それはほんとうの、はじまり (第1話)ゲートオープン
(重要なお知らせ)
取材の難航していた本来の第1話の情報が出そろったので執筆・投稿を再開することができるようになりました。
これまで投稿していたのはやや本来の趣旨からそれた四方山話よりのアラカルト感ある第二章的なものだったのですが、本体に言及できる状況になったので、本体を第一章として投稿し始めます。
本体とはつまり、日本の狩猟と獣害対策についてもう少しうまく進めるにはどうしたらよいのか、です。
第一章では「仕事なら個々人の状況把握と情報共有、その精査と次回への反映はどうすればよいか」という点を中心に見ていただければと思います。
本作品をきっかけに、鳥獣捕獲の体験やノウハウの共有が図られ、楽しく、効果的な次の活動に向かうことのできる人が増えて欲しいというのが私のささやかな願いです。
2021年6月5日、人物紹介を数行追記しました。全体的なストーリーには影響ありませんので一度読んだ人は読みなおすほどのものではありませんのでスルーしてください。
※本作の猟友会は地元の猟を行う団体、程度の意味合いで、特定の実在の団体を指し示すものではありません。
猟期が来て、冬が来る。
まだ雪のない快適な国道を、狩猟で使用する車、というハンターたちのイメージからやや逸れたSUVが、インターチェンジを降りる。
高速道路を自動運転でさぼっていた微妙なまどろみから、窓を開けて意識を鮮明にする。
まだ雪が降らないとは言っていても、夜明け前の山間部。
盆地の風が冷たい。すごく冷たい。
自動運転、解除。
「一応ここからハンドルを取るので、ブリーフィングは基本耳と口だけでいきますよ。」
運転手から簡単なおさらい。
助手席からは、
「そうね。とりあえず、安全第一・・・安っぽいね、安全第一。」
(どうでもいいところで思考を逸らしてしまったようで申し訳ないです。)
(安全第一だって言ったじゃない。前を見なさいな。)
等と、今一つピントのずれた心遣いと的確なツッコミが、前列の二人の視線で交わされる。
<それじゃあ簡単におさらいします。地図を見てください。今回の猟場はうちの領土。地図は北が上ね。
作戦目的は領土防衛と空挺降下猟犬システムの検証。
当然、今期の統合戦略、オペレーション:ライトハウス(※) の一環でもあるから覚えておいて。>
※一回限りの出猟ではなく、複数回の出猟で構成される活動を計画しているのだ。
メインターゲットは生息頭数の多いニホンジカだけど、開拓地設備にダメージの大きいイノシシも当然ターゲット。
ツキノワグマは一応予約してあるけど人命というか怪我も含めて危険がなければ放置します。
この地図情報のままじゃ指示ができないからメッシュを縦数字横アルファベットで入れたデータと紙をみんなにくばっておいたから、猟ではそれを使って話すよ。いまさらだけど、国土地理院のデータをもとに編集してるから元データ欲しい人は言ってね。
さ。じゃあ、全員通信開始。みんな、点呼のついでに今日の銃と弾と役割、簡単な状態を報告してね。では2番お願いします。>
<2番(川島)。弾?マルロクだよ。鉄砲はバーとか言ってる奴だ>
※Browning BAR、.30-06スプリングフィールド弾つまり7.62x63mm。
(初心者いるんだから解説してあげてよお師匠様。)等というむなしいぼやきは、運転手の胸の中で静かに溶けていく。
<5番(本山)だぁ。今日は本タツもらうぞ、新銃のX-boltで撃たせてもらうからよ。弾は308 Win.だ。川島の鉄砲じゃ使えないんじゃないか>
※.308ウィンチェスターは軍用の 7.62x51mm NATO弾と形が似ているけれど弾径0.308 in (7.8 mm)の時点で違うしね。
本山会長は川島・相模の所属する隣山集落の猟友会長で30人の会員、実際に猟に出ることのある10人弱のまとめ役で80代。捕獲の技量以上に、トラブルまみれの山仕事を生き残ってきた経験と決断力が頼もしい。狩猟経験は50年を軽く超える。
※本作の猟友会は地元の猟を行う団体、程度の意味合いで、特定の実在の団体を指し示すものではありません。
<23番(相模)です。ベネリ / M2を持ってきました。今日は12番スラッグなので詰まる心配はないでしょう>
※だいたい日本で散弾というとメジャーな12番と、マイナーな20番。410番?知らない子ですね・・・。
相模はオカモトより新参でまだ数年程度、週末に楽しむ程度で本山がまとめる会員の中では最年少の60代前半だ。地元の生活も長いので山でも集落に戻ってからもそれなりの立ち回りで会の活動を支えている。
<24番(村上)、まだGPS慣れてなくてタツマにつけるか不安なんですけど・・・。銃はM1100、12番スラッグです>
※知り合いが最初の銃にはレミントンM1100がいいって言ってました!いつか本編で取り上げるかも?
村上は新人枠。社会人になってからの日も浅く、海千山千の猛者と、比較的若くても60代の地元組に囲まれて落ち着かないようだ。
<99番、通信と全体進行の補助ね。もちろん銃も弾もないから紳士のみなさんにお任せするわ。>
<おいおいひよっこばかりで紳士の数が足りないんじゃないか。17番しっかり指導してやれよ>(2番(川島))
<お師匠さまー、今日はお手柔らかにお願いしますよー。犬とドローンのお守りで両手一杯です。>(17番)
<だとさー。23番、いそいで一人前になんないとな>(2番(川島))
<が、がんばります>(23番(村上))
<ほらおじさまたち、100番(鷹士)困ってるじゃない。続けてどうぞ。>
<100番(鷹士)です。ドローンと通信中継支援です。今日は現場でメカ対応できなくてごめんなさい。オカモトさんお願いします。>
<17番です。こらこら100番(鷹士)、こっちはもう猟場が近いから番号で頼むよ~。いつもの銃が修理に出てて今日はレミントンM870、20番スラッグだから火力はあまり当てにしないでください。
地上猟犬1エドは絶好調、空挺降下猟犬2のアランはちょっと興奮気味だな。うっさいや。100番(鷹士)、99番は緊急停止がたぶん必要になるから、その時の操作と情報共有をよろしく。
まとめると、今日は6人と2頭が現地。1人が遠隔地。車は4台(会長、師匠、相模、オカモト)、ここの林道は広いからうちの噛みつき箱も特に困らないと思います。>
林道の規格は、一般道とは違う。
舗装などの路面状況以上に、幅の制約が車種に大きく関わって来る。
端的に言ってしまえば、軽自動車じゃないと通れなかったり、行き止まりでUターンできず、延々バックで戻る羽目になる。
これは林道に限らず、地元の農道や私道の類でも頻発することで、結果、猟友会ではすべての参加者が軽自動車、というのが一般的だ。
それ以前に、農作業には軽トラが最強、という事情から山村ではみんな軽トラを持っていて、それを流用するという側面も多いようだけれど。
<おまえ、また飼い犬に手をかまれたんかよ。>
<いやいやいや、車の方ですって。>
<いい加減なおせばいいじゃねえか>
<今はもう僕の事噛む子じゃないですよぉ。でもみんなミミックとか噛みつき箱とかいうから定着しちゃって。>
<良い名前だよな>
<ええ。けっこう気に入っています。>
<お、見えた見えた。17番、ゲートの鍵は23番(相模)へ。ゲート出たら17番が先頭行け。今日はもう日の出が過ぎてる(※1)同乗者、安全に撃てるときは撃て。今の時期はまだあんまりシカもスレ(※2)てねえ。>
※1:法律上日の出前は発砲できない。
※2:スレとは、ハンターに適応すること。要はハンターの怖さを知っている動物は、人が見えたりして気づいたら逃げる。この時期は猟期が始まってからまだ日が浅く、あまりハンターや猟犬に追い回されたりして怖い思いをした奴らがいないだろうということ。
「林道を行くためのゲートを開ける前のお決まりの確認だね。法律上道路上から発砲はできないのでそれなりに稀な状況だけど、シカがぼーっ林内に突っ立ってることはあるから、そういうときは静かに車から降りて撃とう。林内で騒げば当然そのあとに集団で行う猟は失敗の確率が上がるけど、猟期前半特有のチャンスでもあるから、村上君にそのチャンスを譲ってくれるということだね。
ついでにいえば普通は同乗者が鍵を開けに走るしきたりになってる。運転手が車から降りてゲートの鍵の開け閉めに行くと作業のテンポが悪くなるからね。今回はそれもいいってさ。
銃はカバーはかけつつ、すぐ取り出せる状態にして。ただ、弾丸は決して薬室に入れちゃだめだよ。引き金を引いても出ない状態でキープ、見つけてからロードだ。」
「わかりました。」
「よし、じゃあ僕が相模さんに鍵を渡す間に公道から見えない位置でうまく準備して。」
「は、はい」
村上にはまだやや不慣れゆえのためらいが残っているが、結団式と初猟で顔合わせを済ませてあるので、周りは慣れたものだ。
これまでいろいろな東京遠征組を見てきたおかげもあって、"若い都会もん"が来てることに対する特別感が下がり、次世代への期待値も当初ほど過分なものではないように見える。
「よう、勢子長。コーヒー買ってきたからよ、こっちの車で分けてくれや。車の並びはあれでいいな?」
「ごちそうになります。早速のフォローありがとうございます。」
「まあ、お前に全部は期待してねえからよ。ただの勢子と同じで肩の力抜いてけ。」
「えっ。今日は優しいですね。」
「おいてめえおれはいつでも優しいだろ!意地悪な弟子にいつも無茶振りされてこんなじじいになっても働かされてよぉ。」
「ははは。そのセリフ、10年言ってますよ」
「へっ。10年もやってんだ。おまえもやることはやれよ」
「はい!」
「返事だけは最初から一人前だよな。じゃあ、しっかりやれ。」
「では師匠、先頭はいただきます。村上君、行くぞ!」
運転席の横を離れた川島は、わざわざ正面を回り、助手席のリーゼにも声をかけていく。
「嬢ちゃん、うちの弟子は相変わらず詰めが甘そうだ。頼むぞ」
「はい。お心遣い、ありがとうございます。」
缶コーヒーで両手を温めているお嬢様はややジト目。今回のまとめ役としてオカモトの信頼度はイマイチのようだ。
助手席から離れた川島は相模の車にもコーヒー缶を片手に声をかけに行く。
その辺のチームのバランサーとしての役割をいまだに川島がこなすあたりが世代交代の実情なのだろう。
70代後半の川島の背中はなにか芯の通った安定感、覚悟のようなものを感じるが、足取りにはオカモトが出会った当時ほどの勢いや柔軟性、力強さはないようだ。
※本編中の通信で使う呼び名、〇番(名前)の表記。カッコ内の名前は発語していません、読む際の利便性を考慮して追記してます。
※本稿の趣旨からして銃の名称がフィクションだとお役立ち作品としての意義に関わるので実際の名称と取材結果に基づく評価を記述しています。個別の商品、団体等を貶める意図はありません。あくまで個人の感想にもとづく伝聞情報がベースですので、読者の責任で検証していただく必要があります。(というか、本人の体格や筋肉や技量によるため、人によって評価は違います。)異論は歓迎し、場合によっては本文に反映しますのでコメントいただけると嬉しいです。