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6. 面影

 翌朝ルシータは、新たにバールからもらった剣を手に、ひとり物思いにふけっていた。

 朝もやが木々の梢にかかり、今日最初の太陽が、薄くレモン色の光を投げかけている。


「光の聖剣……か。この剣でダーク王を倒す」


 手の中の聖剣は、重過ぎず軽過ぎず、まるで昔から使っている剣のようにしっくりとルシータの手になじんだ。

 刃は細めで薄く、極めて鋭い。鞘や柄の部分には、まるで特別な宝剣のようにこまかな細工がなされ、宝石が埋め込まれている。

 バールが言うには、宝石の光にも闇の勢力に大きなダメージを与える効力があるらしい。


 鏡のような刃に自分の影が映り、ふとアルタミラの面影を重ねてみる。


 ルシータと八つ違いの姉だったアルタミラ。

 年は離れていても、二人はよく似た姉妹だと言われていた。

 違うのは、髪の色と瞳の色。

 アルタミラは黒く豊かな髪に海の色の瞳、ルシータは亜麻色のさらりとした艶やかな髪に深い森の瞳。


 優しく、美しく、森が好きだった姉。

 ブライトキングダムの王妃にはふさわし過ぎるひとだった……。


「でも姉さまには恋人がいたわ。あのひとはどうしたんだろう。二人はたしかに幸せそうだったのに」


 ていねいに記憶を手繰っても、二人が別れた理由は見つからなかった。

 それに今、戦士が生きているのかどうかも知りようがない。

 自分と同じように、悲しい記憶が戻っているのかどうかも。


「よく眠れたかい?」

 そのときバールが起き出してきて、ルシータに声をかけた。

「ええ。ぐっすり」

 にこやかに答えると剣をしまい、肝心なことを聞く。

「まず、どこへ行けばいい?」


「そうじゃな。まず、グラナダルの村を抜けて、街へ行くとよかろう。街には剣士が多い。車輪の戦士は、あるいはその中にいるやもしれぬからのう」

「わかった」


「ベルナデットをつれていくかね? あれは"魔"にはよく反応する。光の力が戻りつつあることを敵も承知じゃ。油断禁物、用心に越したことはない」


 昨日、道案内をしてくれた妖精を思い出し、ルシータはぎこちなく微笑んだ。

(冗談じゃない。あんなおしゃべりな妖精――こっちが疲れちゃう。それにあの紫色は目立ち過ぎるでしょうが)


「悪いけどバール、できればひとりで捜したいの。大丈夫、危ない真似はしないから」


 バールは肩をすくめただけで、それ以上何も言わなかった。

 ルシータはくすんだ小豆色のマントを羽織りなおすと、「じゃあ」とバールに手を挙げて歩み出す。

 ひるがえるマントの裾に朝露がきらりと光り、バールは目を細めて、そのシワだらけの顔に笑みを浮かべた。



 朝は気持ちよく晴れていたのに、村を抜ける頃にはいつの間にか空は灰色に変っていた。

 その雨を誘うような陰気な空気のせいか、街に入ったとたん異様な臭いが鼻につき、ルシータは顔をしかめた。


 周囲を見ると、とにかく汚い。

 浮浪者のような男どもが、ところかまわず痰唾を吐き、くだを撒き散らしているのだ。

 おそらく路地には汚物が捨てられているだろう。


 そんな臭いにも慣れっこなのか、大勢の男たちが道端や塀の上でボロにくるまったまま平然と寝ていた。

 歩いているのは野良犬くらいだ。


『うえーっ。きったないわね。ひどいところ!』

「?!」


 ベルナデットの声だ。――どこから?


『ごめんなさーい、ついてきちゃった』


 マントの裾のあたりが光ったと思うと、そこから半透明のベルナデットがあらわれた。

 顔や髪、体の輪郭はぼんやりとわかるけれども、色がない。


『大丈夫、他の人には見えないわ。安心して』

「なっ、何なのよっ。これはっ」


 はっと気がつくと、近くで寝ていた男が怪訝そうに見ている。

 野良犬が唸り出したので、ルシータは慌てて角を曲がった。


「もう、驚かさないでよ。……仕方ない。お願いだから、いい子にしてて頂戴」

『オッケー……あっ、さっそく何か感じるわ。あの窓』


 斜め向かいに窓が見えた。

 控え目に開けられたその窓からは、まだ昼もずいぶん前だというのに肉の焦げる臭いやテキーラ酒の強い香りが漂ってくる。

 ルシータはその窓からそっと中をうかがい見た。


「ただの酒場じゃない。ベルナデット、何を感じるの?」

『わかんない。わかんないけど、ルシータ、何かあなたに関係することよ』


 ――また謎か。ルシータはため息をついた。

 光に呼ばれたときから、ルシータにはわからないことだらけなのだ。

 わかっているのは、考えても仕方がないということだけ。

 ベルナデットを疑っても意味はない。


「じゃあ行くしかないわね」

 言うなり、扉を開けて入っていった。

 すると、狭い店中で一塊になって騒いでいた男たちが、ルシータの姿を見て一様に振り向き、じろじろと眺めた。

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