった時とは、もう全然違う。
そうか、僕は師を得たんだ。
※本作品はフィクションです。
※実在の人物、団体、事件、地名、技術、科学的根拠を保証するものではありません。
※また、取材の過程で入手した情報が一部反映されていますが、
※別の地名・時代・人物の話を複合的に盛り込んでおり、実際の出来事や法律と一致するものではありません。
※法律・植生・科学的事実について裏取りが出来ていないものを含む「創作」「ファンタジー」であることをご理解ください。
※偶然書いてあることが何かに一致しても真実だったり嘘であっても著者は一切責任を負いません。
あと、猟師はせっかち。これはたぶんノンフィクションです。取材結果的に。




