42. 来襲
小一時間捜したが、レギオンの姿はどこにも見当たらなかった。
「まさか、あの白目の魔術師にかどわかされたんじゃないでしょうね」
「もしそうなら、サーグの棲家は闇の神殿だが」
ルシータは頭を抱えずにはいられない。
「ああ、もう! レギオンの馬鹿……こんなときに、どこへ行っちゃったのよ!」
「すまない。わたしがしっかりしていれば」
どんよりとした空の灰色の雲の隙間から、刹那光る稲妻が見えた。
そのときルシータは、もう春が来てもいいはずなのに、光のないダークキングダムに春は永遠に来ないのかもしれない、と思った。
そしてこのままでは、いずれ世界中がそうなる――。
「ハラート、先にアリーナ王女に会いましょう。ダーク王を説得できれば戦いは避けられる。レギオンも無事に戻ってくるわ」
ハラートは少し考え、
「よし」
と言った。
「城に入ろう。こっちだ」
ところがそのとき、森からナビル将軍の一隊が出てきたのであった。
彼らは三人を見つけた。
逃げられない距離だ。
「しまった! もう戻ってきたのか!」
ハラートが叫ぶ。
ルシータは素早く馬を降り、剣を抜き放って身構えた。
「ハラート、戦いましょう。あいつらを倒すしかないわ」
「それしかないようだ」
ハラートも馬を降りると、光の剣を鞘から抜いた。
銀色の光が鈍く光り、やがてハラートの剣気に応じてまばゆいほどに輝き出した。
「いたぞ! あそこだ!」
ナビル将軍が指差し部下に命じる。
「ハラートは殺すな! 生かしたまま捕らえろ!」
黒馬の大群が、二人めがけて走ってきた。
相手は二十騎、しかも選りすぐりの精鋭部隊である。
(まともに勝負したら、勝てない)
ルシータの勘がそう告げていた。
ハラートも同じことを思ったのか、ルシータに、
「走るんだ! 抜け道へ走りながら戦え!」
そう叫ぶと、鮮やかに身をかわしつつ相手の攻撃を受け流して走る。
ルシータも後に続いた。
剣と剣、剣と鎧がぶつかりあって激しい音を立て、火花を散らす。
それでも二人は確実に抜け道に近づいていた。
「抜け道へ行く気だな。そうはさせんぞ――。バルフィム、セレシュ、左へ回れ! やつらの前方を防ぐのだ」
さすがにナビルに抜け目はない。
ハラートは、自分の前に回りこんできたセレシュの剣を、まともに胴に受けた。
「うっ!」
幸い鎖帷子が守ってくれたが、衝撃は大きい。
一瞬息が詰まって、リズムが乱れた。
そのわずかな隙を突いて、バルフィムの剣の柄が、ハラートの頭を後から直撃したのだった。
「ハラート……!」
残りの兵士がルシータに襲いかかったとき――
突如、闇が濃くなった。
そして森の中で感じたのと同じ魔物の気配を感じるや、ぶおおおおう……という不気味な声があたりに響き始めた。
今はその魔物たちの姿がはっきりと見えた。
それらは人の形をとらず、まるで手の生えた真っ黒のカーペットのように、自在に空を飛びまわっている。
またある魔物は二本足で歩き回っており、毛むくじゃらの巨人のようだ。
カーペットのような闇の魔物は、次々と兵士たちを包んでは飲み込んでしまうようで、また毛むくじゃらの巨人は、まれにみる凶暴さで兵士を握りつぶし、むしゃむしゃと頭から食べてしまう。
(どうして? どうしてやつら、兵士を殺しているの?)
そう思ったのはルシータだけではなかった。
ナビル将軍も青くなり、
「これはどういうことだ?!」
とうろたえている。
我先にと逃げ出した兵士たちは、あっけなく魔物たちに捕まり、餌食となった。
そうしてついに、巨人はひとり残ったナビル将軍をその色のない目で見、耳まで裂けた口を横に開いてにっと笑うと、野獣のような腕を伸ばして将軍を捕食した。
頭から飲まれてゆくナビルの断末魔の声を聞きながら、ルシータはハラートの頬を叩いた。
「ハラート、ハラート! 起きてよ、しっかりして」
『ルシータ、任せて』
露に姿を変えていたベルナデットが半透明の姿をあらわし、冷たい露をハラートの瞼にさっと塗る。
すると、ハラートの目がゆっくりと開いた。
「ハラート、大丈夫? やつら、闇の魔物にやられてる。この間に抜け道へ行くのよ。早く!」
こうして三人が無事抜け道へ入っていった後、何事もなかったかのように静まり返る灰色の空の下には黒い毛皮をまとったサーグがつっと立ち、妖しげな笑みを浮かべていた。