56. 灰の中の車輪
「ルシータ、ルシータ」
ベナデットの呼ぶ声に薄っすらと目を開けると、森の木が瞳に映った。
瞼の上にのった露を払いのけ、ルシータは身を起こす。
あたりは、夜が明けたばかりのような明るさだった。
「ルシータ、大丈夫?」
「……ベルナデット、ここは? わたし、どうなったの?」
「ダーク城近くの森よ。ここまで飛ばされてきたのよ」
それからはっとした。
「レギオンたちは? 二人はどうなったの?!」
ベルナデットはラベンダー色の頭をかしげ、困ったような顔をした。
「わからない」
そのときルシータは、自分の服がぼろぼろに焼け焦げ、ひどい状態であることに気づいた。
きっと、どこもかしこも煤で真っ黒だろう。
だが今はそんなことよりも、二人の身が心配だ。
「わからないって、どういうこと?」
ベルナデットの背後に、ダーク城が見えた。
山上にそびえる黒のダーク城。
夜明けの光の中、煤けた感じがする。
「――嘘っ。レギオン……ハラート! 」
「ルシータっ!」
思わず走り出そうとしたルシータを、ベルナデットが止めた。
妖精は涙を浮かべ、
「ルシータにはやることがあるでしょ?! 早く王女様のところに行かなきゃ――二人のためにも」
だがルシータは断固として言った。
「行けない。だって、わたしはあの二人と行くんですもの」
そうしてダーク城に向かって、駆け出した。
昨夜、三人で上った道を、ルシータはひとりで上がってゆく。
だが体力がかなり消耗して、自分でも嫌になるぐらい足が動かない。
一歩一歩が辛い。
(レギオン、ハラート、お願いだから生きていて。死なないで)
涙があふれ、前がよく見えなくなった。
つまづいて滑り落ちそうになり、岩をつかむ。
(――信じない。二人が死んだなんて、絶対に信じない)
城の入り口は何の変わりもなかった。
が、城のまわりは言うに及ばず、城内にも人影はない。
すでにダーク王の引き連れてきた兵士たちは、逃げた後のようだった。
ルシータは急いでダーク王と対峙した部屋へと、階段を駆け上がっていった。
上へ行くにつれ、焼け焦げた臭いが強く鼻につく。
そしてついに真っ黒に焼け落ちた扉の中へ進むと、あたりを見回し凍りついた。
何もない。
何もかも焼けてしまった。
二人の名を呼ぶのは虚しかった。
どこにも隠れていないのは一目瞭然だからだ。
ルシータは墨と灰の中を呆然と歩いた。
昨夜、稲光が見えていた窓からは、今は薄ら明るい夜明けの空が見えている。
そのとき、埋もれた灰の中に、きらりと光るものを見つけたルシータは、思わず駆け寄った。
それはレギオンの光の剣だった。
慌てて灰の中から引き抜き、自分の服の裾でこすると、剣は変わらぬ輝きを見せた。
目を転じると、すぐ側にはダーク王の鉄仮面が落ちている。
三人とも、骨も残っていなかった。
強い炎に焼かれた骸は完全に灰となり、すでに風が運び去ったのだろう。
「レギオン……嘘、嘘でしょう?」
と、そこに、ルシータは意外なものを見つけたのだ。
それは、二つの車輪――金と銀の車輪の印だった。